ミクロな系における力学を考察する「量子力学」において、考えられる限り最高の環境が整うのが「宇宙空間における量子力学実験」です。この量子力学実験を行う設備を宇宙に整備するには約10億ドル(1100億円)という巨額の資金が必要となるのですが、なぜこれが必要になるのかを、ドイツ・テュービンゲン大学に所属するAlessio Belenchia氏が解説しています。
Test quantum mechanics in space — invest US$1 billion
https://www.nature.com/articles/d41586-021-02091-8
粒子が壁をすり抜ける「量子トンネル効果」など、限りなく小さな物質は人間にとって常識的な「古典力学的な世界」とは異なる振る舞いを行うことで知られています。近年の物理学者は物体がどれくらい小さくなった段階で古典力学的な振る舞いから量子力学的な振る舞いに移行するのか、その境界線を調べる実験を行っています。
量子力学的な振る舞いに属する「波動」の振る舞いを行う物体のうち、2021年時点で最大のものは「Oligoporphyrin」と呼ばれる分子です。Belenchia氏によると、Oligoporphyrinは約2000個の原子で構成されており、重量は炭素12約2080個分。一般的なチリやバクテリアの数千分の一のサイズです。
Oligoporphyrinより大きな量子力学的振る舞いを行う分子が発見できれば、身の回りの製品に役立つ可能性もあり得ます。しかし、こうした分子の測定に用いる量子物質干渉計は複雑かつ巨大な上に、調節が困難。さらにはガスや光、振動などの干渉によって生じる測定結果の誤差は避けて通れない問題です。加えて、ガスや光、振動などが絶対に干渉しない空間を構築したとしても、地上では「重力」の影響が必至。重力を排除する手法としては「レーザーや磁場で粒子を浮かせる」というものが存在しますが、この手法ではレーザーや磁場の持ちうるノイズが実験結果にズレを生みます。こうした環境由来の諸要素は分子が大きくなればなるほど影響が大きくなるため、Oligoporphyrinより大きな分子を探そうという試みは、「環境構築の問題」に足を引っ張られている状態とのこと。
以上の問題を全て解決する手法としてBelenchia氏が提案しているのが、「宇宙空間に実験施設を設ける」というもの。宇宙空間では最大の問題である重力の影響を除外できる上に、ガス・光などの干渉が制御しやすいというメリットが存在します。一方で宇宙では実験施設の稼働に必要なエンジンが生み出す振動や、地球上では地磁気や大気によって排除されている宇宙線や太陽風の対策が必須。こうした宇宙ならではの要因の対策に必要な金額が10億ドルというわけです。
2016年には中国の衛星「墨子号」が地上と量子暗号をやりとりしたり、2020年には国際宇宙ステーションで量子力学現象の一種である「ボーズ=アインシュタイン凝縮」が生成されたりと、近年は宇宙空間で量子力学的実験を行うという取り組みが行われています。しかし、こうした取り組みの多くは商業的なものであるとして、純粋な科学的探求のために10億ドル規模の国際協力体制をもって軌道上に量子干渉計を設置すべきだとBelenchia氏は主張しています。
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