ホストクラブや風俗など「夜の街」の接客業で多額のお金を稼ぐ人がいる。ライターの佐々木チワワさんは「そうした人は、熱心なファン(客)が“推す”ことによって支えられている。だが“推される”側は苦労が多い」という――。
※本稿は、佐々木チワワ『「ぴえん」という病 SNS世代の消費と承認』(扶桑社新書)の一部を再編集したものです。
写真=iStock.com/littleny
「アイドル化」と「SNS上でのアイデンティティの労働の義務化」
「推される側」も、金銭を得るためには相応の武器がいる。外見か内面の面白さか。ただ現在でイチから「推される側」になるにはSNSの駆使は欠かせない。特に歌舞伎町のホスト、バーテンダー、メンズキャバクラや女性専用風俗のキャストは、いかにぴえん系女子を釣るかというSNS運用が求められる。店側から投稿数、フォロワー数、RT数、いいね!数などノルマを設けられるのだ。
こうした接客業のSNS運用について、メイドカフェ研究をしている社会学者の中村香住は、「現代ビジネス」2021年8月6日配信の「メイドカフェの『メイド』が悩む、時間外労働としての『SNS労働』」でこう述べている。
メイドカフェを一般の飲食店と比べた時にはいくつかの特徴がある。その中でも大きいものとして、通常の飲食店よりも店員個人がフィーチャーされ、場合によっては「商品」化されているという点があるだろう。どういうことか。メイドカフェでは、ほとんどの場合、各店員が固有のメイド名を有する。それにより、客は各メイドのことを店員という無名の存在としてではなく、「○○さん」という固有名を持った存在として認識する。そして多くのメイドカフェでは、通常の飲食店業務に加えて、コミュニケーション業務とでもいうべき業務が生じる。(中略)常連客の中には「推し」のメイドを作り、その特定のメイドとのコミュニケーションを主目的としてメイドカフェに通う人もいる。(中略)そうなると、メイドカフェの店員であるメイドは、アイドルなどと同じように、SNSを使って自分自身のパーソナリティを発信したり、客と交流したりする必要が出てくる。これはSNSを用いたアイデンティティの管理・維持が労働と密接な関係を持っているということだ。英文学者の河野真太郎は、このことを「アイデンティティの労働」とも呼んでいる。
個人が商品として扱われやすい接客業全般で「アイドル化」と「SNS上でのアイデンティティの労働の義務化」が起きていると筆者も実感している。そうなると営業時間中は接客し、店の外でも客や従業員と交流して、日々「キャストらしさ」のために生活を営み、更にSNSの作業があるためオンとオフがなく常時労働を強いられている。逆説的に言えばそこまでしているからこそ、大金を稼げるのでもあるが――。
「近くて手に入りそうな存在」だからこそ破格の金額を投じる女性たちもいる
ホストクラブやメンチカ(※)といった業界は、こうしたSNSによるブランディングと、ファン(客)とのつながりによって支えられている側面が大きい。メジャーなアイドルや有名人は一人のファンによって売り上げや人気が左右されることはあまりないが、彼らは客との距離が近く、直接やり取りしている場合が多い。それだけ推しが「近くて手に入りそうな存在」であり、サービス以上に破格の金額を投じる女性たちがいるのもまた事実だ。
※メンチカ
メンズ地下アイドルの略称。ライブに加え、チェキや物販で稼ぐ。数百万円を稼ぎだすメンチカも存在する。そのため物販やチェキでの特典が過激になることもある。ハグに始まりキスなども……。某メンズ地下アイドルは、「前戯」を物販したことで炎上したらしい。
こうした距離感のリスクとしては、顧客への対応やLINEのやり取りがネット上に晒されたり、ネットストーカー傾向のある厄介な客の管理まで仕事のひとつになる場合がある。
そうした「SNSでの営業」をコンカフェキャスト以上に強いられている職業がある。女性専用風俗だ。男性向けに比べればまだまだ認知度が低いことに加え、女性が予約するには勇気がいるため、なかなか広がらなかった。筆者がある大手グループに予約のLINEを送ったとき、「勇気を出してお問い合わせいただきありがとうございます」とメッセージが返ってきたほどだ。
そんな女性用風俗界隈では、「女風に興味があるけどまだ予約までは……」といった女性がSNSのアカウントを作成することが多い。キャストはそんなアカウントに向けて営業DMを送るなど日夜を問わず活動する必要性がある業界となっている。
講習料と登録料として7万円を払い、セラピストになった19歳
2018年は石田衣良の小説『娼年』が松坂桃李主演で実写化された年でもあり、女性用風俗の認知度が拡大したことで女風元年と呼ばれている。確かに過去に出張ホストなどはあったが、料金が高額、本番行為を伴うなど違法性が高かった。しかし、現在は非本番で料金設定も60分1万2000円程度で若いイケメンのセラピストが在籍する店舗が増えた。令和ならではの女性用風俗という女の新たな遊びだが、ただプレイするだけではない。そこで働き手は心身ともに疲弊しているケースが多い。
「正直、こんなに風俗の仕事がキツいとは思っていなかった」
そうこぼすのは、都内の人気店で働いて半年になる19歳のハルキだ。コロナ禍で就職予定だった美容室が倒産し、生活資金を稼ぐためになんの知識もないまま業界の門を叩いた。
店主による雑な説明と簡単な実践、そして講習料と登録料として僅かな貯金から7万円を支払いセラピストに登録したという。もともと男社会や会話でのコミュニケーションが苦手だったというハルキは、女性用風俗なら「作業」をすればいいだけだと思っていたが、実際は違った。
強引に本番しようとする女性客も…
「ホテルでのプレイよりも、前後のやり取りに時間がかかる。一度に多数の指名客、またはSNSの予備軍とやり取りするだけで一日がつぶれます……。あと、中年女性と手をつなぎ、若者だらけの繁華街を歩いたのはキツかったです。手をつなぐのも最初は善意で一回やったら、それがお客さんの当たり前みたいになっちゃって。今更言い出せなくて、毎回そのお客さんとは駅までの15分くらいは無料サービス状態です。常連客のなかには、自分に対しどこまで無料でサービスしてくれるかで、自分の女としての価値を試そうとする人もいます。そして何かあったら『客だろ?』って上から目線なのもキツい。あとは勃起してないと怒る人もいるので、精力剤を手放せなくなりました」
店のマニュアルとして、初指名の際に水とお茶を買って女性客に選んでもらうというのがある。ハルキは本指名になった客にこれをやらなくなった。すると、彼のSNSには長文の苦情メッセージが届いたという。
「お客から『最初に比べて雑になったよね、手を抜いてるよね』と言われました。正直イラっとしました……。お茶出しのサービスは、こっちがお金を出してやってる善意なんです。ほかにもムカつくことは多々ありますよ。終了予定時刻を過ぎてもホテルを出ようとしない人とか、強引に本番しようとする人とか。女性が働くデリヘルならば店が助けてくれるんでしょうけど、女風は基本、キャスト任せ。店にはLINEで『入りました』『出ました』と報告するだけ。それで料金から半分以上の取り分をもっていくんですから、ヒドいっすよ」
手取りは増えるがリスクも高い“裏引き”
半年間で、ハルキは精神的消耗から安定剤の服用を始めたという。彼は現在、セラピストとして働きつつ、店には内緒で2人ほどの女性客から“裏引き”をしているという。単純に手取りは倍になったが、悩みも倍に増えたという。
「正直、失敗したと思っています。店を通してないってことは、特別感も生まれてしまう。性的サービスを買うというよりも、一緒にいる関係とかにお金が発生している感じが強くなる。だから下手に拒否をすると、お客さんの精神状態が悪くなる、いわばメンヘラになる。さらに彼女たちは『私はほかの客と違うでしょ!』みたいなマウントまで持ち出してくる。これ、そのお客さんから来たLINEなんですけど、ちょっとすごくないですか?」
スマートフォン写真=iStock.com/towfiqu ahamed※写真はイメージです
見せてきたスマホには、裏引きで会っている女性から、彼への要望が画面にビッシリ埋まっていた。
女風は一緒にいる時間に金銭が発生するため、デートだけでも有料だ。そのため、食事2時間、ホテル2時間の場合は4時間分の料金になる。ハルキはしっかり時間分を請求した結果、その女性は逆上したという。彼に届いたメールを、一部抜粋する。