無数の掘り出し物が潜む魅惑のアウトレット 「バーゲンブック売場」に潜入した

デイリーポータルZ

在庫豊富!神保町の地下空間へ!

「バーゲンブック」というカテゴリーの本がある。単に売れ残りの安売り本かと思いきやさにあらず。

毎月、毎日、無数の本が刊行され、売れないものは出版社に返本される慌ただしい新刊書の流通とは異なる道筋で本と読者との出会いのチャンスを作るビジネスなのだ。バーゲンブック事業の大手、八木書店の地下基地に3人の作家と乗り込んだ。

広大な地下書庫をぶらぶらする人達

広々とした縦長のフロアをつらぬく通路沿いには膝下くらいの高さの平台に大量の本が平積みされ、取り囲む三方の壁も天井から床まで本で埋め尽くされている。

よくある書店の風景、にしてはやや殺風景な感じだ。
本屋っぽいがなんか違う。

 平日の昼間という事もあってか閑散とした中で約3名の職業不詳の男達が本を手に取って物色している。

私が万引きGメンだったら目をつけずにはいられない。

 「バーゲンブックは日々在庫の入れ替わりがありつつも常時12,000アイテムの取り扱いがあります。書店や雑貨店、催事業者様などが1冊から仕入れる事ができます。卸の売り場なので、事業者様以外は残念ながらご利用いただけません」

なるほどー。

「ここに陳列しているのはアイテムとしては全体の半分くらいで、基本的にすべて船橋の商品センターで在庫管理しています。商品は事業者様向けのECサイトで見られるようになっていて、最近は受注もサイト経由が中心になっています」

バイヤー向けのECサイト。全国の書店・事業者からの注文に対応している。

 「弊社は新刊の取次もやっていて新刊の店売所もあります。そちらには毎日出る新刊を仕入れに書店様が来店されますので、この地下階も現物を見て選書出来る場として機能しています」

新刊本がディスプレイされている1階の店頭は一見、普通の書店に見える。間違えて入ってくる一般の人もいるので「小売はいたしません」との注意書きが。

 「こういう売店型の新刊取次は全国的に減っていますが、バーゲンブックまで一緒に見て選書できる問屋は他にはないと思われます」

説明してくれるのはこの「バーゲンブック」や新刊本の卸販売を手がけている「八木書店」の小谷野さんと川瀬さん。

八木書店は1934年(昭和9年)創業以来、古本の街神保町を中心に古書売買や学術書の出版、新刊書の取次など本に関わる事業を幅広く展開する老舗である。

神保町に通う古本好きなら靖国通り沿いにある古書店と聞いて「ああ、あそこね」となる人も多いのではないだろうか。

 

今回お邪魔しているのは本社屋である。

一般の人は利用できないというエリアをぶらぶらして説明に耳を傾けている素性不明の3人はいったい何者なのか。  

太田 靖久(おおた やすひさ)
2010年「ののの」で新潮新人賞を受賞。著書に「ののの」、共著に「犬たちの状態」。すばるDigital bookで刊行された電子書籍「サマートリップ 他二編」プロモーションも兼ねたインディペンデント文芸ZINE「ODD ZINE」を企画・編集し、自ら書店に売り込む。そのストレンジでユニークな活動について語る連載コラム「ZINEの妙味」が時事通信社より配信中。筆者の高校時代の同級生である。 

 

青木 淳悟(あおき じゅんご)
2003年「四十日と四十夜のメルヘン」で新潮新人賞を受賞。2005年、同作を収めた作品集「四十日と四十夜のメルヘン」で野間文芸新人賞を受賞。2012年「私のいない高校」で三島由紀夫賞受賞。すばるDigital bookで刊行された電子書籍「プロ野Qさつじん事件」「激越!!プロ野球見聞録」プロモーションのため太田と共に「ODD ZINE」の立ち上げに参加。 

 

友田 とん(ともだ とん)
2013年ごろからブログ、noteにて日常観察や海外文学についてのエッセイを発表。2018年「百年の孤独を代わりに読む」の自主制作出版を契機に各種出版物やWEBメディアに寄稿。その他著書に「パリのガイドブックで東京を散歩する(1・2号)」。2019年に立ち上げた出版レーベル「代わりに読む人」から、「うろん紀行」(著者:わかしょ文庫)を刊行。

書き手でありながら、作品の営業やプロモーションなど届け方にもこだわり、試行錯誤している作家達である。出版のイベントに出店していた太田氏と小谷野さんが知り合い、見学に来ませんかと誘っていただいたので「うちらも見たいです!」と皆で乗り込んでしまった。

八木書店小谷野さん(左)、川瀬さん(右)と平日に集まれるアベンジャーズ(と筆者)でお送りします。
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バーゲンブックとは?

ここで我々が興味津々で眺めている「バーゲンブック」と呼ばれる本達は一体何なのか。

小谷野:簡単に言うと値引きして販売できる本という事になります。古本ではなく一度も読者の手に渡っていない新本です。発売して一定期間が経った本のうち、出版社が価格拘束を外して再流通させる判断をした在庫を、弊社は専門の問屋として買い切りで仕入れています。ここはその倉庫兼売り場で、本に巻かれた帯にはカバープライスと卸値を表示しています。
 

たしかに安い!※金額はなんせ卸値なので隠しています。

小谷野:この卸値に仕入先は相応のマージンを乗せて販売することになります。通常の新刊流通では小売価格が決まっていますが、バーゲンブックでは卸値も大幅に下がった上、価格も小売店側の判断になります。なので「出版社が定価の拘束を外し、書店が自由に価格をつけられる本」ということで「自由価格本」とも呼ばれています。 

 伊藤:自由価格?

小谷野:日本の書籍は「再販売価格維持制度(再販制度)」といって、新刊本は出版社が定価を決めて書店ではその定価で売られます。バーゲンブックは出版社が定価を外した商品なので、書店などの小売店は売値を自由に決めることができるんです。

太田:なるほど、「安く売る」だけではないんですね。極論定価で売ってもいい。

小谷野:そうです。小売店がこの本は貴重で、この価格でも買い手がつくと判断すれば定価より高く売る事もできます。

伊藤:それこそ古書みたいだけど、古書ではないんですよね。どうなったらバーゲンブックになるんですか?

川瀬:日本の書籍の主な流通ルートは出版社が本を作り、それを取次と呼ばれる販売会社が書店に卸してお店に並ぶというものです。

八木書店は人文書分野に特化した専門取次、自らの著書が流通しているのを見つけてはしゃぐ二人。友田「この前までうちにあった本だ」

川瀬:一般的な新刊流通には先ほどの「再販制度」ともうひとつ「委託配本制度」というルールがあり、書店側が注文しなくても、出版社や取次側の判断で自動的にそのお店に相応と判断された適当なタイトルと部数が配本されます。そして、店頭で本が売れ残ったりした場合、定められた期間内であれば出版社に返品する事ができるんです。 
 

自己啓発本のチャートみたいで申し訳ないが基本的な新刊流通のケース。委託された本は一定期間売れ残ると返本される。※あくまで代表的なケースです。

 川瀬:私どもの新刊取次部は専門取次で委託配本はしておらず、小売店様からの注文品のみ買い取りで承っています。書籍はどうしても作り手側の企画先行の傾向があり、刊行点数も多いので、様々な理由で出版社の手元に在庫が残ります。また、委託制度の下では返品もあります。そうして出版社の倉庫で休眠在庫となった本への対処として、断裁以外の選択肢がバーゲンブックでの再流通になるわけです。

休眠在庫の対処として断裁ではなく、本を2次流通させる選択肢がバーゲンブック。催事業者が出版社から仕入れてデパートや百貨店などの催事コーナーで販売するケースなどもある。

 太田:バーゲンブックは返本できないんですか?

小谷野:委託でなく買い切りという形になるのでできないですね。ただしマージン含め、価格決定権は小売店側にあります。新刊とは異なる流れで流通するんです。

太田:でも、これが新刊書店に行くと混ざってわからなくなっちゃいませんか?

小谷野:新刊の書店では専用の棚を設けたりしています。あとは業界ルールとして本にこういうシールを付けて区別しています。

バーコードの近くにその印が。

 青木:剥がしちゃったりとかして……。

小谷野:改ざん防止のためにレンタルコミックのものと同じ仕様の強粘着シールを採用しています。ご指摘のとおり、委託制度の下では、バーゲンブックで仕入れた本が取次経由で新刊本として出版社に返品されてしまうのは絶対に防がなくてはならないことで、そういうのを「逆送」と呼びます。

「ぎゃ、逆走?」「いや”逆送”です」

友田:出版社が提案してきた本ならなんでも、というわけではなくセレクトされているんですか?

小谷野:そうですね、やはり買い切りで仕入れるのはリスクを負う事なので選定はしています。実は今日お越しいただいてる方の本も入っていて……。

あった!
「男一代之改革」(2014年 河出書房新社)
江戸時代、寛政の改革を断行した松平定信と彼が思いを馳せるあの源氏物語が1000年の時をひょいひょい超えて往還してゆく、なんかすごい話。

著者とバーゲンブックの接近遭遇が今ここに実現した。青木さんの笑顔がすてきだ。

太田:自由価格本になったのは青木さんご存知だったんですか?

青木:ええ、まあ。これって著者的には絶版という言い方になると思うんですけど、僕の経験だと出版社ごとに著者への通達のされ方は違っていて、在庫になる本をこっちに少し送ってくれたりもします。イベントとかでそういう本を自分で売ったりしますね。

太田:ひとりバーゲンブックだ(笑)

青木:最近はそういう在庫を作家が抱えるのもいいもんだって思えてきて。僕は人前に出ることが苦手なんですけど、在庫持っちゃうとやらなきゃと奮い立ちますね。太田さんと関わるようになってからよくイベントに参加していますが、自分で本を売る事がすごく嬉しいというか、売ってやるぞみたいな気持ちになりますね。

友田:わかる。在庫が家にあるってちょっとほくほくしてきますよね。あるなあ、っていう。

青木:先日引っ越したんですけど、また古い在庫が出てきてほっこりしました。

在庫をかわいく言う二人。

伊藤:著者としてどうですか。バーゲンブックになるっていう事は。

青木:絶版というのは本当に不幸なことだと思っているので、どういう形でも流通していることが著者としては嬉しいですよね。

小谷野:年間70,000点もの新刊が刊行される中、書店さんの現場でも本が段ボールに入ったまま開けられずに返品されるといった事態すら起きているような状況で、タイミングさえ間違わなければ日の目を見る事ができたのにという本もたくさんあります。また、増刷のタイミングや部数の判断も難しくて、バーゲンブックの中にも過去に刷を重ねた本が結構あります。

 バーゲンブックは在庫放出感があるかもしれませんが、せっかく刷った本を二次流通で再流通させる事によって新たな読者との出会いが生み出せる商材なんです。そして、出品いただいた出版社様にも「断裁ではなくて」という前向きなご判断がある。

太田:そもそも本に関しては安かろう悪かろうということでは絶対にないですよね。

小谷野:そうですね。弊社が軽井沢に出店している直営店では「アウトレットブック」という呼び方をしているんですが、私も最近はよくそちらの言い方を使います。

伊藤:アウトレットブックというのはわかりやすくていいですね。

小谷野:小売店様の方で自由に名称をつけて売ってもらっています。SDGsの観点から「グリーンブックス」と呼ぶ店舗様もあります。また、先日行われた「ほぼ日」様のイベントでは「フェニックスブックスフェア」と名付けられていました。
 

シーンによって呼称はさまざま。
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俺ならこれを仕入れる!

ひとしきり売場を見てまわったところで、自分が書店だったらこれは仕入れて帰ります!という本を1冊ピックアップしてもらった。

太田靖久:「卓上の生涯チェ・ゲバラ」(チャンキー松本,・いぬんこ 絵/伊高浩昭 監修/太郎次郎社エディタス)

こんな黄色いゲバラ見た事ない。

太田:ビジュアルのかっこよさと、裏面のキャッチが何気にシャレになってるところがポイントですね。「革命的」ビジュアル・バイオグラフィ、ゲバラだけに革命的という…….。 

「要所をおさえたソリッドな人物伝」など腰にくるキャッチが並ぶ。

青木淳悟:「プロ野球70年史」(ベースボール・マガジン社編) 

でかい!定価30,000円!残り在庫1冊の希少本である。

青木:ちょっと前に2004年のプロ野球再編問題が舞台の小説(激越!!プロ野球見聞録)を書いていて、その時に図書館で見つけて資料にしてたんですけど、ここで一点ものに出会うとは、運命的なものを感じましたね。かなりグッと来ました。 

仕入れても売らないんじゃないかというぐらいの思い入れ。

 友田とん:「地図物語 あの日の新宿」(佐藤洋一・ぶよう堂編集部著/ぶよう堂)

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しぶい地図本と目が合った。

友田:「古地図」と言うほど古くは無いかもしれないですけれど、昔の地図を取り出してこれで今の新宿歩いたら面白いなぁと思って……実生活では役に立たないんだけどこういうのはいいですよね。 

「パリのガイドブックで東京を散歩する」ようなチョイス。

 伊藤:刊行が2008年ですね。

友田:「あの日」と言っているその日がもうだいぶ前ですね(笑)
 

バーゲンブックと作家のコラボ、やりたい!

太田:僕は「ブックマート川太郎」という屋号で色々なグッズを作って出店してますし、今日ここにいるメンバーや他の作家の方たちに蔵書をコメント付きで出品してもらって「作家たちの古本屋」という企画展示を開催したりしたんですよ。

そういう感じでバーゲンブックでも作家が選書してコメントを寄せた棚を作ったりしたら、それこそ安いというだけでなく付加価値がついて面白いですよね。

小谷野:慌ただしく新刊書が流通している中で既刊書を大事に売りたいと考えている新刊書店さんもかなりいらっしゃると思うのでそういう切り口があるとまた間口も増えますね。

太田:書店さんに提案したいですね。僕たちの他に面白がってくれる作家もいそうだし。

小谷野:またツアーを組んでいただければご案内しますよ!

「作家達のアウトレットブックストア」やってくれる書店さん募集!

数年前、ホームセンターの催事コーナーで購入したバーゲンブックが出てきた。「世界一の美女になる歩き方」というウォーキング指南本で、正直なんで買ったのかよくわからないがバーゲンブックでなければ入手する事はなかっただろう。

しかし時を経てWEBコンテンツの最後を飾る事になるのだからやはりこの出会いに意味はあったのだ。

街の書店や古書店、その他のお店でバーゲンブック売場を見かけたらぜひ新刊本や古書とはまた違った味わいのある出会いを楽しんでいただきたい。

畳がへこみそうな本だな。

 
■取材協力:八木書店<WEB/Twitter

■参加作家の活動の情報はこちらから
・太田靖久<Twitter/note

・青木淳悟<Twitter/note

・友田とん<WEB/Twitter

【告知3本です!】
<太田靖久さん>
太田靖久さん企画編集のインディペンデント文芸ZINE
『ODD ZINE』最新号好評発売中!
今回の記事に登場した青木淳吾さんと伊藤が参加しています。
特集は<作家たちの手書きメモ>、超豪華なメンバーが創作時のメモ書きを寄稿しています。

『ODD ZINE vol.7』
A5サイズ/48ページ/販売価格:1000円(税込)
<寄稿者> 青木淳悟(小説家)、伊藤健史(ライター)、太田靖久(小説家)、小山田浩子(小説家)、金川晋吾(写真家)、川口好美(文芸評論家)、鴻池留衣(小説家)、高瀬隼子(小説家)、高山羽根子(小説家)、滝口悠生(小説家)、町屋良平(小説家)、水原涼(小説家)
取扱い書店や刊行記念イベント等の詳細はこちらを参照してください。

<友田とんさん>
友田とんさんが主宰する出版レーベル「代わりに読む人」から、小説を読み、どこかの町を訪ね、何かを思う、わかしょ文庫著「うろん紀行』が発売中です。

小説を読み、その場所へ行き、迷い戸惑いながら綴られた端正で豊かな紀行文。読み手としての衝動が書き手としての衝動に置き換わる様がじわりと伝わってきて、なんかもう自分の読書がいい感じに変わってしまいそう。

取扱い書店など詳しい情報はこちらから。

< 八木書店さん>
2022年2月から書籍オンライン受発注システム「BookCellar(ブックセラー)」上で八木書店新刊取次機能を提供開始!
BookCellar:https://www.bookcellar.jp/publishertop/

バーゲンブック(自由価格本)と新刊本、両方の取次事業をおこなっている八木書店さん。
記事中ではバーゲンブックのバイヤー向け注文サイトを取り上げましたが、いよいよ新刊取次の方でも書店、雑貨店など事業者向けの発注機能が公開とのこと。これで全国どこからでも新刊とバーゲンブック、ワンストップでの調達がより手軽に便利に。書店さん、本の取り扱いをご検討の事業者の皆さん、ご注目ください!

詳細お問い合わせは、八木書店新刊取次部まで。

 

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