「Wi-Fiルーター」と聞いて、「ああ、あのアンテナのある……」と思い浮かべる人は多いだろう。
そして、なんとなく「ないといいな………」と思ってしまう人もまた、世の中には多いだろう。アンテナは電波の飛びにかかわる重要パーツだが、「性能が変わらないなら、目立たないほうがいい」と思ってしまうのもわかるというものだ。
だから、Wi-Fiルーターメーカーは「アンテナ」を重視するところが多い。こだわり方は様々だが、それが製品を特徴づけ、魅力を高めているからだ。
そして、TP-Linkもそうしたメーカーのひとつ。
特に同社が重視するのは「外部アンテナによる、しっかりした電波の飛び」(同社)だそう。そして、「外部アンテナはコストがかかるが、一台のルーターで家中をしっかりカバーし、通信を安定させるために、多くのモデルで採用している」とも説明している。
普段「ないほうがいいな………」と思っている人も、「電波の飛び」や「安定性」との関連が気になる人も多いはず。そこで、そうした外部アンテナのポイントや、その使いこなしについて、同社に聞いてみた。
ちなみに、同社では内部アンテナを使った製品もある。具体的にはメッシュルーターで、これは「家の中に多数設置するメッシュ製品は、“ギリギリ限界まで電波を飛ばすこと”よりも、“リビングなどに自然に設置できる”ことの方がニーズが高いから」(同社)という。
こうしたことを含めた「製品選び」についても、同社にお伺いしてみた。
お話をお伺いしたのは、日本支社であるティーピーリンクジャパン株式会社でプロダクトマネージャーを務める畢上上氏(ヒツジョウジョウ氏、以下、畢氏)だ。
今や誰もが知るベンダーに
さて、外部アンテナの話をおうかがいする前に、日本におけるTP-Linkの歩みを紹介しておこう。
今やオンラインショップや店頭で普通に見かけるようになったTP-LinkのWi-Fiルーターだが、その日本上陸は2015年と、つい最近だったことをご存じだろうか。
畢氏によると、「2015年末に日本支社を設立し、2年ほどはオンライン販売がメインでしたが、2017年から店頭販売も開始しました。グローバルでは10年連続でシェアNo.1(※1)、無線LAN製品全体では国内No.2のシェア(※2)となっています」という。
※1 2021年第2四半期IDC調べ ※2 2021年上半期BCN売り上げデータより
日本には、数々の老舗通信機器メーカーが存在する上、先行して日本市場に参入した海外ベンダーもいくつか存在するが、こうした存在をわずか7年ほどで抜き去って、高いシェアを獲得する存在となったわけだ。
なぜ、後発のTP-Linkが、しかも日本という特殊なマーケットで、ここまでユーザーの高い評価を得ることになったのだろうか? そのあたりを聞いてみた。
こだわりは「最新技術」「スマート機能」「信頼性」そして「リーズナブルな価格」
TP-Linkの製品で多くの人が思い浮かべるのは、やはりコストパフォーマンスの高さだろう。競合製品に比べて、高性能な製品をリーズナブルな価格で手に入れることができるのは、やはり魅力的だ。
しかし、その一方、筆者は、ここ数年、TP-Linkをコストパフォーマンス「だけ」で語るのは止めようと提言してきた。
なぜなら、同社の製品に同梱されている取扱説明書は、今や使いやすさで定評がある国内メーカー製品と比べても遜色ない上、IPv6 IPoEなどの日本の通信事情に合わせた接続方式への対応も進めつつ、ユーザーサポートも充実している。要するに、特殊な日本市場に向けたローカライズがきちんと実現されているからだ。
こうした同社の製品づくりへのこだわりについて、畢氏は「弊社の目的は“スマート機能”と“信頼性”を兼ね備えた“最新テクノロジー”の提供を“リーズナブルな価格”でお届けすることです」と語る。
もう少し、詳しく掘り下げていこう。
技術について:「最新規格をいち早く製品にしてお届けしたい」
これまで同社から販売された製品を振り返ってみると、製品投入のタイミングが早いことに気付く。
畢氏によると、「TP-Linkは常にWi-Fiの最新トレンドの導入をいち早く行うブランドです。比較的早い段階でメッシュWi-FiやWi-Fi 6対応製品を発売してきました。今後もWi-Fi 6EやWi-Fi 7といった新規格の解禁と同時にいち早くお届けできればと考えています」という。
こうした新しい規格に対応した製品については、多くの他メーカーであれば、市場の動向を見ながら徐々に販売していく傾向にある一方、TP-Linkではいち早く市場へ投入する傾向がある。これは、技術面でもネットワーク機器の市場をけん引するリーダーとしての責務のようなものなのかもしれない。
以下の記事で取り上げたように、一部報道で次期Wi-Fi 7の話題が早くも登場しているが、こうした新規格をいち早くプロダクトとして落とし込むことができるのもTP-Linkの強みと言えそうだ。
スマート機能について:「“直感的に使えること”を重視したい」
筆者が同社のメッシュWi-Fi製品である「Deco」シリーズを初めて購入したとき、その手軽さに感動したものである。アプリで簡単にセットアップできるし、中継の帯域も自動的に設定してくれたり、ローミングが意識せずにできたりと、とにかく面倒な設定などが不要だった。こうした手軽さは、確かにTP-Link製品に共通する特徴と言える。
畢氏は、「ビームフォーミング・MU-MIMOやメッシュといったスマートな機能は、自動で動作し、ユーザーを陰ながらに支える賢い機能です。ネットワーク機器は設定や使い方が難しいと捉えられがちですが、我々は、様々な自動認識機能や利便性を高めたアプリを整備して“直感的に使える”ことを重視しています」と話す。
先に触れたように、同社は最新技術の取り込みに貪欲だが、それがユーザーを困惑させては意味がない。きちんと、実際の利用シーンに落とし込むところまで、作りこんでくるあたりは、同社の実力の高さを証明するものと言えるだろう。
信頼性について:「自社工場での生産にこだわりたい」
通信機器がトラブルなく、長期間動作し続けることは、ある意味、当たり前のことかもしれないが、その「当たり前」を実現するのはなかなか難しい。
その点について、「自社工場での生産にこだわることで、製品やソフトウェアの高いクオリティを維持しています。その裏付けとして長期の3年保証を多くの製品に付随しております」と畢氏は言う。
通信機器の多くは海外工場での委託生産だ。同社のように自社工場での生産にこだわるメーカーは、むしろ少数派と言える。それだけ企業としての体力も技術力もある証拠と言えよう。
また、畢氏は、信頼性や技術力の高さを裏付けるこんなエピソードも話してくれた。「日本での無線認証取得の際、再テストには多額の費用がかかるため一般的には数種類の出力サンプルを用意し滑り止めのようなものも用意するそうですが、TP-Linkでは合格スレスレまで強度を高めたサンプル1台で提出をしており、無線の到達範囲や強度の維持に努めております」という。
自らの技術に相当な自信がなければできない話だ。
リーズナブルな価格:「一括調達と自社生産へのこだわり」
同機能なら他社より安く、同じ値段なら他社より高機能。というのは、TP-Linkの製品ラインナップではよくある話なのだが、こうしたリーズナブルな価格を実現する秘訣は「強力なサプライチェーンと自社工場を擁する世界シェアNo.1のメーカーだからこそ実現できる高いクオリティを低価格でお届けしています(畢氏)」ということだ。
また、畢氏はこう語る。「TP-LinkはQualcommやBroadcomといったWi-Fiチップセットベンダーと協力して製品のクオリティを高めており、サプライチェーンからの一括調達と自社工場での一括生産によってコストを抑えることで、高品質低価格のコストパフォーマンスに優れた製品を提供しております」
要するに、グローバルに製品を販売できること、自社工場で生産できること、部品の一括調達ができることが、価格面での要因となっているわけだ。
現在、世界的な半導体不足により、製品の価格上昇や納期遅れが大きな問題となっているが、こうした情勢にもグローバルメーカーである同社には強みがあると言えるかもしれない。
TP-LinkのWi-Fiルーターは確かに安いが、「なぜ安いのか?」という理由を知った上で価格を見ると、むしろその価値の高さに気付くことだろう。
外部アンテナへのこだわり
さて、そんなTP-Linkだが、同社製品には、外部アンテナを採用している機種が多い。国内メーカーが内蔵アンテナを採用する例が多いのとは対照的だが、実はここにこだわりがあり、たくさんの人に知ってもらいたい部分なのだという。
なぜなら「Wi-Fiルーターに何を求めるのかはユーザーによって異なります。デザインであったり機能であったり、さまざまなニーズがありますが、中でも弊社が重視しているのは『パフォーマンス』や『電波の届く範囲』です。そのために数々の工夫をしていますが、中でも重要なのが外部アンテナです」(畢氏)という。
さらに詳しく聞いてみた。
実はコストがかかる外部アンテナ、それでも……
「実のところ外部アンテナにはより多くのコストがかかります。が、弊社では外部アンテナを備えた製品を数多く提供しています。
なぜなら、外部アンテナがもたらす安定して強力なWi-Fi電波の利得は、通信の安定性を大きく向上させるからです。特に現在は多くの方が重用している高速で安定した5GHz Wi-Fiの電波には、物理的な障害物に弱い特性がありますが、こうした弱点を補って安定した無線接続を提供するためにも、アンテナの重要性はより増しています(畢氏)」。
「高い利得を得るには外付けの方が有利」というのは、同社ならずともWi-Fi機器の開発者からたびたび耳にする話だ。もちろん、見た目や設置スペースは犠牲になるが、それ以上にWi-Fiの利用範囲や速度が向上するメリットの方が大きい(もちろんDecoなどアンテナ内蔵の機器も同社はラインナップする)。
外部アンテナの基本は「垂直」、2階建て/3階建てでは「扇形」も
もちろん、単に外付けにするだけでなく、実際に設置する際は角度の調整が必要となる。畢氏によると「アンテナの特性として、垂直に立てることで電波は水平に飛びます。そのため平屋建てやマンション・アパートなどでは、アンテナをほぼ垂直に立ててご利用ください」とのことだ。
さらに「多層階住宅の場合は設置場所や建物の構造に応じてアンテナを斜めなどにすることで電波の範囲を調整することが可能です。また、アンテナを全て垂直に立てるよりも多少扇形のように広げることでアンテナ同士の電波干渉を回避できるのでお試しいただければと思います」とのことだ。
最終的には、自分である程度の試行錯誤が必要となるが、自らの調整によってWi-Fiの範囲や速度を向上させることができるのも、外部アンテナの魅力と言えるだろう。
外部アンテナはどれぐらい「電波の飛び」が違うのか?
では、実際に内部アンテナと外部アンテナでどれくらい性能が異なるのだろうか? 畢氏は、同社が内部的に計測したデータの一部を見せながら、次のように説明してくれた。
「これは、内部アンテナの機種と外部アンテナの機種で、リンク速度(筆者注:PCとAPの間の論理的な接続速度。実効速度のようにCPUやメモリの違いが影響しない)を計測したグラフです。製品Aと製品Bは、内部で採用されているチップセットなど、ほぼ同じスペックですが、アンテナだけが内部と外部で異なります。もちろん、日本のファームウェアを搭載した製品です」。
「電波暗室で、検査装置を使って電波を減衰させながら5GHz帯のリンク速度を計測してみると、外部アンテナの製品Aの方が、どの地点でもリンク速度が高いことがわかります。しかも、横軸の60dB付近(中長距離を想定)では、内部アンテナの機種Bはリンクできていませんが、外部アンテナの機種Aでは数十Mbpsでリンクしており、さらに信号が減衰した状況でもリンクすることが確認できます。今回のテスト結果から、信号が減衰する中長距離では、外付けアンテナの方が有利であることがわかるでしょう(畢氏)」とのことだ。
確かに、筆者の感覚としても、アンテナの違いに関わらず、近距離ではどの製品も内部も外部もフルスピードでリンクするため、あまり差を感じないが、中距離から長距離では製品ごとに電波の特性が出やすく、それがパフォーマンスの差につながる印象がある。
上記テストのリンク速度の結果は、一例ではあるが、外付けアンテナの特性の良さを確かに示している。これが同社製品のパフォーマンスの高さや電波の届く範囲の広さにつながっていると言えそうだ。
「内部アンテナ」と「外部アンテナ」の使い分け
その一方、同社の製品には内部アンテナを使っている製品ももちろんある。
ざっと見ると、内部アンテナを採用する同社の製品は、メッシュWi-Fi製品であるDecoのような製品が多いが、これは何故だろうか?
その問いを畢氏にぶつけると、その理由は「使い方と置き場所から製品コンセプトを決めたもの」なのだという。
具体的に言うと、通常のWi-Fiルータは「家全体を1台でカバーすることが重要なため、外部アンテナを使い、電波の飛びを最大化する設計」とし、対するメッシュWi-Fiの製品は「複数個設置する前提なので、“電波の飛び”を最大化するニーズが相対的に低く、その一方、人目に付く場所に設置されることも多いため、インテリアに調和しやすいデザインを重視している」という。
また、さきほどの話ともつながるが、畢氏によると「仮に同じスペックで、外部アンテナと内部アンテナの製品を作った場合、外部アンテナの製品のほうが高コストになり、価格も高くなってしまう」とのこと。それでも「Wi-Fiルータには電波の飛びが求められている」というコンセプトで、外部アンテナを重視しているのが「TP-Linkのこだわり」というわけだ。
その一方、「日本のお客様からは、“置き場所に即したデザインを特に重視したい”という声もいただいており、その声にお応えするかたちで内部アンテナを備えた(メッシュでない)Wi-Fiルーターも今後予定している」とする。
つまり、電波の飛びが良い外部アンテナにこだわりつつも、製品コンセプトに応じて「内部」と「外部」を使い分けていく、という方針ということだ。
そのほかの「コツ」
このほか、畢氏は、Wi-Fiルーターを運用する上でのコツも教えてくれた。電波状況が悪い場合は、以下のようなことも試してみるといいだろう。
- ルーターの設置場所変更(テレビの裏など電化製品・大きな水槽・大きな金属の近くは避ける等)
- Wi-Fi 6ルーターへの交換を検討する
- 届かない場所が広範囲にわたる場合はメッシュWi-Fiへの交換を検討する
ケース別のお勧め機種
さて、そんな同社のWi-Fi製品だが、メッシュ対応や中継器を含めると、多数の製品が発売されている。
外部アンテナで「電波の飛び」を重視したモデルも多いし、「デザイン重視」のメッシュ製品も多数ある。また、同社は中継器のラインナップが多いのも特徴的で、中継器は基本的に外部アンテナタイプになっているようだ。
数としては、2022年1月末時点ではWi-Fi 6対応ルーターだけで12機種、メッシュ対応のDecoシリーズで7機種(Wi-Fi 5含む)もある。
こうした製品を、どのように組み合わせるのがいいのか、畢氏に、ケース別のお勧め機種と組み合わせを挙げてもらった。
実際の製品選びの参考にするといいだろう。
ワンルーム
ほぼ全ての機種で問題なく対応可能です。Archer AX10やArcher AX23が導入しやすいためお勧めです。色や形状などが気になる場合はメッシュWi-FiのDecoを1台で利用してもいいかもしれません。
3LDKのマンション
とりあえずAX23やAX55を1台導入してみて、届かない場所があればRE600XやRE505Xなどの中継機を導入するかたちが、価格面でも失敗がないと思います。予算にゆとりがある場合は、Deco X20の2台セットがいいかもしれません。
住宅街の戸建て
AX73とRE605Xといったハイエンド機種の組み合わせを導入してみて、依然として届かない場所がある場合はもう一台中継器の追加をご検討ください。予算に余裕がある場合はDeco X20/X60の3台セットがいいかもしれません。
まさにグローカル
ここまで、TP-Linkの日本展開から、外部アンテナのこだわり、製品選びまでお伺いしてみたが、畢氏の話を聞いていて、TP-Linkはまさに「グローカル」を実践している企業であると実感した。
世界的にビジネスを展開(170以上の国と地域で12億人以上のユーザー)しているグローバルな企業でありながら、日本の通信事情やユーザー層をしっかりと研究することで、IPv6 IPoEなどの機能を搭載したり、分かりやすい取扱説明書を用意したり、サポートを充実させたりと、日本独特のローカルな状況に合わせた対応をしている。つまり、グローバルとローカルの両方をしっかり見据えていることになる。
そして畢氏は、日本でのこれまでの道のりをこう語ってくれた。「日本の市場はとても特殊で、IPv6 IPoEの仕様やパッケージデザインなど、他国と比べて大きな差異があったためフィードバックを基に一歩一歩改善を重ねてきました。」
続けて「その結果市場のニーズにマッチした製品やサービスの提供ができていると考えております。また海外メーカーとしては珍しく日本人スタッフが対応するメール・電話のサポートセンターを有しており、3年保証も付帯することで信頼性の構築を重視しています」とのことだ。
その一方で、畢氏は「最新の技術を有するサプライチェーンを持つことでメッシュWi-Fiなどの最新の技術をいち早く導入できている」点をグローバルにビジネスを展開する企業ならではのメリットとして紹介してくれた。
それを証明するこんなエピソードも畢氏は話してくれた。
「弊社が日本の量販店で販売を開始した直後、社長が店頭での販売状況を視察に訪れたのですが、そこで弊社製品と日本製品のパッケージの違いを指摘しました。弊社の初期の製品は型番やスピードなどのみを記したシンプルなパッケージでしたが、日本の製品は製品の特長や向いている間取りなど情報がたくさんありました。これを改善し、弊社のパッケージにもたくさんの情報を記載したところ、日本での売り上げが向上しました。そして、このパッケージの手法をグローバルでも同様に展開することになったのです。日本用にローカライズしたパッケージがグローバルでも高く評価された例となっています」。
もちろん、今後の展開にも積極的だ。
畢氏は、「今後も世界の市場を引っ張る存在として、最新技術の導入を積極的に行っていきたいと考えています。現在他国で徐々に解禁されつつあるWi-Fi 6E対応製品はすでに各国でリリースしており、日本での解禁を待ち望んでいます。また、時期尚早ですが先日発表のあったWi-Fi 7規格への開発・対応も予定しております。弊社ではスマートで信頼性の高い最新の技術をリーズナブルな価格で提供できるよう努めております。最新の技術を用いて快適にリモートワークやご自宅での映画鑑賞などをお楽しみいただければ幸いです。」という。
まずは日本の法改正が待たれるWi-Fi 6E、そして次世代のWi-Fi 7と、どうやらTP-Linkはさらなる積極的な展開を検討しているようだ。今後も同社の展開に目が離せないところだ。
(協力:ティーピーリンクジャパン株式会社)