「マッチを擦る」という役目自体が滅多にまわってこない昨今だが、西部劇のように靴でマッチを擦ってみたら面白かったので報告したい。
そもそもマッチを擦ること自体が楽しいのである
このように書くと、まるで私が危険な火遊び狂みたいに思われるかもしれないが決してそういうわけではない。
まず、マッチの箱がかわいい。
飲食店で名刺代わりに配られているものなどを見てもらいたい。マッチ箱というのは限られたスペースにデザインが凝縮していて、まるで豆本のようなかわいらしさがあるのだ。
火をつけるのも楽しい。
まず、着火した瞬間の音がいい。
シュボッ、パチパチとないう爆ぜるような音を聞くと
「たしかに、今、物が燃えております」
と実況してもらっているような気分になるし、こちらとしても
「なるほど、燃えているね」
と安心して見守ってやることができる。チャッカマンなどにはない律儀さと言えるだろう。
ひとたび着火すると根元の方までどんどん火が燃え広がってくるから、早めに用を済ませねばならぬというスリルも楽しむことができる。
燃えた硫黄の放つ煙の匂いもいい。
私は、へたなアロマや線香などよりもこの煙の匂いを嗅いだ時の方が落ち着くし好きだ。
マッチ棒だけでは発火しない
とまあ、マッチの良い所を並べ立てたわけだが、現代のマッチは箱の側面で擦ってやらないと発火しない。
西部劇の世界では、靴だったり柱だったり、酷いやつだと顎の髭の剃り跡なんかでマッチを擦って火をつけているが、あれは発火しやすい黄燐を使ったマッチなんだそうである。
黄燐には強い毒性があるそうで、今では黄燐を使ったマッチの製造を禁止している国がほとんどだ。そんなものを燃やした火でたばこを吸ったりしていたわけである。知らないということは恐ろしい。
外出先で急に火が必要になった(喫煙者ではないのでまずなさそうなシチュエーションだが)としよう。そこで、おもむろにマッチを取り出して(これまた、なんでマッチ棒だけ持ち歩いてるんだよという話なのだが)靴で一擦りするのだ。
体の一部から火が出てくるのが、簡単な魔法といった感じでおもしろい。箱で擦るよりも二まわりくらいワイルドになった気がする。
ワイルドというのは無精でありとにかく簡易なものを好むものだが、靴でマッチを着火させるには、マッチ箱を切り抜いて両面テープで靴に貼り付けるという回りくどい準備が必要なのだ。家庭菜園で野菜を作ろうとすると、かえって市販品よりも高くつくのと同じである。そういったアイロニーがまたおもしろかった。