災い転じて福となすということわざがあるが、これは「危機」という現象が持つ二面性を示しているものである。危機というものは本来であれば、予測不可能で、緊張感が高まる状況であり常人であれば直面したくない事態である。一方で上記で述べたことわざから導き出されるように、危機というものを上手く利用すれば、「ピンチ」ではなく「チャンス」に変わるのである。
また、1959年に当時上院議員だったジョンFケネディ元大統領は上記で述べた危機の二面性というものをとあるスピーチで指摘している。
中国の言葉では「危機」というものは二つの文字から構成されている。ひとつが危険であり、もう片方が機会である。
実際に危機という言葉が中国でケネディが言及したような意味を持つのかは不正確ではあるが、彼が述べたことは危機の本質を表している。それに加えて、上記の発言が後にキューバ危機という歴史的事件を目の当たりにし、後世では危機管理のお手本となっている人物のものだと考えると実に含蓄に富んだ発言だといえよう。(キューバ危機の研究については先行研究をあげたら枚挙がない)
キューバ危機から約60年たった今、奇しくもケネディと同じくカトリック教徒であるバイデン大統領も彼と同様にキューバをめぐる危機管理に追われている。また、それと同時に彼と同様にそれをチャンスに変える機会が目の前に出現している。
革命以来の反政府運動
ここ最近で何千ともいわれるキューバ市民が街頭に出て抗議活動を行っており、それは1990年代前半にソ連が崩壊した際に勃発したものと匹敵すような規模だと言われている。ソ連が存続している間はキューバはGDPのおよそ3割ほどソ連からの経済援助に頼っていた。そのため、ひとたびソ連が崩壊し、それまでの援助が止まるとキューバ経済は大打撃を受けた。その結果、難民が自前のいかだを作り、3万5000人ほどがアメリカに渡った。
そして、前回の大規模な抗議と同様に今回も不調なキューバ経済が国民を街頭に出ることを後押ししている。コロナ禍の影響により経済の大黒柱である観光業が落ち込み、トランプ政権下で実施された厳しい制裁が追い打ちをかけ、現在キューバは不況にあえいでいる。それもあってか、キューバ人は立ち上がらざるを得ず、その状況が革命前夜だとする意見もある。
しかし、そのような状況を尻目に、キューバの目と鼻の先にあるフロリダ州の民主党議員らは、キューバの危機的な状況を自らのチャンスに変えようと動いている。
なぜトランプはフロリダで勝てたのか?
キューバ国内で政府への不満が最高潮に達する中、フロリダ選出の民主党員たちはこれを絶好の機会だと捉え、共和党からヒスパニック系の有権者の票を奪い返すためにバイデン氏に積極的な対応を求めている。そして、それは前年度のトランプ大統領の大統領選で見せたパフォーマンスに危機感を感じていることも背景としてある。
2016年の選挙の際にトランプ氏はたった1%という薄氷の差で対抗馬であるクリントン氏をフロリダ州で退けた。しかし、2020年は一転して、再選は出来なかったものの、同州でバイデン氏に7%もの大差を付けて圧勝している。
このようにトランプ氏のフロリダ州におけるパフォーマンスが格段に良くなったのは、キューバ、ベネズエラを含めた中南米の共産主義国に対して強硬な措置を求めるヒスパニック系の票を得ることができたからである。そのおかげで、トランプ氏はキューバ系アメリカ人を多く抱えるフロリダ州を制し、全国レベルでヒスパニック票の積み上げに成功した。
災い転じて福となせるか?
しかし、2024年の大統領選で勝利するにあたって不可欠なヒスパニック票を取り戻すためにキューバ情勢に対して何らかの対応をしなければならないが、バイデン氏は以前として曖昧な立場を取っている。バイデン氏はキューバ亡命者の息子であり、且つキューバに対して強硬路線を求めるメンデス議員を呼び寄せて、民主党内の強硬派のガス抜きを図りつつ、強い言葉でキューバ市民を支持すると表現はするものの、天から降ってきた絶好の機会を生かし切れていない。
もちろん、キューバの危機がこのまま悪化の一途を辿っていき、そこで誤ってバイデン政権が何らかの形で介入することで難民危機を引き起こし、共和党にフロリダ州のみならず、来年の中間選挙で民主党は全国レベルで敗北を喫する可能性は否めない。
しかし、上記でも述べたようにバイデン氏が直面する危機は政権の基盤を強くし、再選を狙うためには恰好の機会である。そのため、今以上にキューバ情勢に関わっていく意義は十二分にある。
災い転じて福となすか?現在、バイデン氏は絶好の機会を目の前にしている。