「ワープ・バブルの生成に成功した」という主張に天体物理学者が反論

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NASAのジョンソン宇宙センターにある「イーグルワークス研究所」を創設したハロルド・ホワイト氏は、発表した論文をもとに「ワープ・バブルの生成に成功した」と発表しています。SF映画に出てくるような「ワープ」を可能にする亜空間・ワープ・バブルを作り出したという主張に対し、天体物理学者のイーサン・シーゲル氏は「科学的な証明が不十分」だとして、主張の問題点を指摘しています。

I wrote the book on warp drive. We didn’t make a warp bubble. – Big Think
https://bigthink.com/starts-with-a-bang/no-warp-bubble/

ホワイト氏は、DARPA(国防高等研究計画局)から資金提供を受けて「カシミール空洞」と呼ばれる構造について研究を行っており、その研究の中で偶然にワープ・バブルを発見したと述べています。

世界で初めて「ワープ・バブル」生成に偶然成功 – GIGAZINE


しかし、シーゲル氏はホワイト氏が過去にEMドライブという宇宙船のエンジンについて物理法則に矛盾する内容を主張していたことを挙げ、「十分な裏付けなしに壮大な主張をする人物」だと指摘。「ワープ・バブルの生成に成功した」という主張についても問題点がいくつかあると指摘しています。

◆ワープ・バブルやワープ・ドライブとは何なのか?
ワープ・バブルはワープ・ドライブを実現させるための要素であり、シーゲル氏は「そもそもワープ・ドライブとは何か」についてから説明しています。

光速を超える速度での宇宙航行を可能にする技術であるワープ・ドライブは特殊相対性理論ではなく一般相対性理論をベースにしたもの。特殊相対性理論は空間を平らなものとして認識しますが、一般相対性理論は空間を歪曲したものとして認識します。特殊相対性理論は「物体は光速に近づくことはできても、到達したり超えたりはできない」と考えますが、空間が歪曲する一般相対性理論では、十分な物質とエネルギーがあれば、紙を折りたたむときのように任意の2点の間にある空間を「ゆがめる」ことができると考えます。ただし、このメカニズムを使った宇宙船は大きな重力によって引き裂かれることになります。

1994年、この問題の解決策として、物理学者のミゲル・アルクビエレ氏が「アルクビエレ・ドライブ」を提唱しました。アルクビエレ氏は、物質やエネルギーがブラックホールの外側にあるような「正の歪曲」を生みだし、一方で負の質量やエネルギーが「負の歪曲」を作り出す場合、「正と負の両方のエネルギーを操作することで、宇宙船はワームホールなしで光速に制限されず移動することが可能」と考えました。具体的には、「正と負のエネルギーが同じ量だけ存在する時に、宇宙船前方の空間を圧縮し、同時に後方の空間を希薄化することで、宇宙船を移動させることが可能」というのがアルクビエレ・ドライブです。このとき、宇宙船は「ワープ・バブル」に包まれることで空間の歪曲から逃れられるため、圧縮された空間をまっすぐに進んでいくことが可能と考えられています。


ワープ・ドライブがないと、宇宙旅行は特殊相対性理論に制限されることになります。例えば光速の99.992%で赤色矮星・TRAPPIST-1まで移動した場合、旅行者の感覚では往復に1年かかりますが、地球の時間では81年が経過します。これは宇宙船が光速に近づくと、宇宙船内の時間の流れが遅くなるためです。ただし、ワープ・ドライブは「空間を光速で移動する」というものではなく、空間をゆがめてショートカットを図るものなので、いわゆる浦島太郎現象は起こらないわけです。

◆アルクビエレ・ドライブとカシミール効果
上記のようなアルクビエレ・ドライブは、「負の物質」「負のエネルギー」の存在を前提としていますが、負のエネルギーはまだ仮説上の存在です。一方で、アルクビエレがワープ・ドライブに必要だと考えていたのは「通常の物質やエネルギーが生み出すものとは逆のタイプのゆがみ」であり、当時と現代とでは宇宙のエネルギーそのものに対する考え方が変わってきたことから、必ずしも負のエネルギーが必要ではないという可能性も唱えられています。

特に注目されたのが、1948年に物理学者ヘンドリック・カシミールによって提唱されたカシミール効果です。カシミール効果は長らく理論上のものでしたが、1997年に「真空中に非常に小さい距離を隔てて二枚の平面金属板を設置すると、板の外側のエネルギーが板の間のエネルギーより大きくなりプレートが引き合う」という実験で、その存在が確かめられました。これを受けてワープ・ドライブに必要だと考えられていた負のエネルギーは、カシミール効果で置き換えることが可能ではないかと考えられたとのこと。ただし、シーゲル氏は、あくまで推測の域を出ないものであり、「カシミール効果は、ワープ空間を作り出すために利用できますが、ワープ・バブルと同等ではありません」と注意を促しています。


◆ホワイト氏は何を論文に書いたのか?
発表された論文によるとホワイト氏ら研究チームは、ミクロンスケールのさまざまな形状をした電気伝導体を使って、数百マイクロボルトの電位(あるいは電圧の変化)を生み出したとのこと。実験の内容はカシミール効果についての過去の実験や予測と一致するものでしたが、一方でシーゲル氏は「研究チームがカシミール効果について行った実験と、論文に書かれている数学的な計算は異なるものだ」と指摘。そもそも論文は実験に関するものではなく、理論についてつづったものであり、それにもかかわらず理論物理学者が研究に参加していないという点にも疑問を呈しています。論文は、通常は単一の原子に適用される動的真空モデルを用いて、カシミール効果によって生み出された空間のエネルギー密度を明らかにするというものでした。研究チームは条件を変化させると真空がどのような影響を受けるのかも観察しています。


研究チームが示したのは、「カシミール空洞によって生み出された三次元的なエネルギー密度が、アルクビエレ・ドライブが必要とするエネルギー密度といくらかの定性的な相関関係を示したということであり、定量的な意味での一致はなかった」とシーゲル氏。また内容は実験的なものではなく、数値的に計算されたものにすぎず、「微視的な規模と非常にわずかなエネルギー密度の限定的なものであり、憶測や推測が多く、全てが証明されているわけではない」とも指摘しています。ホワイト氏の主張は将来的には証明されるかもしれない興味深いアイデアではあるとしつつも、シーゲル氏は「真実に近づきたいときほど、考えに対して懐疑的になるべき」だと述べました。

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2021年12月17日 08時00分00秒 in サイエンス, Posted by logq_fa

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