[ロンドン発]英南西部プリマスで8月12日、実習生ジェイク・デイヴィソン容疑者(22)が散弾銃で母親を殺害、そのあと自宅を飛び出し通りがかった父娘を射殺、さらに2人を殺害、2人を負傷させて自殺した。銃規制が厳しいイギリスで銃乱射事件が起きるのは11年ぶりだ。
デイヴィソン容疑者はユーチューブなどへの投稿で「私は童貞だ。社会的に孤立し、交際相手の女性を見つけるのに苦労している」と告白。性的経験がないのは女性やモテる男性に原因があると攻撃する非モテ男子のオンライン・サブカルチャー「インセル」に注目が集まった。
小田急線の車内で数人の乗客が刺された事件で、改札口が閉鎖された祖師ヶ谷大蔵駅=6日午後10時17分、東京都世田谷区(共同通信社)
日本でも同月6日、東京・世田谷区を走行中の小田急線車内で男が刃物を振り回して乗客に切りつけ、10人にケガを負わせた。殺人未遂の疑いで逮捕された職業不詳の容疑者(36)は「幸せそうな女性を見ると殺したいと思うようになった。誰でもよかった」と供述した。
「インセル」によるミソジニー(女性嫌悪、女性蔑視)無差別テロはネットを通じてアメリカから欧州、そして世界へと拡散している。
「ブラックピル」と「レッドピル」
英キングス・カレッジ・ロンドン大学過激化・政治暴力研究国際センター(ICSR)でミソジニーや「インセル」などオンライン・サブカルチャーを研究するフローレンス・キーン氏は連続ツイートで次のような見方を示す。
22-year old Jake Davison killed 5 people in Plymouth before shooting himself.
It’s the UK’s worst shooting in a decade. His motivations are unclear. @ICSR_Centre has uncovered his online footprint, including forums yet to be reported on. Our initial thoughts…THREAD/
— Florence Keen (@FlorenceKeen) August 13, 2021
「容疑者のユーチューブ投稿のいくつかは禁欲主義への関心を示している。外見とお金に基づいて男性を選択する女性を悪魔化している。重要なことは彼が『ブラックピル(黒い錠剤)』に言及していることだ」
ブラックピルとは「インセル」コミュニティーで使われる用語で、遺伝学に基づき社会階層の最下部にいることは仕方がないと受け止める。米映画『マトリックス』で主人公が幻想世界にとどまるか(青い錠剤)、現実世界を見るか(赤い錠剤)の選択を迫られることに由来する。
一方、レッドピルはフェミニズム運動が女性に過度の力を与え、男性であることの特権が存在しない世界に目覚めることを意味する。これに対してブラックピルの信奉者は遺伝学による「性のヒエラルキー」が存在するという宿命論を受け入れているという。
ICSRはツイッターやFacebook、インスタグラム、ユーチューブなどSNSへの投稿を量と質の両面から分析し、イスラム過激派や極右によるテロ対策や脱過激化、ヘイトクライム(嫌悪犯罪)対策に役立てている。
デイヴィソン容疑者はオンラインフォーラムに多くの動画やテキストを投稿し、「インセル」に触れるだけでなく、ミソジニー的な見解をぶちまけていた。「インセル」は「インボランタリー・セリベイト(不本意な禁欲主義者)」を意味し、性的関係を望んでも得られない人を指す。
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悪の「インセルのヒーロー」
2014年5月、エリオット・ロジャー容疑者(当時22歳)が米カリフォルニア州アイラビスタのカリフォルニア大学サンタバーバラ校近くで銃や刃物を使って6人を殺害、14人を負傷させたのち自殺。この事件でそれまで非暴力だった「インセル」コミュニティーは暴力を伴う危険な過激イデオロギーとみなされるようになる。
ロジャー容疑者は『ハンガー・ゲーム』などハリウッド映画製作者の息子で、自分が童貞であることの欲求不満や女性への嫌悪を隠さず、自分への愛とセックスを否定した社会への「復讐以外に選択肢はない」と141ページのマニフェスト(犯行声明)を残して凶行に及んでいた。
15年10月、米オレゴン州のアムクワ・コミュニティー・カレッジでクリストファー・ハーパー・マーサー容疑者(当時26歳)が准教授と8人の学生を射殺、8人を負傷させ自殺。「友だちも仕事も彼女もいない童貞だ」と公表。「インセル」に触れ、ロジャー容疑者を称賛していた。
18年4月、カナダのトロントでアレク・ミナシアン容疑者(28)の運転するバンが10人をはね殺害、16人を負傷させた。Facebookに「インセルの反乱はすでに始まっている。われわれはみな最高の男性であるエリオット・ロジャーを歓迎する!」と投稿していた。
同年11月、米フロリダ州のヨガ・スタジオでスコット・ベイエル容疑者(当時40歳)が女性2人を射殺、5人を負傷させたあと自殺。ユーチューブの動画でミソジニー的かつ人種差別的な言葉を吐き、自分は「インセル」と位置付け、ロジャー容疑者への共感を示していた。
ロジャー容疑者の影響はネットを通じて大西洋を越え広がった。17年、スコットランドのエジンバラ大学でガブリエル・フリエル容疑者が警官を刺し、強力なクロスボウとナタを用意していたとして今年1月、テロ対策法に基づいて10年の刑を宣告された。
フリエル容疑者は米コロンバイン高校の銃乱射事件に取り憑かれていることは認めたものの、妄想に過ぎず計画はしていないと否認。自分は「インセル」ではないと否定する一方で、ロジャー容疑者との「つながり」を感じたと屈折した心境を精神科医に吐露していた。
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