新型コロナウイルス感染症拡大においても、東京一極集中はなくなるどころか、むしろ加速している。こうした人口動態が東京都知事選の選挙行動やリーダーの立ち振る舞いに影響を及ぼしているという。『ポピュリズムとは何か』(中公新書)の著書がある千葉大学の水島治郎教授にインタビューした。
水島教授は大都市と地方では、投票行動が大きく異なることを指摘する。「既成政党は与党も野党も地方を重視した政策や公約を掲げる傾向にある。都市部の住民は既成政党から利益を受けていないと感じ、一定の距離を置いている」と話す。
これがポピュリズムの火種となっているという。水島教授によると、ポピュリズムには2つの定義があるとし、一つは「政党や議会を迂回して、有権者に直接訴えかける政治手法」で、もう一つは「既成政党やエリートを批判する政治運動」としている。欧米などで近年、伸張したポピュリズムは後者のもので、アメリカで2016年にドナルド・トランプ前大統領が巻き起こしたものは、既存エリートやエスタブリッシュメント(支配階級)への反発だった。イギリスでのブレクジットは移民に寛容な政治経済エリートに痛みを負わされた人々の反感によるものだ。
「日本においては、移民や難民による不満という大きな波がないということもあり、右派や左派といったポピュリズムはない。〝反既成政党〟〝反既得権益〟というマイルドなポピュリズムとなっている」と水島教授は解説する。
「反中央政府」で続く小池氏の勢い
この波に乗り続けているのが現在の東京都知事である小池百合子氏だ。自民党三役を務めていたにもかかわらず、16年7月の都知事選初出馬の際に、自民党都連を「いつ、誰が何を決めているか分からないブラックボックスだ」とし、当時の都連幹事長を「東京都議会のドン」と批判した。まさに「既成政党やエリートを批判する」選挙戦略で、自民党や公明党の推薦を受けた元総務相の増田寛也氏(現・日本郵政社長)、民進党や共産党、社民党、生活の党の推薦を受けたジャーナリストの鳥越俊太郎氏らを破った。
その後の都議会議員選挙でも自らが率いる「都民ファーストの会」が大躍進し、新風を巻き起こした。ただ、公約で掲げた待機児童や満員電車をなくすといった「7つのゼロ」はほぼ達成されていない。
それでも、20年7月の都知事選挙では、次点に大差をつけて再選を果たした。水島教授は「公約を守らなかったことが致命傷にならず、国と一定の距離をとりながら新型コロナウイルス感染症対策はじめ政治運営するのが支持されたと言える」と指摘する。21年7月の都議選においても、自民党に第一党の地位を譲るも、議席数で拮抗した第二党となり、自民公明両党による過半数を阻止した。
古くは青島幸男氏から続く
東京都におけるポピュリズムは、最近になって起きたことではない。古くは1995年4月に就任した青島幸男氏からある。
早稲田大学大学院在学時に放送台本を執筆してデビューした青島氏は、『スーダラ節』の作詞やドラマ『意地悪ばあさん』での主演といったタレントとしての人気を武器に都知事選へ出馬。自民、公明、社会(当時)など各党の推薦を受けた内閣官房副長官の石原信雄氏はじめ有力候補を、街頭演説など選挙活動せずに破った。
「既成政党や利益団体の支援を受けず、既存選挙活動とは異なるやり方で支持を得たまさにポピュリズムの始まりともとれる動きだった」と水島教授は指摘する。青島氏は、バブル崩壊で批判する都民の声を汲み公約に掲げた世界都市博覧会の中止を果たしたものの、都政での指導力を発揮できずに1期で引退。だが、次の石原慎太郎氏は「断固たる姿勢を持ち、国と対峙する『右派ポピュリスト』と言える存在」(水島教授)となって4選を果たし、辞任会見の場で「後継指名」された猪瀬直樹氏はその注目を追い風に知事選過去最多となる約434万票を得た。
こうした「反既成政党」や不満を取り込みながら支持を得る「人気投票」の流れは、他の都市部でも起こり得るとの指摘があるが、必ずしもそうではない。「タレントであった森田健作氏が千葉県知事になったのは、人気だけでなく、自民党や公明党の支持を受けた保守系無所属として、経済団体の推薦も受けていた。固い団体の統率力の恩恵も受けながら地方の支持も丁寧に汲み取っていく既存の政治に則った形となっている。人口の膨れ上がりが続く東京が最も無党派層が集まり、ポピュリズムへの傾向が色濃く出る地域であると言える」と水島教授は話す。
東京都は全国の都道府県で唯一、地方交付税不交付団体であり、中央政府からの恩恵やコントロールが弱い。住民の入れ替わりが多いため、必ずしも自民党が第一党ではなく、農村部のような強い地域団体によるつながりも薄い。「ポピュリズム戦略をとらない方が選挙戦で不利になる状態」と水島教授は強調する。
都知事選においては、ポピュリズム戦略は候補者の必須の条件ともなっており、そうした前提で選挙を見る必要がありそうだ。