現在、コロナデルタ株が世界を席巻しており、今後の第6波、第7波の流行を考えると、まだ安心する状況ではないと言われています。またデルタ株とは別に、イプシロン株、ゼータ株など更なる変異株出現のニュースも伝えられ、不安感払拭出来ずの状況です。
そこで、この小文では、コロナ変異株がどのように変化してきたか、そしてどう変異して行くか、強力変異株が出現するかなどを、科学的な立場から予測いたします。
この話の第一は、我々の手元にあるデルタ株について、その理解からはじめることです。2019年12月に、中国武漢で最初の流行が伝えられました。これを原株とすると、2020年10月頃にデルタ株がインドで見つかっています。
英国の論文によると、デルタ株はアルファー株やベータ株より強い感染性を示し、原株に比べて2倍の感染性を示すとのこと。症状については、熱、喉の痛み、頭痛、鼻水などは原株と同じ程度という評価です。
デルタ株とは、原株との比較で、ウイルスのスパイクタンパク質のL452R、T478K、E484QおよびP681Rの変異を持つことが知られています。簡単に説明すると、スパイクタンパク質とは、1273個のアミノ酸で構成され、ウイルスがヒト細胞に感染し、ウイルス核酸をヒト細胞に注入するときに働くタンパク質です。
ヒト細胞膜にある受容体(ACE2と言う名前)を攻撃し、ウイルスの452、478、481番目周辺のアミノ酸 (ウイルスのRBD部位と言う) と直接結合し、ウイルスとヒト細胞膜が融合し、核酸が注入され感染が成立します。スパイクタンパク質の681番目は、ヒト細胞の酵素で分解される場所で、P681Rの変異の結果、スパイクタンパク質はより効率よく分解され、ウイルスとヒト細胞の融合が促進され、結果として感染性が増すと考えられています。P681R等の言葉の意味は省略しますが、この変化は、遺伝子中のたった一つの塩基変化で生じる(塩基置換型)ことが解っています。
このような変化の結果、デルタ株は原株に比べて何が変化したかというと、感染力が上昇、より多くの細胞に感染するのでより多くの子どもウイルスを作るように変化しました。
発表されているところを理解する限り、それ以外の変化は何一つ見られていません。感染性が、重症化が、致死性が若年に広がったというニュースが見られていますが、感染性が増加した結果、患者数が増し、分母が増えたから確率的に若年層にも広がっただけです。デルタ株が毒性を持つように変異したわけでは決してありません。
さて、このデルタ株は今後どうなって行くのかと言うこと及び、今後デルタ株よりももっと強力な感染性を持つコロナ変異株が生じるのかと言うことについて、私なりの予測を行います。
実は世界中のデルタ株は同じではないと言うことを第一に知って頂きたいと思います。例えば、米国微生物学会の2021年7月の説明によると、デルタ株には上記4つの変異を含めて、合計13個の変異があると述べています。
今日本で流行中のデルタ株は、多分15個だか、20個の変異を持っているはずです。ヒト感染を繰り返す度に突然変異は増えて行きます。世界中のデルタ株を調べると、上で見て頂いた4箇所の変異は残っていて、それ以外の場所に、数知れずの突然変異があると言うことです。そして感染性はデルタ株と同じです。
コロナウイルスに見られる変異は、塩基置換型変異と言います。複製酵素の間違いで、通常とは異なる塩基が挿入され、変異体になります。このタイプの変異は、ウイルスの感染性に着目すると、3種類のどれかの変異体として観察されます。
一番目のタイプは、機能獲得型と言いますが、デルタ株のように、感染性が高まるタイプです。特殊な場所の特別な変異が機能獲得につながるので、その頻度は大変少ないと言えます。
二番目のタイプは、機能喪失型と言い、変異をすることで、感染性がなくなる、あるいは少なくなると言うタイプです。スパイクタンパク質の多くの場所の変異は結果として感染性の消失を意味します。
三番目のタイプは中立型と言い、RNAの配列やタンパク質の配列は変化するが、感染性については増加も消失も何もしないというタイプです。上で述べた4個の重要な変異以外の10個を超える変異は中立型です。デルタ株の感染性には何の影響も与えていないからです。
デルタ株に関しては、上で述べた4種類の変異は、ヒト細胞への感染には必須の場所であり、デルタ株で既に最適へと変異しています。従って、感染性がデルタよりも高まる変異は出ないと思われます。この4カ所に別の変異が生じると、感染性はむしろ低下・消失すると予言できます。その場合は、感染性がなくなりますが、大多数存在する感染性の強いデルタ株の中では優位性がないので、最終的には淘汰され消えて行きます。
今後生じるデルタ株の変化は、中立型変異の蓄積です。10個〜20個の中立型変異の蓄積は、今の所感染性には影響が見られていません。今後、もっと多くの変異が蓄積したときにどうなるのか今は解らないとしか言えません。
コロナウイルスで今後デルタ株よりも強力な株が生まれるかどうかを最後に予測いたします。予測ですから、科学的根拠はそれほど確かではないことをご理解下さい。
上でも述べたように、コロナウイルスは中国武漢で最初の流行があって約10ヶ月間でデルタ株にたどり着きました。突然変異の頻度が極めて高く、感染性を目安に容易に選択されたと言うことです。
デルタ株以降の次の1年では、他方、デルタを超える株は生まれていません。イプシロン株、ゼータ株等の出現が伝えられています。ニュースを見る限り、感染性はデルタと同等あるいはそれ以下、発症への経過も、ワクチンの効果も従来のコロナとほぼ同じです。つまり、最初の1年で、沢山の突然変異が生じ、その中から順次感染性の高いウイルスが選択され、この作業を1年間繰り返し到達したのがデルタ株です。
今日に至る次の1年間では、同じ数の突然変異が発生したにもかかわらず感染性の高まる変異はなかったと言うことです。機能喪失する突然変異、中立型の突然変異は今後も無数に生じますが、感染性の高まる変異が更に生じる確率はほとんど無いことを示唆しています。
簡単にまとめておきます。
- デルタ株は、ヒト細胞の受容体とマッチする4個の重要な機能獲得型の突然変異があり、感染性が高まった。
- デルタ株では、上記4個以外にも、10個を超える中立型の突然変異が蓄積しており、今後も変異は増え続ける。
- デルタ株を含めて最初の1年で生まれてきた機能獲得型の変異株は全て、感染性が強まったもので、それ以外の変化、例えば悪性度や致死性が強くなったというような変異は見られていない。
- 予測として、デルタ株から、あるいは別の経路からであっても、デルタ株を超える変異は生まれない。
- 希望的予測です。デルタ株は、今後も中立型変異が蓄積し、過剰な蓄積の結果、少しずつではあるが感染性の低下をもたらし、最終的に感染性の大変弱いデルタ株になる。
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山本 和生
大学 元教授
突然変異の生成機構を、PCR等を用いて解明する研究を行った。