悪法もまた法なり、と諦観を装っているわけにはいかない。イランで動物を家で保有することを禁止する法案が準備されているのだ。同国では過去、数回、聖職者支配体制のイランでは動物を自宅で飼うことを禁止する試みがあったが、実行できずに終わったという。しかし、今回は保守強硬派の大統領が誕生し、議会も同様だから、イラン当局は動物保有禁止法を実行に移す考えだという。
テヘランからの外電によると、イラン強硬派が支配する同国議会は17日、「有害で危険な動物から公共安全を守るための法案」を作成したという。同法案によると、「ワニ、ヘビ、トカゲ、ネズミ、サル、カメ、ネコ、ウサギ、イヌなど」を保有している場合、多額の罰金が科せられ、イヌと散歩する場合も同様罰金を受ける。イヌや動物を輸送した場合、その車両も没収されるといった内容だ。
イランといえば、核問題を思いだす読者も多いだろう。ウィーンに本部を置く国際原子力機関(IAEA)ではイランの核開発問題が久しく協議されてきた。今年6月に停止されたイラン核協議が今月29日からウィーンで再開する予定だ。核協議で欧米側と外交戦を展開するイラン側の交渉力、外交力は侮れないものがあると感じてきた。そのイランで「動物保有禁止法案」が作成されていると聞くと、少々首を傾げてしまう。イラン当局がどうしてイヌやネコの保有を禁止させたいのか、理解に苦しむからだ。
イスラム教の聖典などでは特定の動物は「不純」という理由で忌み嫌われてきた。イスラム教徒が豚肉を絶対に食べないのは「ブタが不浄な動物」と考えているからだ。イヌが人を攻撃するビデオがソーシャルネットワークで定期的に流される。家のオーナーはイヌやネコを飼っている人に家を貸してはならないという。要するに、イランの聖職者指導者は動物たちを理解していないのだ(ブタの場合、ブタのDNAが人間に最も近いから食べてはならないという説もある)。
いつものように、朝5時ごろ、新聞を取りに地下鉄駅まで行ったが、途中、初老の女性がイヌと散歩している姿を見た。新型コロナ感染が再び猛威を振るいだしてきたこともあって、イヌを飼っている市民は早朝、人が少ない時間帯に散歩するケースが増えている。ロックダウン当時、街のハトたちは、高齢者が感染の危険が高いため外出を控えるようになったこともあって、路上でパンくずなどもらえなくなり空腹に悩まされていたという。ハトやカラスは本来、自由に空を飛び、エサを見つけて食べる。駅前や路上で長い間、人間が与えるエサで生きてきた鳩たちにとっては野生の生活に戻れ、といっても簡単ではない。老人のエサを待って、人気のない道の上で腹を空かして死んでしまうハトたちが出てくるわけだ。街のハトやカラスは人間世界の異変に気が付き、人間と同様、不安に駆られ出している、という動物学者のコメントも聞いた。
ところで、新型コロナウイルスが拡散し、多くの感染者、死者が出ている欧州では動物を買う人が増えてきている。独週刊誌シュピーゲル(今年1月30日号)は「動物たちのパワー」(Die Macht der Tiere)というタイトルで特集記事を掲載した。動物に囲まれた家族風景を描いたイラストがその表紙を飾っていた。「昨年、前年度比で20%売り上げが増えた」という動物業者のコメントを載せていた。
同誌によると、ドイツでは約3400万匹の動物が家で飼われている。その数字は10年前に比べると約1100万匹多い。その内訳はネコが1470万匹、イヌは1000万匹でウサギ、モルモット、ハムスターなど小動物は500万匹以上だ。そして400万羽の観賞用の鳥だ。ドイツでは2軒に1軒が何らかの動物を飼っているという。イランの動物愛好家は羨ましいだろう。
欧州でコロナ禍の時、イヌ、ネコなど動物を飼う人が増えてきた背景について、シュピーゲル誌は「コロナ禍でソーシャル・ディスタンスが叫ばれ、人と人の直接接触が難しくなったこともあって、孤独を感じる人間が増えてきた。そこでイヌやネコを飼って、動物たちを世話することで慰めを得ることができるからではないか」と受け取っている。心理学的にいえば、一種の代償行為だ。
イランの「動物保有禁止法案」の話に戻る。どうやら、イランでも動物を飼う国民が急増してきたことが今回の「動物保有禁止法案」の背後にあるらしい。過去数年間で動物をペットに買う国民が増加してきたという。多くの若い親は、子供のためにペットとしてのイヌやネコなどを買う。首都テヘランや他の主要都市では、ここ数年、獣医クリニックやペット用品店が増えているというから、ウィーンとは余り変わらない。
そこで動物を嫌う保守派聖職者たちは議会を動かして動物を追放しようと画策してきたのだろう。ただ、反米で激しい攻勢をかけるイラン強硬派もイヌ、ネコを家で飼う国民に強権を振るうことはできない。それでなくても、国民経済の停滞、失業などで国民の不満は高まっている。イヌやネコのために国民の反発を煽ることは避けたいところだ。だから、せいぜい罰金刑の実行しかない。そして時間の経過とともに、2年前もそうだったが、「動物保有禁止法」は自然消滅していくのではないかと予想されているのだ。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2021年11月19日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。