独自の食文化を持つ愛知県。僕は高校を卒業するまでこの愛知県で育ったので、とくに味覚については愛知の味が基礎になっていると思うのだ。
今年、何年かぶりに(もしかしたら何十年かぶりかも)愛知で正月を過ごすことになったので、この機会に愛知の味を振り返りつつ、愛する正月の愛知めしを紹介させてもらいたいと思う。
愛知の正月は熱田神宮からはじまる
僕たち愛知県民は熱田神宮を「熱田さん」と呼び、受験だろうが結婚だろうが就職だろうが、人生のイベントごとにはかならず手を合わせてきた。
そんなありがたい存在「熱田さん」なのだけれど、子どもの頃は正直ご利益よりも参道を埋めつくす屋台にときめいていたものである。
なにしろ熱田神宮は参道に出店する屋台の数がすごいのだ。
この数である。百花繚乱、ありとあらゆる種類の屋台が並ぶ。
正月の熱田神宮の参道に立ち並ぶ屋台の数は、ちょっと笑っちゃうくらいに多い。しかもどれもこれも最高に魅力的で、子どもの頃は迷子にならないよう親の手を握りながらも屋台をガン見するのに必死だった。
コーミソースの焼きそば
数ある屋台の中でも愛知県民になじみ深いのが、やはり「コーミソース」で味付けられた焼きそばではないだろうか。
いま愛知県外から(コーミソース?)(え、なに?)というささやきが聞こえてきた気がするので説明したい。コーミソースというのは愛知県民が日常的に使っている世界一美味いソースのことである。
愛知の味の濃い食べ物の2割くらいはコーミソースが絡んでいると思う。そのくらいになじみのある味なのだ。特に焼きそばを作るときには必ずと言っていいほどコーミソースをどばどばかける。
熱田神宮には子どもの頃から親に連れられてよく来ていたのだけれど、うちの親はとにかく潔癖症だったので、こんな人込みの中で物を食べるなんてこと、ぜったいに許してくれなかった。
人込みを避けて、父はよく駅前にあるショッピングセンターの喫茶店に連れて行ってくれた。でも子どもの頃の僕にとっては、整った環境で食べるホットケーキよりも、喧騒の中で食べる屋台の焼きそばに用があったのだ。
コーミソースで味付けされた焼きそばは、土曜の午後に家で食べた焼きそばの味がした。同じソースを使っているんだからそりゃあそうである。また家で作れるように、帰りにコーミソースを買って帰った。
宮きしめん
屋台がならぶ参道を抜けると、いよいよ熱田神宮の神聖な雰囲気が感じられるようになる。境内には以前は放し飼いのニワトリがいたように記憶しているんだけど、今はいないんですかね。
参道を本殿へと向かうと、2番目の鳥居の手前になにやら行列ができていた。
さっき焼きそば食べたばかりだろう、と思うかもしれない。しかしあれはあれ、これはこれである。
熱田神宮に来たら宮きしめんを食べる。これは愛知県民にとって外せない行事なのだ。人込みの中で物を食べるのを嫌がっていた父も、なぜか宮きしめんだけは食べていたように思う。宮きしめんは、お神酒なんかと同じで縁起物として超越していたのかもしれない。
きしめんはさっと食べてさっと席を立つお客さんが多いので、列が長くても20分ほどで順番がまわってきた。
宮きしめんには正月の時期限定の「宮福きしめん」というメニューが存在する。僕が見ている限り、並んでいる人たちの2人に1人はこの宮福きしめんを食べていた。僕ももちろんこれを注文する。
限定の宮福きしめんには、末広がりの意味から8種類の具が乗っていた。もちろん愛知県民が大好きな海老の天ぷらも乗っている。
あつあつをすすると、少し柔らかめに煮たきしめんが、しっかりと出汁をからめて口の中に飛び込んでくる。
でらうまいがや(すごく美味しいんです)。
愛知に住んでいる限りきしめんはことあるごとに食べると思うのだけれど、正月に食べるこの宮きしめんだけは、どこかとくべつな感じがするから不思議だ。同じチョコでも好きな彼女からバレンタインデーにもらったチョコは美味しいだろう、そんな感じ。そんな感じか?
とにかく何年かぶりに宮きしめんを食べることができたので、今年はいい年になることが確定しました。
味噌煮込みうどん
愛知といえば、もう一つ欠かせない麺がある。
味噌煮込みうどんである。
ここで聞きたいのだけれど、この中で味噌煮込みうどんを美味いと思っている人がどれだけいるだろう。
美味いと思っていない人、それは本当に美味い味噌煮込みうどんを食べたことがないからだと思います。
あれ、なんか当たり前のこと言ってるな。
とにかくそういう人はここ「山本屋」の味噌煮込みうどんを食べてほしいんです。
山本屋は大門にある本店の他に、名古屋駅周辺にもいくつか店舗があるので旅の途中にも立ち寄りやすいと思う。だいたいいつでも並んでいるが、並んでも食べる価値があるのであきらめずにがんばってもらいたい。
今回は名古屋駅を出てすぐの地下に広がる商店街「エスカ」にある山本屋を訪れた。
僕は名古屋コーチン入り味噌煮込みうどんを注文。
名古屋のお店ではよくあるのだけれど、注文するとまず小皿が出てきて、それをつまみながらご本尊を待つスタイル。山本屋ではお漬物と、ごはんを注文するとこれもお代わり自由である。
しばらくお漬物で気持ちを盛り上げていると、斜め後ろから「お待たせしましたー」と声がかかる。
来た!いや、いらっしゃった!
ここで改めて確認しておきたいのだけれど、味噌煮込みうどんには必ずごはんを一緒に注文してほしいのだ。
うどんにごはん?と思うかもしれない。冷めちゃうので後で説明しますね。
ぐつぐつしてる鍋のふたを開けると、そこには夜空に浮かぶ満月のような光景が広がっていた。
味噌煮込みといいながら、前に出るのは味噌より出汁の香りである。
ここで一つ注意してほしいのだけれど、味噌煮込みうどんはよくあるうどんのように「ずずずー」っと豪快にすする食べ物ではない。
なぜなら地獄のように熱いから。
熱さに加え味も濃いので、こうしてふたに取り分け、少しずつご飯のおかずとして食べていくのがおすすめである。山本屋の味噌煮込みうどんはわりとしっかりと硬いので、ゆっくり食べても伸びる心配がない。
どうだろう、うどんをおおむね食べてしまったら、ちょうどご飯が1杯なくなったころではないだろうか。
これで食事が終わりかと思いがちだが、じつはここからが後半戦のスタートである。すみやかにごはんのおかわりをお願いしよう。
おかわりのごはんが来たら鍋に残ったネギやら玉子やら鳥やらを汁といっしょにごはんにかけてもらいたい。
そうですそうです、そしたらお漬物を一つ持ってくる。お漬物も食べきってしまっていたらおかわりできるのでお願いしてください。
有名な名古屋めしに「ひつまぶし」というものがある。あれはうなぎの食べ方なのだけれど、なんと途中からお茶漬けにしてしまうのだ。最初それはどうかと思っていたのだけれど、今では「美味しいものを少しでも速く食べたい」と願う気持ちに一番沿った食べ方なのでは、とも思うようになった。
この味噌煮込みうどんの汁をごはんにかけて食べるのも、本当に美味しいものを最速で体内に取り込むベストな方法なのではと思う。ぜひさらさらーといってもらいたい。泣くから、美味くて泣くから。
今回紹介した以外にも愛知には独特の食文化がたくさん存在する。また機会があれば紹介させてください。
以上、デイリーポータルZ編集部安藤がおとどけしました。これを書きながらまた愛知に帰らなきゃなと思っています。
紹介したお店
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※電話番号、営業時間、定休日、メニュー、価格など店舗情報については変更する場合がございますので、店舗にご確認ください
著者プロフィール
安藤昌教(あんどうまさのり)
愛知県出身。前職は国立研究所にて高速炉の研究に従事。その後、氣志團バックダンサー、コーヒーショップ経営、等を経てデイリーポータルZ編集部に。ものをむかずに食べる「むかない安藤」としても活動中。
Twitter:https://twitter.com/andomasanori
むかない安藤
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