習近平主席は「台湾侵攻」を見直すか 

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ロシア軍はいよいよ首都キエフ陥落に向け前進してきた。ウクライナを支配下に置くというプーチン大統領の野望は現時点では実現する可能性が高いが、そのために払ったロシアの代価は小さくない、というより非常に大きい。

習近平国家主席「国防と軍事施設の法による運営の強化」を主張(2022年3月7日、中国人民共和国国務院公式サイトから、写真は新華社)

ロシア経済を直撃するSWIFT(国際銀行間通信協会)からロシア金融機関が排除されるだけではない。ロシアに対する国際社会の評価はがた落ちだ。ウクライナ侵攻の張本人プーチン大統領に対してだけではない。ロシアに関連したスポーツ・文化イベント、人物、プロジェクトはことごとくキャンセルされ、破棄され、バッシングを受けている。例えば、サッカーのUEFAチャンピオンズリーグ(CL)決勝戦をプーチン氏の出身地サンクトペテルブルクで開催される予定だったが、今回の紛争でおじゃんとなった。ロシア出身の女性オペラ歌手はその出身国ゆえに欧州の舞台から追放されている。ここまでしなくてもと感じるが、欧州社会はロシア軍のウクライナ侵攻にショックを受けると共に怒りを感じているのだ。

さて、このコラム欄で「ウクライナ侵攻の勝利者は中国?」(2022年2月27日参考)を書いた。米欧を含む世界の主要国が一斉に対ロシア制裁を発表、さすがのプーチン氏も穏やかではない。その中で米国や欧州連合(EU)諸国の対ロシア制裁を内心歓迎している国がある。中国共産党政権だ。ウクライナ危機がどのような結末を迎えるとしても、ロシアに対する制裁は長期にわたる可能性がある。原油、天然ガスの輸出先を失ったロシアは中国に買い取ってもらうだろう。必要な工業製品も国際市場で入手できなくなった場合、中国市場から秘かに手に入れて窮地を凌ぐだろう。すなわち、対ロシア制裁が長期化した場合、ロシアの中国依存が強まることが予想されるのだ。

中国共産党政権は、ロシアが世界からバッシングを受け、経済制裁を受けている状況をつぶさに目撃している。その中国が「台湾侵攻」を実行に移した場合、それ以上の反発を世界から受けることになると予想し、習近平国家主席は「台湾侵攻」計画を見直すのではないか、という声が聞かれ出している。

人工知能(AI)には学習能力がある。AIは人間と同様に新しいことを学んでいく。同じように、中国共産党政権は今回のロシア軍のウクライナ侵攻を目撃し、ロシアが如何なる代価を払わざるを得なくなったかをリアルに目撃し、そこから教訓を引き出すはずだというわけだ。

問題は、中国が学習していることは間違いないが、その結論が「台湾併合はマイナスが多い。計画を延期すべきだ」という結論に落ち着くかだ。厳格な経済制裁、国際社会からの孤立などを考えれば、武力行使で他国の主権蹂躙をした場合、その指導者はハーグの戦争刑事裁判所(ICC)に送られるだけで、実際プラスは少ない。中国側が「台湾侵攻」の見直しを考えても突飛ではない。

ロシアと中国では世界経済に占める影響力に大きな違いがある。人口でも大きな差がある。それだけではない。中国が「台湾侵攻」した場合、世界第2の経済大国の中国をSWIFTから追放出来るだろうか。世界経済は大混乱するだろう。サプライチェーンは完全に崩壊し、運輸・流通機関はマヒする。中国は核保有国であり、軍事大国だ。安易な戦争は出来ない、等々の諸事情がある。ロシアと中国を安易に同列に置いて語れない。

中国共産党政権がプーチン氏の冒険から「台湾侵攻」を見直す、という結論は少々性急だろう。中国は自国のプラスとマイナスを検討し、慎重にコマを進めていくだろう。米国は「台湾関係法」に基づいて、いざとなれば軍事的に関与できるが、バイデン大統領が実際、中国人民軍との正面衝突となる軍事活動に乗り出すかは不確かだ。日本は中国の台湾侵攻のXデーに備え、警戒を緩めてはならない。

プーチン氏が実際にウクライナに侵攻すると予想した政治家、メディアは多くはなかった。現実は戦争が始まった。プーチン氏は核兵器を使用しないだろうと多くの政治家は考えていたが、ロシア軍は欧州最大のザボリージャ原子力発電所周辺で火災を起こし、世界を驚かせた。欧米社会の思考・論理はプーチン氏のそれとは必ずしも一致していないのだ。

ウクライナ侵攻は「ロシアの戦争」ではなく、「プーチンの戦争」といわれるように、台湾侵攻は「中国の戦争」ではなく、「習近平の戦争」だ。そしてプーチン氏や習近平氏の言動を事前に予測できないのだ。

ちなみに、中国の王毅国務委員兼外相は7日、オンライン記者会見で、「ロシアのウクライナ侵攻と台湾問題は全く異なった問題だ。前者はロシアとウクライナ両国紛争だが、後者は中国の内政問題だ」と述べ、両者の違いをいつものように強調している。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2022年3月9日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。

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