北京の人質外交に屈したバイデン:孟晩舟の司法取引

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米司法省広報室は24日、ブルックリン連邦地方裁判所にリモート出頭した華為(ファーウェイ)の孟晩舟CFOと「起訴猶予合意(DPA)」を行ったとの文書を公表した。DPAとは、検察官と被疑者の合意により、被疑者が特定の条件を遵守すれば訴追を見送るという連邦制度で、一種の司法取引だ。

同文書は、孟が「事実関係の報告で、イランにおける華為の事業について真実を伝えなかったこと、及びその結果として金融機関が米国の法律に違反して華為との取引を継続したと認めた」と述べ、今回の合意により「カナダで進行中の身柄引き渡し手続きが終了する」としている。

NHKより

司法省国家安全保障局検事総長代理は、この合意をしなければ、これまでの状況が「何年とはいわないまでも、何ヶ月も続いていたかも知れない」とし、「この引き渡しに献身的に取り組み、法の支配を堅持してくれたカナダ司法省に大変感謝する」と述べる。

ここでいう「イランにおける華為の事業について真実を伝えなかった」とは、イランとの取引を制限する「米財務省外国資産管理局のイラン取引・制裁規則」に触れないよう、孟が役員をしていたスカイコムと華為との関係を偽ったことを指す。

孟は金融機関へのプレゼンで、華為とスカイコムの関係は「正常で制御可能な業務協力」などとし、スカイコムをイランにおける「ファーウェイのビジネスパートナー」、「ファーウェイが一緒に仕事をする第三者」などと表現していた。

華為は「かつてスカイコムの株主だった」が「スカイコムの株式をすべて売却した」とも述べたが、事実は、華為の子会社である華維から別の子会社に株を譲渡したに過ぎなかった。スカイコムの従業員も丸々ファーウェイの従業員だった。

が、こんなことに香港の金融機関(HSBCなど)が気付かないとは到底思われない。おそらくは承知の上でやったことと想像され、果たして善意の第三者で済むのだろうかとも思う。

司法省刑事局は「検察チームは華為に対する裁判の準備を続けており、我々の主張を法廷で証明するのを楽しみだ」と述べ、FBI防諜部副部長も「米国で事業を行っている企業が米国の法律を軽視している兆候があれば、積極的に捜査を続ける」としているから、今後も何か起きるのだろうか。

何れにせよ孟は「金融機関に対し故意に行った虚偽陳述の詳細を記した4頁の陳述書の作成」と「連邦、州、地方で他の罪を犯さないこと」に同意し、違反すれば「本件で提出された全ての罪状が訴追され」、米国による「カナダ司法省に対する引き渡し要請を撤回すること」にも合意した。

斯くて孟晩舟は「カナダで3年近く不法に拘留された後、中国政府のチャーター便で25日夜に中国南部の都市深圳に到着した」(環球時報)。罪を認めたにも拘らず、拘留を「不法」と国営紙が書き、政府のチャーター便で帰る辺りが、華為と北京の紐帯の強さを象徴してはいまいか。

同じ日に各国紙は「中国当局に1000日以上拘束されていたカナダ人2人の帰国」を報じている。カナダのスターは「中国国営ニュースは、二人のマイケルと孟の同時解放は偶然だと主張する。専門家はそうはいっていない」との見出しを付け、北京の「人質外交」について書いている。

この「専門家」はカナダの中国法弁護士アンズレーで、これは北京が如何に「制度化された嘘のシステムの上に成り立つ国を作り上げたかを示す好例だ」とし、「彼らの逮捕は偶然ではなく、厳密には報復行為であり、明らかに人質外交であることは最初から誰の目にも明らかだ」と述べる。

筆者も8月13日の拙稿「外交のみならず司法でも報復が常套化する異形の中国」で「コブリグもスパーバーも報復逮捕と子供でも判る」と書いた。「二人のマイケル」とは、元外交官のマイケル・コブリグとNGO役員のマイケル・スパーバーで、逮捕の経緯は拙稿をお読み願いたい。

スター紙は環球時報を引用し、二人は「スパイ行為を『自筆で』告白して悔い改め、『医療上の理由』で保釈を認められ、偶然にも孟氏と一緒に解放された」とする。それは26日の環球時報の「独占 2人のカナダ人が罪を告白、中国出国前に医療上の理由で保釈される:関係者 中国とカナダの関係、オタワの外交の独立を前提に勢いを取り戻す:専門家」なる長い見出しの記事だ。

この国営紙は例によって「専門家」を登場させ、中国社会科学院姚鵬副秘書長には「孟事件はカナダの政治家による典型的な政治工作で、米国と仕組んだ政治事件だが、2人のマイケル事件の犯罪事実は裁判所が示した多くの証拠で明らかだ。2人は人質では全くない」と、また武漢大国際法研究所教授には、2人の保釈と出国は「法的手続きに沿ったもの」と語らせる。

さらに記事は「米国では、保釈後に被告が社会に危険を及ぼさないことを担保するため、一定の保証と金銭をとっての保釈が一般的に行われている」とし、「皮肉なことに、2人のカナダ人が降り立つやいなや、カナダ諜報機関が熱烈に歓迎したことで、彼らの身元やスパイ活動が中国のでっち上げではないことが証明された」と弁解に必死だ。

が、アンズレー氏は、2人のマイケルが「もし自白したとしたら、それは強制の結果であることに私の心中では疑問の余地がない」とし、「中国の刑務所で過ごしたことのある人は、それ自体が拷問であると声高に主張するだろう」と述べる。

さらに「孟は軟禁の3年間、最初はバンクーバーの500万ドルの6ベッドルーム、後に3倍広い1400万ドルの家で過ごしたのに対し、2人のマイケルは3m×3mの監獄に入れられていた。コブリグはその生活環境を『地獄』と表現した。電気は24時間点け放し、食事は米と茹野菜に制限されたこともあった」と書いている。

ところで今般の出来事では、環球時報もスター紙も、拙稿が触れた麻薬犯罪で死刑宣告されたもう一人の人質カナダ人シェンバーグには触れない。筆者には、そのことが却ってこれが「人質外交」だったことを浮き彫りにしているように思える。

いずれにせよバイデンは北京の「人質外交」に屈した。米国人でなく、また血の同盟(即ちAUKUS)を構成する英国人でも豪州人でもなく、そこから外れたカナダ人を使ったことは、いつも小狡い北京に先見の明があったのかどうか、意見が分かれよう。

なぜなら「人命は地球より重い」とした「超法規的措置」を思い出すからだ。77年9月28日、日本赤軍5人がハイジャックした日航機がダッカに強硬着陸し、身代金600万ドルと獄中の日本赤軍メンバーらの釈放を求め、応じない場合は人質を殺害するとした。

福田赳夫総理はこの語を吐いて拘束犯6人を引き渡した結果、人質は解放され、福田は総理を辞した。半月後ルフトハンザ・ドイツ航空で起きたハイジャックでは、西独国境警備隊の特殊部隊が強行突入し、テロリスト全員を射殺した。機長一人が死亡したが、乗客は全員救出された。

その後、人質テロへの対応は西独流が主流になった。今回バイデンは「人権は地球より重い」とはいわなかったが、北京の「人質外交」に膝を折った。北京がこれに味を占めないはずがない。バイデンも福田の顰に倣ったらどうか。

北京の「人質」は「人」に限らない。世界有数のABS樹脂会社「奇美実業」を創業した許文龍は民進党顧問だった05年、中国蘇州の子会社を人質に取られ、「一つの中国」支持の発言をするに追い込まれた。「日本端子」も人質に取られない保証はない。

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