親知らずを抜歯した。長年あたためていた、最後の1本をようやく引っこ抜いてやった。なんというか、精神的にも肉体的にも削られた。はっきり言ってトラウマだ。
飛び散る鮮血に、鬼気迫る「早く麻酔を!」の声、響くドリル音。どの瞬間を切り取っても最悪だ。これは悪夢に違いない。夢なら早く覚めてくれぇぇぇぇぇ……!!
・心の準備をする間もなく
親知らずを抜くのは、何も初めてのことではない。今から10年以上前に、左下奥以外のものは処置している。上2本はすんなり抜けたが、右下奥はとにかく痛かった。
昔のことなので少々記憶があやふやだが、やたらと腫れたことだけは覚えている。この段階で「親知らずを抜くのは嫌だっ!」と思ってしまったので、最後の一本である左奥は放置。
かかりつけの歯科医師に「抜いたほうが良いよ~。この辺で一番うまい口腔外科の先生に紹介状書いとくね」と言われ、早幾年(いくとせ)。紹介状をシワシワにするくらい大事に握りしめつつ、行く勇気が出なかった。
もうちょっと体が元気な時に、もうちょっと仕事が忙しくない時に、などと言い訳を見つけては逃避する日々。そうしているうちに親知らずは成長し、ついには痛み出したではないか。
こりゃあいかん、ちょうどマスクが手放せない昨今だ。多少腫れても隠すことができる。抜くならば今しかねぇ! ようやく固まった決意を無下にすまじと、口腔外科に予約の電話を入れることにした。
先方は慣れているのだろう。予約の電話で「それでは当日すぐに抜いてもよろしいですか?」と聞いてきた。初めて行く病院だったので、てっきり初回はレントゲンを撮ったりと様子を見るだけかと思っていた。
心の準備をする時間はまだあるだろうと余裕を持っていたが、ところがどっこい。すぐに抜くなんて、ちょっと待ってくれよ……。
・抜くか抜かないか
すでに泣きそうになりながらも数日後、口腔外科の扉を叩く。問診票には “親知らずを抜く” “それ以外” かの二択しかなく、改めてトンデモナイところに来てしまったと震える。
もうここで急用ができたとでも言って帰ってしまおうか、そんなことを考え待合室の椅子に座ろうとしたところで、レントゲン室へと呼ばれる。展開が早すぎやしないか。
看護師さんよちょっと落ち着け、いや私が落ち着け、と心の中で叫びつつされるがままにレントゲンを撮る。そのまま流れるようにして、診察へとシフト。
先生に「ホントに抜くの? やめといたほうが良いんじゃない? 後悔するよ?」と散々脅されたことで、逆に「やったるで!」という気持ちになってしまった記者。
気が付けば、専用の椅子に座っていた。目を疑う麻酔の数や専用機器にガクブルしても、後の祭りだ。フェイスマスクをかぶせられ、先生の「本当に抜くのかあ」という言葉に「今さらなんやねん!」と心の中でツッコミつつも、いざ……!!
・意識は朦朧(もうろう)
ブスブスと歯茎に刺さる注射針、工事現場顔負けのドリル音、そよそよとスピーカーから流れる平井堅さんの素敵ボイス。意外と平気かもしれないと、油断していたのがいけなかったのか。
突如響く先生の「え、あっ、ウソっ!」という静かな叫び声をきっかけに、「急いで麻酔を!!」と一瞬で緊迫した雰囲気に。私の許可を得る間もなく、上あご部分へ針が刺さったことを感じる。
どうやら想像以上に歯が抜きづらかったようで、反動で器具が上あご部分に当たり出血したらしい。後に聞いたところでは、速攻で止血をせねば歯を抜くどころではなかったという。
フェイスマスクにほのかに飛び散る血液、加えて喉の奥にも血が流れ込んできた気配を察知。「くっ」「うっ」という先生の謎のうめき声。
気が付けば全身は汗でぐっしょりだ。「今度こそ抜きますから! 踏ん張って」という掛け声とともに、ものすごい勢いで引っ張られる歯。いやいやいや、歯の前にアゴが砕け散りそうなんですけど。
泣きたいのを通り越して、もうどうとでもしてくれと笑いさえこぼれて来る。10分ほどそうした時間を過ごしただろうか、どうやら依然として最後の一片が抜けないらしい。
「はーしんど。これ抜けへんわ。曲がってるわ」という先生の声が聞こえて来る。本心ではいい加減にしてくれと思いながらも、ここまで来れば抜いていただくしか道はないのだ。
諦めるな、頑張れ先生、と心の中でエールを送る。ひっきりなしに口内に突っ込まれるドリルと吸引するアレと、ペンチみたいなアレ。
後半は正直、意識が朦朧(もうろう)とし頭の中は「早く終われ」しかなかった。なんだったら、ひたすら愛猫を思い浮かべて現実逃避していた。
そんなこんなしているうちに、スタートから15分ちょいで無事に親知らずのすべてが打ち砕かれた。1時間ほど恐怖の椅子に座っていた気がするが、大した時間ではなかったようだ。おそらく先生の腕が良いのだろう。
抜いた歯を見せてもらったが、血まみれの粉々で、もはや「歯かな?」というレベル。こんなちっぽけな存在に、大の大人が寄って掛かって振り回されたのかと悲しみでいっぱいだ。
ドバドバと口の中から血が溢れて来ることを感じながらも、痛み止めなどを受け取る。「なにかあったらすぐに病院に来て」と言われ、なにかあることがあるんかい、と背筋が凍ったことは言うまでもない。
このまま死んだら、最後の晩餐は餃子の王将の酢豚ということになるのかあ、とぼんやりと考えながら帰路につく。結果、抜歯から4日経った今でも腫れてはいるが大事はない。
まずは一安心、そして先生に感謝だ。過ぎてみればいい思い出……だなんて逆立ちしても言えないが、肩こりも減った気がするし抜いて良かったことは良かった。
ここで記者から言えることはひとつ。もう二度と抜歯はごめんだ。そしてやはり、いくつになっても歯医者(口腔外科)は嫌ぁぁぁぁー!
執筆:K.Masami
Photo:Rocketnews24.