AppleはiOS 14からプライバシーポリシーを改訂し、広告企業がユーザーに通知なしで広告識別子のIDFAを収集することを防ぐ施策「App Tracking Transparency(ATT)」を打ち出しました。これに対して強い反発を見せたのがFacebookで、「ターゲティング広告が難しくなり広告収入が激減する」と警告し、対立姿勢を打ち出しています。AppleのATTにより、iOS向けに広告を表示する広告主やアプリ開発者の収益は15~20%も減少したと報じられていますが、FacebookはIDFAなどの既存の広告識別子に頼ることなくユーザーのプライバシーを保護しながら効果的な広告を掲出するための新しいテクノロジーとして、「Privacy-Enhancing Technologies(PETs)」を発表しました。
Privacy-Enhancing Technologies and Building for the Future | Facebook for Business
https://www.facebook.com/business/news/building-for-the-future
What Are Privacy-Enhancing Technologies (PETs) and How Will They Apply to Ads? – About Facebook
https://about.fb.com/news/2021/08/privacy-enhancing-technologies-and-ads/
FacebookはAppleやGoogleが独自のウェブブラウザやOSを介してプライバシー面の変化を加え続けていること、そしてプライバシー関連の規制が強化され続けていることを踏まえ、「デジタル広告は個々のサードパーティーデータへの依存度を下げるために進化すべきタイミングにあることを認識するのが重要」と語り、そのためのテクノロジーとして「PETs」を発表しました。
Facebookは「マーケティングにおけるパーソナライズは人々と企業にとって可能な限り最高の体験であると信じています。パーソナライズされた広告がなければビジネスの開始と成長は難しくなり、新しい製品やサービスを見つけることも難しくなり、コストそのものが高くなり、人々は関連性が低くタイムリーではなく面白くない広告を目にすることになります」と記し、ターゲティング広告の重要性を強調しています。
Facebookは「PETsにより、業界が個々のサードパーティーデータへの依存度を低下させても、ターゲティング広告を引き続き掲出できることを証明できると楽観視しています。PETsは処理する個人情報の量を最小限に抑えながら、関連広告を人々に表示し、広告主の広告効果を測定することに役立ちます」と述べ、PETsが旧来のようにサードパーティーデータに依存することなく、適切なターゲティング広告を打つことができるテクノロジーとなるとアピールしました。
PETsを支えるのは「Secure Multi-Party Computation(MPC)」「オンデバイス学習」「差分プライバシー」という3つのテクノロジーです。
◆MPC
プライバシー強化技術であるMPCは、「2つ以上の団体を連携させることで、片方が学習できる情報を制限する」というもの。データはエンドツーエンドで暗号化されているため、転送・保管・使用時にはどちらの団体も相手のデータを見ることができないようになっており、これによりユーザーのプライバシーを保護しながら複数の関係者が広告効果を測定することが可能になるとのこと。具体的には、ある団体が「広告を見たユーザーに関する情報」を持っており、別の団体が「誰が何を購入したかに関する情報」を持っているとして、それぞれの団体がお互いのデータセットを公開することなく、広告を掲載した場合の効果だけを測定できるようになるというわけです。
なお、FacebookはすでにMPCをベースとした広告効果測定ツール「プライベートリフト測定」のテストを2020年から開始しており、2022年にはFacebookの広告主向けに同機能が提供される予定。さらに、Facebookは同ソリューションのフレームワークを「Facebook Private Computation Framework(FBPCF)」として、オープンソースで公開することで、業界の誰もが同様のテクノロジーに基づいた広告効果測定ツールを開発できるようにしています。
GitHub – facebookresearch/fbpcf
https://github.com/facebookresearch/fbpcf
◆オンデバイス学習
また、PETsでは「どのユーザーが何を購入したか」などのデータを、リモートサーバーやクラウド上で処理するのではなく、端末上でローカルに処理し、アルゴリズムをトレーニングします。これにより、個人がアプリやウェブサイト上でどういったアクションを取っているのか知ることなく、ユーザーごとに適したターゲティング広告を表示することが可能になるとのこと。
例えば、「エクササイズ機器の広告をクリックする人の多くがプロテインを購入する傾向にある」という場合、オンデバイス学習がFacebookサーバーやクラウド上に個々のデータを送信することなく、そのパターンだけを特定することが可能になります。そして、Facebookはオンデバイス学習で導き出された「エクササイズ機器の広告をクリックする人の多くがプロテインを購入する傾向にある」というパターンを利用し、適したユーザーにプロテインの広告を表示するわけです。
オンデバイス学習の精度は時間の経過と共に向上していくため、「時間がたつにつれターゲティング広告の精度は上がり、関連性の少ない広告が表示されるケースが減っていくこととなる」とFacebookは主張しています。
◆差分プライバシー
差分プライバシーはデータが再識別されないように保護するためのテクノロジーで、慎重に計算された「ノイズ」をデータセットに含めることで、プライバシーを保つというもの。例えば、118人が広告をクリックしたのちに商品を購入した場合、差分プライバシーシステムはその数からランダムな金額を加算あるいは減算します。つまり、「118」という数字の代わりに「120」や「114」といった数字が出力されることで、正確な数値を隠すわけです。
このような「ノイズ」を生み出すことで、広告をクリックした後に商品を購入したのが誰かを特定することが非常に難しくなるとのこと。なお、差分プライバシーは公的な研究などでリリースされる大規模なデータセットで頻繁に用いられているそうです。
加えて、Facebookはこういった広告関連ツールが成功を収めるには業界内でのコラボレーションが必須であると考えているそうで、Partnership for Responsible Addressable Media(PRAM)、World Wide Web Consortium(W3C)、World Federation of Advertisers(WFA)といった業界グループと協力し、ツールの改善に取り組んでいることを明かしています。
なお、テクノロジーメディアのThe VergeがFacebookの製品マーケティング担当副社長を務めるグラハム・マッド氏にインタビューを行ったところ、マッド氏は「PETsは、非常に有意義な参加者であるW3Cのようなフォーラム上でGoogleがフィードバックを求め、議論しているFLoCと同じ種類のテクノロジーです」「FLoCは特定の個人について何も明らかにすることなく、特定のユースケース(行動ターゲティング)に対処するものです。そして、我々が現在実行しているPETsのベータ版も、測定に焦点を合わせたものであり、特定の個人に焦点を当てたものではありません。FLoCのアプローチが適切である場合もあれば、PETsのアプローチが最適である場合もあるため、これらのテクノロジーが必ずしも互いに競合するわけではありません」と語り、GoogleのFLoCとの関係性について説明しています。
FLoCは、サードパーティーCookieなしで新しい広告の仕組みを構築しようとしているGoogleが考案したAPIで、FacebookのPETsと同じようにユーザーのプライバシーに配慮しつつ、効果的な広告を掲載するための仕組みです。このFLoCに対しては、ウェブブラウザのBraveやソフトウェア開発企業のOracle、電子フロンティア財団などから批判の声が挙がっています。
Googleが開発中の「FLoC」はなぜ「有害」なのか、ユーザーとウェブサイトに発生する損害とは? – GIGAZINE
Googleが導入しようとしている「FLoC」をOracleが酷評、「プライバシー強化を口実に優位制を固めようとしている」 – GIGAZINE
Googleが導入予定の「FLoC」は最悪なものだと電子フロンティア財団が指摘 – GIGAZINE
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