2本のペニスを持つハサミムシには利き手ならぬ「利きペニス」がある、なぜ左右どちらかのペニスを優先的に使うのか?

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ハサミムシは尾端に可動する角質のハサミを持つことからその名が付けられた昆虫ですが、「ペニスの本数」に多様性が存在し、原始的な特徴を色濃く残す種の中には「左右一対2本のペニス」を有するグループが存在します。この2本のペニスを持つハサミムシの一部に認められる「左右どちらかのペニスを優先的に使う」という、利き手ならぬ「利きペニス」の謎について、新たに発表された慶應義塾大学の上村佳孝准教授の研究がスミソニアン博物館の定期刊行物であるSmithsonian Magazineで報じられました。

Random or handedness? Use of laterally paired penises in Nala earwigs (Insecta: Dermaptera: Labiduridae) | Biological Journal of the Linnean Society | Oxford Academic
https://academic.oup.com/biolinnean/article-abstract/134/3/716/6357234

Half of These Earwigs Use Their Right Penis. The Other Half Use Their Left Penis. Why? | Science | Smithsonian Magazine
https://www.smithsonianmag.com/science-nature/half-of-these-earwigs-use-their-right-penis-the-other-half-use-their-left-penis-why-180978927/

ハサミムシは尾端に存在するハサミが最大の特徴という昆虫ですが、一部のハサミムシはハサミの刃だけでなく「ペニス」も2本有しています。ペニスを2本有しているだけでも特徴的といえるのですが、さらに特定のハサミムシには「左右どちらかのペニスを優先的に使う」という不思議な性質が存在します。

このハサミムシの利きペニス問題について報告していた上村氏が、新たにこの問題に関する最新の調査結果を報告しました。

上村氏らの実験は、日本の石垣島でNala lividipes(ヒメハサミムシ)のオス1匹・メス6匹を捕獲し、実験室に持ち込んでキャットフードで飼育して繁殖させるところからスタート。上村氏らは繁殖により誕生した子孫を交尾させ、「オスが左右どちらのペニスを用いるのか」をビデオ録画で突き止めました。

ヒメハサミムシのオスは交尾に際して、2本あるペニスのうちの1本だけをメスに向けて勃起させます。この勃起するペニスから交尾時に使用するペニスを判別したところ、43.5%が右側のペニスを交尾に用い、56.5%の個体が左側のペニスを用い、ごく一部の個体を除いて大多数の個体が「2回目の交尾でも同じ側のペニスを使用する」ことが確認されました。右側が43.5%と左側が56.5%というのは統計的にほぼ半々に相当するとのことで、同様の実験を台湾の同属種であるNala nepalensisについても行ったところ、49.2%が右側のペニスを、50.8%が左側のペニスを用いることが確認されました。

ちなみにヒメハサミムシはこういう見た目の昆虫。左側がオスで、右側がメス。


ハサミムシの交尾は、オスとメスが互いに逆向きになって体を重ね合わせる形で行われます。


さらに上村氏らは「片方のペニスしか機能していないというケースがあるのでは?」と考え、ハサミムシに麻酔を施した後にどちらか一方のペニスを切除するという実験を敢行。回復のために一定期間を与えられたハサミムシはメスと交尾を行ったため、ハサミムシは片方のペニスが機能していないわけではなく、あくまで何らかの要因によって機能する2本のペニスのうち1本だけを使うということが確認されました。

これまでの研究で、Labidura riparia(オオハサミムシ)の大多数(88.6%)は右側のペニスを優先的に使うということを発見した上村氏は、当時の研究で「オオハサミムシのメスはらせん状に旋回した受精嚢を有しており、そのらせん状の旋回方向が原因で右側のペニスに優位性がある」ということを突き止めていました。しかし、上村氏が蛍光顕微鏡を用いて生殖器の構造を視覚化したところ、メス側には左右どちらか一方のペニスを優先的に受け入れるように進化したという解剖学的な兆候はみられず、オス側にも左右どちらかの生殖器が優先的に発達したという兆候もみられませんでした。

ハサミムシのペニスの拡大写真はこんな感じ。


このことから、上村氏は「この結果は、左右どちらのペニスを使用するかは主に神経制御メカニズムによって決定されるという可能性を示している」と考察。つまり、ハサミムシが利きペニスを有するという性質はペニスではなく「脳」に原因があるかもしれないと判断しました。

「交尾中にペニスを損傷した場合にバックアップのペニスを持つというのは理にかなっていますが、なぜどちらか一方のペニスを優先するのでしょうか?」と疑問を提起したSmithsonian誌に対して上村氏は「他の動物同様、学習がパフォーマンスを向上させることが影響を与えている」と回答。ハサミムシが片側のペニスを繰り返し使用することで、そちら側のペニスの効率が向上した結果、利きペニスが生まれるのだと考えており、今後の研究でハサミムシのペニスを制御する筋肉をマイクロコンピューター断層撮影(マイクロCT)によって観察して利きペニスの原因を探る予定だと語りました。

Smithsonian誌は上村氏のハサミムシにかける熱意に関するエピソードも報じており、それによると上村氏は高校時代に自宅の戸外の岩下にいた卵を守っていたハサミムシが、上村氏の存在に驚いて一度は逃げ出したものの、翌日見に来ると同じ位置で卵を守っていたという点に興味を引かれたそうです。

上村氏は今回の研究でハサミムシについて興味深い点があると明らかにしたわけですが、ハサミムシの専門家であるFabian Haas氏によると、ハサミムシに関する研究は1942種のうちのほんの一握りの種でしか行われておらず、ハサミムシの分類を行う生物学者は「1ダースにも満たない」とのこと。これについてSmithsonian誌は「何か医学ないしは農学に関する重要な発見でもない限り、大きな注目を集めることは困難です」とコメントしました。

なお、上村氏は北海道大学の吉澤和徳准教授らとの「オスがメスに生殖器を差し込むのではなく、メスがオスに生殖器を差し込むという昆虫」に関する共同研究で2017年度のイグノーベル賞を受賞したことでも知られる人物。イグノーベル賞受賞についてのインタビューは、以下から読むことができます。

「オスメス逆転の虫」の研究でイグ・ノーベル賞受賞-シンプルな研究から生まれる新しい発見-:[慶應義塾]
https://www.keio.ac.jp/ja/keio-times/features/2018/9/


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