北朝鮮は18日、全米を射程内に置く新型大陸間弾道ミサイル(ICBM)「火星17」の発射試験を行った。同国国営の「朝鮮中央通信」(KCNA)が19日報じた。ICBMは北海道渡島大島西方沖約200キロの日本の排他的経済水域(EEZ)に落下した。
日韓の軍事関係者によると、ミサイルは最高高度6040キロまで上昇し、999.2キロの距離を約69分間飛行したという。KCNAによると、同ミサイル発射の現場には金正恩総書記が立ち合い、李雪主夫人と長女が同行していたという。
金正恩総書記は、「わが国の核戦力はいかなる核の脅威にも抑止できる最強の能力を確保した。敵が脅威を与え続けるなら、核には核で、正面対決には正面対決で応えるだろう」と述べ、米国やその同盟国をけん制したという。
「火星17は車軸が11軸ある移動式発射台で運ばれてきた。弾頭部も複数の核弾頭を搭載できる形状」という。なお、「火星17」は今月3日にも発射して2段目の分離に失敗したが、今回は成功した。北側のミサイル開発技術が短期間にアップしたことを裏付けている(以上、時事通信を参考)。
ところで、北朝鮮メディアは金正恩総書記と同行する家族を写真で報じた。金正恩氏の娘「金ジュエ」の写真が公に報じられたのは今回が初めて、ということから、いつものようにさまざまな憶測が流れている。金正恩氏には3人の子供がいるといわれている。
そこで、「なぜ金正恩氏は火星17の発射実験の場に妻ばかりか娘も同行させたのか」を読者と一緒に考えてみたい。
家族一同の記念写真を大陸間弾頭ミサイルを背景にして撮影する、といった発想は尋常ではない。金正恩氏は李夫人と家庭をもち始めた頃、夫人と共に綾羅人民遊園地の完成式に参加したり、平壌中央動物園を改修した。それだけではない。家族でウィンタースポーツを楽しむために馬息嶺スキー場まで作った。独裁者の金正恩氏は愛妻家であり、子煩悩であることはほぼ間違いない(金夫妻には3人の子供がいるといわれる)。
しかし、今回の写真の書割は米国も恐れるICBMだ。たとえ、子供が「お父さんの自慢のミサイルを1度見たい」と願ったとしても簡単に「そうか」と快諾できない。危険が伴う上、子供にとってその轟音はあまりにも刺激的過ぎるからだ(「北の『遊園地と国民経済』の改革」2012年7月28日参考)。
考えられるシナリオを羅列する。①娘がどうしてもミサイルを見たいと懇願したため(ひょっとしたら、娘の誕生日だったのかもしれない。父親金正恩氏は娘に何でもほしいものを言ってごらんと約束したのではないか)、②たまたま、その日、3人の子供を世話する世話人が病気で見つからなかった。妊娠中の李夫人1人では大変だということで、金正恩氏はミサイル発射現場の視察に娘だけ同行させた、③金正恩氏は娘を公にすることで金王朝が3代で終わらず、4代以降も続くことを国内外にデモンストレーションした、等々だ。
興味深いシナリオは③だ。当方の憶測だが、金正恩氏は多分、英国のエリザベス女王の葬儀の場面を観たのではないか。その葬儀では、ウィリアム皇太子の2人の子供ジョージ王子とシャーロット王女が同行していた。英国内では「葬儀の場に子供連れは良くない」といったコメントが見られたが、欧州王室に通じる専門家は、「そうではない。英国民から愛されたエリザベス女王の死後、チャールズ新国王、ウィリアム皇太子と英王室が続く。そしてジョージ王子とシャーロット王女を葬儀の場に同行させることで、英王室は永遠に続くことを公の場で見せる。世界の目が注がれるエリザベス女王の葬儀の場は、その意味で絶好の機会となるからだ」と解釈していた。
ウィリアム皇太子が2人の子供を同行させる姿をみて、金正恩氏は、祖父金日成主席、金正日総書記、そして金正恩総書記の3代後も金ファミリーから金王朝を継承する人物が出てくることを国民と世界に向かって見せる機会を探っていたのではないか、そこで「火星17」の発射実験の場に子供を同行させる考えが浮かんできたのだろう。その意味で、金正恩氏はエリザベス女王の葬儀から王室継承のノウハウを学んだといえるわけだ。
「火星17」が天に向かってその堂々とした雄姿を見せている。一方、その数十メートル離れたところで金正恩氏と娘が手をつないで歩きながら話している。そのシーンは映画の最高潮の場面を見ているような気分にさせる。「火星17」は金王朝を軍事的に支えるシンボルである一方、父親と娘は金王朝が永遠に続くことを示す。計算された演出とでもいえる。
ちょっと気になる点は、李雪主夫人だ。「火星17」を背景とした場面には登場していない。夫金正恩氏の傍には娘だけだ。ひょっとしたら李夫人は現在、妊娠中ではないか。寒い外に長時間いるのは健康に良くない。そこで娘が家族の代表という大役を演じた。
ちなみに、後継者問題では、実務派で行動力のある実妹の金与正党第1副部長の名前が久しく囁かれてきた。それを快く思わない李夫人は夫金正恩氏に、「後継者はあなた(金正恩氏)の直系から」と強く嘆願してきたのではないか。北朝鮮では後継者は直系の血縁者から、というのが重視される。李夫人と金与正さんの“女の戦い”がICBMの背後で展開していたのではないか、と考えられるのだ。
いずれにしても、北朝鮮が今回発射したICBMは米国領土まで届くことが実証されたことで、金正恩氏は米国との交渉カードを獲得する一方、後継者問題では「俺が倒れても金王朝は不変だ」というメッセージを発信したわけだ(以上、当方の一方的憶測だ)。
蛇足だが、北側がICBMを発射した日(18日)、ロシア軍は新しいICBM「サルマト」の発射実験に成功したと発表した。同ICBMは欧米のミサイル防衛(MD)網を突破できるほか、極超音速ミサイルシステムを搭載可能という。北の「火星17」とロシアの「サルマト」の発射に何らかの繋がりがあるのか、それとも、偶然、発射実験日が重なっただけだろうか。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2022年11月21日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。