テレワークでは出会いが足りてない! バーチャルオフィス「oVice」に毎日3万人が“出勤”している理由 ~ oVice Summitで考える“テレワークとオフラインのバランス”【甲斐祐樹の Work From ____ :第8回】

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「oVice Summit」の模様

 2020年春から1年半以上も続くコロナ禍の影響で、ワークスタイルとして着実に普及が進む“リモートワーク(テレワーク)”。筆者のようなフリーランスは当然のことながら、これまでは対面での打ち合わせが中心だったような大企業でも、Web会議サービスを使った打ち合わせが当然のように使われ始めている。

 一方で、課題として浮かび上がってきているのが、対面でのコミュニケーション、いわゆる“オフライン”とのバランスだ。用のあるときだけミーティングするリモートワークでは、気軽な雑談が難しく、コミュニケーションの時間が取りにくい。部下への指示や資料の確認など目の前にいればすぐに確認できることが、リモートワークではお互いの意見が伝えにくく効率が悪い、という声も多く聞くようになった。

 今後もどれだけコロナ禍が続くのかは予想できないが、リモートワークが普及するにつれて、リモートワークだけでは解決できない課題も多くあることも見え始めてきた。リモートワークとオフラインのバランスは、リモートワークが当然の働き方として定着するためにも重要な課題になるだろう。

 リモートワークはいかにしてオフラインと向き合うべきか、という点において、興味深い視点が得られたのが、oVice株式会社が自社サービス「oVice(オヴィス)」をテーマに開催したオンラインカンファレンス「oVice Summit」だ。同カンファレンスで行われた講演の中で、筆者がリアルとの関わりについて興味深いと感じた点を中心にレポートしたい。

“近くにいる人”だけで話せる――Web会議にはない“距離の概念”が特徴

 oViceは、カメラやマイクを使い、オンラインで映像と音声のコミュニケーションができるサービス。ZoomやGoogle MeetといったいわゆるWeb会議サービスとの違いは、参加者がカメラ映像を前提としたインターフェースではなく、2次元の世界に表示されるアイコンで表現される点だ。

 oVice内では、アイコン表示されたユーザーが画面上をマウス操作で移動。他のユーザーとの距離が近くなると相手の声が聞こえ、距離が遠くなると声が聞こえなくなるという、現実に近い要素を取り入れており、インターフェースとしては2次元ながら、体験としては3次元に近いコミュニケーション環境を実現している。

「oVice」の2次元空間インターフェース

 2次元のインターフェースと距離を活用したサービスとしては「Gather.Town」「Remo」「SpatialChat」などがあり、これらはWeb会議サービスに対して“空間コミュニケーションサービス”などと総称される。また、最近はビジネス利用が多いことから“バーチャルオフィス”と呼ばれることもあるが、現実の物件を提供するサービスもバーチャルオフィスという同じ名称で呼ばれるため、本稿では“空間コミュニケーションサービス”と表現することにする。

従来のオフィスビルは無駄に広かった――今後の鍵は「オンラインとオフラインのハイブリッド」

 リモートワークのツールとしてシェアを伸ばすoViceだが、セーヒョン氏は今後もリモートワークだけで伸びるとは考えていない。「ワクチン接種率が上がれば、働く場所はオフラインに戻っていくだろう」との見通しを示したセーヒョン氏は、今後の鍵は「オンラインとオフラインのハイブリッドな働き方になる」と語る。

 具体的には、360度カメラを用いてオフィスの様子を表示し、リモートワークの人とシームレスに話せるハードウェア的なアプローチを開発中。また、オンラインで参加している人がそばにいてもハウリングが起きないというソフトウェア面での機能拡充も考えているという。

「オンラインとオフラインのハイブリッド」を目指して開発中

 一方で、コロナ禍前のように全社員がオフィスに出社するような働き方に戻るとも考えてはいないという。「出社したいときは出社して、リモートワークしたいときはリモートワークというのが一番健全な組織だが、そのためには従来のオフィスビルは無駄に広かったのかもしれない」と語るセーヒョン氏は、「働き方がオフラインに戻るためにオフィスビルは必要だが、オンラインやハイブリッドを考慮したサイズが必要だ」との考えを披露。「oViceはオフラインのオフィスとつながる場所を提供する“バーチャル不動産”だ」と語った。

「oVice」は“バーチャル不動産”

エン・ジャパンではoViceを全社導入、社員の93%が「働きやすくなった」と回答

 このバーチャル不動産というコンセプトを実際に行っているのが、エン・ジャパン株式会社だ。同社でoViceの全社導入と利用推進を手掛けた今村明則氏(内部監査室 経営推進チームリーダー)が、oVice導入の経緯や導入後のメリットについて語った。

「oVice Summit」に登壇したエン・ジャパン株式会社の今村明則氏(内部監査室 経営推進チームリーダー)

 エン・ジャパンでは、新型コロナウイルス感染症の拡大を受けて2020年4月より全社一斉にテレワーク化を実施したが、従来のオフィスでは自然に起きていた社内コミュニケーションの減少により、社員の働きやすさやエンゲージメントの低下が全社的な課題になっていた。

 特に、会社に入ったばかりで業務を1人で完結することが難しい新人にとって、職場の先輩や同僚とオフラインで話したこともなく、顔や名前も覚えられないような状態のため、仕事に関する相談や報告を行うことがとても高いハードルだったという。

 こうした課題を解決するために、とある部署がトライアル利用を始めたのがoViceだった。その後、社内のクチコミで利用する部署が増えた結果、10月にはエン・ジャパン全社での導入を決定、12月にはバーチャル本社を開設し、1つのバーチャルビルの中で各部門や拠点が自由に行き来できるような環境を構築した。

エン・ジャパンにおける「oVice」導入の流れ

 課題としていた社員間のコミュニケーションは、oViceの導入で大きく改善したという。社員からは「気軽に質問や雑談できて安心感を感じられる」「電話するほどではない内容も聞くことができる」「実際のオフィスのように他の同期や先輩が会話に参加してくる」といった感想が寄せられ、oViceの導入で93%の社員が「働きやすくなった」と回答している。

93%の社員が「oVice」の導入で「働きやすくなった」と回答

社員の感想

新入社員の声

 一方でoViceの利用は社員に強制しているわけではない。今村氏によれば、oViceを利用しているのは社員の8割程度だという。「エンジニアなどは集中して作業したいときに話しかけられると集中力が途切れる人もいる。自分で仕事を組み立てたいという時間を尊重したい」(今村氏)。

 また、全社で導入はしているものの、運用自体は各事業部に一任。oViceは働くための環境ではあるものの、最優先するのはコミュニケーションであり、ルールで決めるよりは各部署の使いやすさを優先するという。

全社導入のハードルは高くない。利用推進の鍵は「役職者の利用」

 エン・ジャパンでは新入社員の入社資金や研修も全てオンラインで実施。3月になると人事担当が新入社員の自宅へパソコンと携帯電話を送るという徹底したリモート体制だ。

 また、内定してから入社を悩んでいる学生に対するオフィス見学にもoViceを活用。実際のオフィスは出社している社員も少ないためオフィス訪問の対応も難しいが、oViceであれば実際に社員が働いている雰囲気をオンラインで見せられるメリットがあるという。

 oViceの導入によってエン・ジャパンはオフィスの面積を4割削減し、出社率は5~20%とする。今後、出社したい社員が増えた場合には「オフィスの座席数を減らしているので物理的に席がない。知恵を縛ってリモートワークしていきたい」(今村氏)。

 新しいサービスを全社で使うことのハードルはさほど高くはなく、比較的ITリテラシーが低い社員であってもoViceは分かりやすく使いやすいというのも魅力という。「oViceを使いこなすのに高度なスキルは不要。一度使えばだいたいのことは分かる」(今村氏)。

 一方、より多くのユーザーが使うための課題は、新人よりもむしろ役職者だという。今村氏は、「役職者は、これまで働いてきた経験から自分たちはoViceを必要ないと思っているが、本当に使いたがっているのは役職者に相談したい部下だ」という意識のすれ違いを指摘。「役職者は『聞きたいことがあれば聞けばいい』と言うが、実際にはそれがなかなか難しい」とし、役職者を対象とした利用推進も重要とした。

 oVice導入後も、他のコミュニケーションツールも併用。非同期コミュニケーションはMicrosoft TeamsやSlack、社外のWeb会議はZoomなど用途によって使い分けている。また、oViceのセーヒョン氏は「社内はoVice、社外はZoomで会議室に入れる連携機能もリリースを予定している」と明かした。

「バーチャル空間レストラン」は懇親会に最適、外食産業でもoViceを活用して事業創出

 コロナ禍で最も打撃を受けている産業と言える外食産業も、オンラインとオフラインの接点を模索中だ。

 oVice Summitに登壇した株式会社銀座クルーズ代表取締役社長の三溝順弘氏は、「飲食業界でも最も打撃を受けているのが、われわれのような大型レストラン業態」とコメント。実際に銀座クルーズでもいくつもの店舗が休業や閉業状態だという。

株式会社銀座クルーズ代表取締役社長の三溝順弘氏と、バーチャル空間レストラン支配人の石井優一氏

 こうしたコロナ禍の打開策として銀座クルーズが取り組んだのが、oViceを活用した「バーチャル空間レストラン」だ。

 バーチャル空間レストランは、銀座クルーズのシェフが作った料理を参加者へ事前に送付し、oViceで参加しているユーザーとコミュニケーションしながら食事を楽しめるサービス。ただ食事を提供するだけではなく、シェフによる料理のコンセプトの説明やあいさつ、スタッフによる料理の解説なども提供するのが“レストラン”たるゆえんだ。

 バーチャル空間レストランの前にも、銀座クルーズではMicrosoft Teamsを使ったリモート宴会をサービスとして提供しており、300名以上が参加する大規模な宴会の運営実績も持っている。しかし、既存のWeb会議サービスでは、懇親会で1人ずつあいさつ回りをするようなコミュニケーションがどうしても難しかったという。

 その点、oViceはテーブルごとにコミュニケーションできるだけでなく、テーブル間の移動も自由に行える。そのためさまざまな場所で同時多発的に会話が生まれることで、懇親会がより盛り上がる点が魅力だという。「懇親会は話をかぶせた方が盛り上がる。1人ずつあいさつしたり、声をかぶせられる懇親会形式にはoViceが最高のパターンだ」(三溝氏)。

 しかし、銀座クルーズもoVice同様に、バーチャル空間レストランが全てを解決するとは考えていない。三溝氏は、「コロナが終われば人間のぬくもりを求めて必ずレストランにやってくる。レストランは完全なリモートだけにはならない」と語り、バーチャル空間レストランは、テイクアウトやECなども含めた外販事業としての位置付けを示し、外販事業で30%を新たに創出、オンラインとオフラインのハイブリッドを目指すとした。

 一方、リアルな店舗では客が実際に店舗を訪問しなければいけないが、バーチャル空間レストランであれば、出店していない地域も含めた全国で料理を提供できるメリットもあるという。銀座クルーズでは以前に岩手県の食材を使って岩手県を応援する取り組みを行っていたが、「バーチャル空間レストランなら全都道府県での需要もあるだろう」と期待を寄せた。

「oVice Summit」の模様

リモートワークで足りないコミュニケーションを“空間コミュニケーション”が補う

 Web会議やチャット中心のリモートワークではどうしても不足していたコミュニケーションの要素を、オンライン上で解決を図るのが空間コミュニケーションサービスだ。同じバーチャル空間に“出社”し、好きなときだけ話し掛けたり、誰かが集まっているのを見かけて会話に加われる環境によって、Web会議とチャットだけでは不足しがちだった社員のコミュニケーションを補うことができる。エン・ジャパンの事例はもちろんのこと、本連載で前回取り上げた「WordCamp Japan 2021」でもスタッフや参加者との交流にoViceを活用することでコミュニケーションの活性化を図っていた。

 今後鍵となるリモートワークとオフラインを両立した働き方についても、oViceをはじめとしたさまざまな企業が検討を進めている。360度カメラを活用したWeb会議は「Meeting Owl」というサービスが法人向けに提供されており、ハウリングを防ぐWeb会議サービスは「around」が同様の機能を提供している。こうしたオフラインとのハイブリッドは、リモートワークが当たり前の働き方になるためにも重要な方向性だろう。

 今後気になるのは、オフラインで働く人とリモートワークのみで働く人とのコミュニケーション差だ。oVice Summitで司会進行を務めた厚切りジェイソン氏によれば、一時はコロナ禍が落ち着きつつあったアメリカでは、リモートワーク自体は普及しているものの、対面で会った人のほうが注目され、リモートワークのみで働く人はコミュニケーション上、不利な立場にある、という現象が起きているという。

 緊急事態宣言が続き、コロナ禍を脱したとは言いがたい状況にある日本ではまだその段階には至らないが、今後オフラインでの働き方を取り戻したとき、「対面のほうがコミュニケーションが充実しがちである」という状況を、リモートワークがどこまで解決できるのか。ハイブリッドの先にあるリモートワークの進化も期待したい。

この連載について

ビジネスパーソンが仕事をする/できる場所が多様化しています。従来からの企業の自社オフィスやシェアオフィス/コワーキングスペースはもとより、コロナ禍で広まった在宅勤務(Work From Home)、ホテルやカラオケボックスのテレワークプラン、さらにはお寺や銭湯まで(!?)。この連載では、そうしたざまざまな「Work From ○○」の事例や、実際にそこで仕事をしている人・企業の取り組みなどを、フリーランスライター・甲斐祐樹がレポートします。

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