前代未聞のデパ地下 成功するか – PRESIDENT Online

BLOGOS

数十億円を投じた「松山三越」の大改装

恐れ伴う覚悟だったに違いない。進むも地獄、退くも地獄、現状維持でも命運尽きる——。

三越伊勢丹ホールディングス(HD)傘下の地方百貨店「松山三越」(愛媛県)が約1年の大規模改装を終えて昨年12月10日、全面開業した。


松山三越のシンボル、正面玄関の巨大な吹き抜けのアトリウム=2021年12月25日、松山三越 – 撮影=平良尚也

再生計画が本格的に議論され始めたのは2020年に入ってから。新型コロナウイルスの感染者数が急拡大する時期と重なった。インバウンドは消滅し、回復時期は見通せない。地方にあって、11期連続の赤字店舗だ。このまま再起をかけた改装事業に数十億円を投じる価値はあるのだろうか、だれもがいぶかった。

東京の本社内では再生断念の選択肢が何度も浮上し、20年7月の存続の正式決定直前まで張り詰めた空気が漂っていたという。

実際、松山三越の業績は着工前の19年度、約8億円だった営業損失が、改装工事に伴う部分営業などで20年度は、約12億円の損失にまで膨らんだ。沈みゆく船をさらに深く沈める“無謀”をいったん引き受けた上で出した、三越伊勢丹の必死の決断だった。

だが、生みの苦しみを経て生まれ変わったその中身が早くも、小売・流通関係者の注目を集め始めている。松山三越は22年度中の黒字化へ、一気に浮上を目指す。

「難しいけど、やりようはあります」

百貨店業界は2008年のリーマン・ショック後の不景気を境に地方の不採算店舗の閉店を加速させてきた。ここ数年はインバウンド需要の拡大で一時的な追い風を受けたものの、地方店ではその恩恵が十分に及ばない店舗も少なくなかった。松山三越もその一つだった。

閉店か存続かの決断が迫られる中、自ら火中の栗を拾いにいったのが、2018年4月から松山三越社長を務める浅田徹氏(58)。当時、伊勢丹相模原・府中・松戸、三越恵比寿・千葉・松山などの主な店舗の中で、赤字幅が最も大きかったのが松山三越だったという。

「松山三越は難しいけど、立地はいい。やりようはあります」

着任から2カ月、浅田氏が本社に伝えたのは、閉店ではなく「再生を目指すべき」という見解だった。

百貨店らしさを減らし、地域に求められる場へ

四国最大の人口規模を誇る松山市は、市街地から車で20分ほどのところに日本三大古湯・道後温泉があり、夏目漱石の『坊ちゃん』、司馬遼太郎の『坂の上の雲』ゆかりの地としても知られる有数の観光地だ。

さらに、創業75年の松山三越は商店街の北側に立地し、土地、建物とも自社所有の物件。外壁や正面玄関の巨大なアトリウムにはイタリアから取り寄せたという大理石が使われ、現代の建築デザインではみられないような空間が広がっている。

「閉店する政策はやればできます。でもそれをずっとやり続けたところで、それ以上の成長戦略はありません。わたしが本社に伝えたのは、何億円かかけただけのリモデルでは(再生は)難しい。中途半端にやるなら閉店したほうがいい。でも、やるなら本気でやっていく、ということでした」

「百貨店」としての売り場を減らしてでも、地域に求められる場をゼロから興(おこ)して存続させる。自社だけで組み立てるのではなく、地元企業に参画してもらう「地域協業」の提案が支持され、再生プロジェクトにゴーサインが下された。


松山三越の浅田徹社長。伊勢丹出身。アパレルを中心に長年営業職に従事。伊勢丹新宿店のメンズ館開業に携わり、同営業部長、静岡伊勢丹社長などを経て、17年には飲食・ブライダル事業部長としてレストラン事業の三越伊勢丹トランジット会長を務めた – 筆者撮影

デパ地下には丸ごと冷凍された魚がずらり

「もしかしたら、これは大化けするかもしれませんね」

地下1階に昨年10月先行開業した食品売り場「THE CENTRAL MARKET」(以下TCM)に、都内から視察に訪れていた大手電鉄系スーパーの幹部がこう呟いた。

同店の鮮魚コーナー「SEA to TABLE」には、普通のスーパーで売られているパックの切り身はほとんど見当たらない。代わりにあるのは、丸ごと1匹ずつ真空パックされた冷凍状態のさまざまな種類の魚介類だ。


「お刺身で食べられる」冷凍の魚を販売するSEA to TABLEの売り場=松山三越地下1階・THE CENTRAL MARKET内 – 撮影=平良尚也

市場や漁港から届けられた魚介類は、売り場併設の厨房で内臓やうろこなどを処理した後、専用の特殊な機械でマイナス30度に瞬間冷凍して販売される。賞味期限は6カ月程度。地元、瀬戸内の近海でとれた鮮魚が中心で、普段は鮮度勝負であまり市場には出回らないという希少な魚にも出会える。食べる時は、流水解凍すれば、新鮮な生の魚として刺身にしたり、そのまま調理したりできる。

「品切れを極端に嫌う」百貨店の悪習を変えた

一般的に品揃えの豊富さが売りの百貨店では、“品切れ状態”を極端に嫌う傾向がある。その課題の深刻さを目の当たりにしていたからこそ、浅田社長は「これはいける」、そう直感したという。

「夕方5時ごろになって鮮魚売り場が品薄になってくると、売るものがないぞと叱られる。でも、閉店間際になっても商品が残っていたら、それはそのまま廃棄処分になってしまいます。百貨店はこのようなことを何十年も続けてきました。この技術を知った時に、食品ロスという最大の課題に、この売り場から一つのムーブメントが起こせると思いました」

ここはいわば、百貨店が長年抱えてきた「フードロス」の課題に対処するための実証店舗。来店客の動きや閉店時間を見計らいながら、切り身や総菜など段階を追って加工を施す労務面の省力化につながる一歩でもある。


見慣れない陳列ケースに戸惑う客もいるが、浅田社長は「これからどんどんおもしろくなっていく」と自信を見せる – 撮影=平良尚也

瀬戸内の鮮魚が都心の食卓へ

同業他社は敏感に、新たなビジネスの芽を察知する。

「これなら都内の駅中の小型店でも鮮魚が扱えるようになるかもしれない」

冒頭の大手スーパーの幹部は、鮮魚コーナーの前からなかなか離れようとしない。最新の冷凍技術によって、賞味期限や鮮度管理の課題をクリアできるなら、都心でも「瀬戸内の鮮魚」を日常的に買えるシーンが一気に広げられる可能性がある。販路が限られていた地方の一次産品の商圏が広がることで、鮮度劣化と闘う漁業者の負担を減らして魚の価値を高め、収入増につなげる基盤となりうる。豊かな漁場を身近に抱える地方の百貨店が、その実践の先駆けの場になった意義は、決して小さくない。

その一方で、陳列ケースいっぱいに冷凍商品ばかりが並べられた鮮魚売り場は、味気なくも感じられる。売り場を観察していると、買い物客はまばらだ。丸ごと一匹の魚をどう調理していいのか迷うように、商品をカゴに入れたり戻したりする客の姿がよく見られるという。

「販売する側も買う側もどうしていいのか分からない。それが乗り越えないといけない壁ですが、これからです。見ていてください。どんどんおもしろくなっていきますよ」

浅田社長がそう確信できるのは、食品売り場を手がけるパートナー企業の運営方針に、百貨店として「やりたいこと」と、お客やつくり手が「喜ぶこと」を両立させるヒントが詰まっていると、感じているからだ。