病気のリスクもいっぱい。人類は宇宙空間でどれくらい生き延びられるのか?

私たち人間は地球で生まれ育った地球人。身体は地球向けにデザインされています。地球以外の場所、つまり宇宙は私たちにとって大きなチャレンジ。

今年ロシアの宇宙飛行士が、国際宇宙ステーション連続滞在日数で最長記録を更新しました。記録は374日。1年以上宇宙空間に居続けたことになります。

宇宙空間滞在における骨密度や筋力の低下、血液量の減少など、私たちの身体に及ぼす影響は多岐にわたります。いつの日か、お手軽な宇宙旅行や宇宙移住が実現したとして、地球向けの身体を持つ私たちは、宇宙空間でどれくらい生き残ることができるのでしょうか? 専門家に聞いてみました。

医学部教授&元NASA研究員の見解

マーク・シェルハマー

ジョンズ・ホプキンズ大学医学部教授であり、宇宙での人間のあり方を研究するHuman Research Program for Civilians in Spaceの部長。また、2013年から2016年までは、NASAのヒューマンリサーチプログラムにチーフ科学者として参加。

簡単に答えるなら「場合による」ですね。宇宙空間に連続1年ほど滞在した宇宙飛行士数名には、重篤ではない多少の影響がありました。少なくとも、厳しく組まれた対策プログラム(ほとんどは運動メニュー)を着実に実行できる健康状態が優れた人ならば、1年程度の長期滞在は可能だろうことはわかっていました。

では、この長期滞在はどれほど延長できるのか。それは宇宙空間で何をするか、どう対策を取るのか、地球に帰還する予定はあるかどうかなど、条件次第で変わってくるでしょう。

もし滞在者のミッションが、「生きること」ならどうでしょう。意味ある仕事をする必要も能力も不要で、ただただ生存すればいい。この場合、かなり長い間宇宙空間で生き残ることができるでしょう。エクササイズなどの対策プログラムも必要ないので、趣味や娯楽で好きに過ごせばいいわけです。

ただし、そのうち最低限の運動能力(地球では重力という負荷の中、まっすぐに立つだけで得られる最低限の身体の力)すらも弱まり、骨、筋肉、そして心臓は大きく退化するでしょう。もし永遠に宇宙空間で暮らすなら、たとえこのような変化が起きても、大きな問題ではないかもしれません。ただし重力が存在する地球に帰って再び生活するのは、非常に難しくなるでしょう。

たとえこれらの物理的変化が死に至るような大きな弱体化ではないとしても、時間の経過とともに他のストレスの影響は受けるでしょう。まず限られた狭い空間で、数少ない人と暮らすという心理的チャレンジはかなり大きいはず。(ミッションゴールは生きているだけなので)特に目標がないままこの状態で暮らし続けるのでは、やりがいを感じるのも難しいですね。

さらに、比較的安全な地球低軌道上の外、深宇宙となれば放射線の影響も出てきます。宇宙滞在期間が長くなるにつれ、ガンのリスクが増加するなど、これらの影響は蓄積されていきます。また、たびたび起こる太陽フレアなど、対応策があっても不十分かもしれず、影響が直ちに出る可能性もあります。

これらの問題と並行して、無重力下における体重と体液の影響も考えられますが、これはあまり認知が進んでいません。重力下では、体液(血液、脳脊髄液、リンパ液など)が下半身ではなく、より均等に体中に分布されます。この体液の変化による影響はいくつか考えられていて(数カ月宇宙滞在した宇宙飛行士に見られます)、目の構造、頭蓋骨内部の脳が上方へ移動、脳機能などに変化が見られます。

これらは長期滞在における初歩的影響なのかもしれません。人間が宇宙空間に長く滞在できるとしても、認知や運動機能などの神経機能が徐々に退化していくかもしれません。もし、生存だけをミッションとする人をサポートする別の人間が同空間にいてくれたら、さらに長く生きることはできるでしょう。

しかし、その意味は何で、そこに何が残るのかという話になってしまいます。他にも、明らかな大きなリスクがあります。それは、長期滞在は1人ではなく誰かと一緒に数名で行なうだろうという前提であり、限られた条件下で予想もしないことが起きる可能性があるということ。それが何かはわからないのですが…。

以上の状況で、私が予想する生存可能年数は5年。もしかしたらもう少し長いかもしれません。ただし、過酷な環境で生存できたという生物学的確証を残す以外では、大きな価値を生み出すこともないまま宇宙で死ぬことになります。もし、対応プログラムがあれば医学的問題は多少和らぐので、生存が延長されて…10年かな。エクササイズなどの対応プログラムがしっかりしていれば、地球に戻ることもできるかもしれません。

一方で、宇宙滞在者にただ生存する以外のタスクがあると、怪我をするリスクが増えます。また、求められる物理的運動レベルも高くなります。これは大きなチャレンジ。

もし、宇宙空間で仕事をして、ミッション終了後は地球に帰るのが前提ならば答えは変わります。この場合の生存可能期間はあまり長くはなりません。作業をするには、骨、筋肉、心肺機能を保つ必要があるからです。今ある最適なエクササイズと栄養学をもっても、放射線と孤独感の影響は計り知れないものがあります。

ごくわずかな確証から予想すると…この場合の生存可能期間は4年。もし人工重力設備があれば、さらに伸びるでしょう。問題が放射線と心理的問題だけに減りますから。人工重力設備、放射防御設備、細やかな心理的ケアがあれば、宇宙空間における時間的制限はなくなるかもしれません。

以上述べてきた要因のほか、個人的コンディションにも影響されます。例えば遺伝的要因、ライフスタイル、ストレス耐性など。左右する要因は多く、膨大な不確要素があります。ただ、今検討できる要素からの予想というスタート地点としては、以上のような答えになりますね。ミッション次第で影響は変わるわけです。

保健物理学教授の見解

フランシス・クチノッタ

ネバダ大学 総合健康科学部の病症科学・保健物理学教授。

国際宇宙ステーション(ISS)では、深宇宙と比べ放射線量が1/3になります。これは地球の影と地球の磁場がそれぞれ1/3ずつ放射線をブロックしてくれるからです。火星表面も、火星とその大気のおかげで深宇宙の1/3。

ISSのシールドによって、大きな太陽エネルギー現象でも影響が低減されるので、放射線絡みの大きな病のリスクはありません。主なリスクは後遺障害(ガン、心配系疾患、白内障)、また認知力、記憶録の変化も可能性があるでしょう。後者はマウス実験で見られたもので、人間における確固たる証拠はまだありません。

どれだけ宇宙空間で生存できるかという1つの答えは、宇宙空間に行くその人がどれほどのリスクを取るつもりかです。リスクすべてOKと言われれば、答えはそれによってどんな病気が発生するかによります。

放射線はDNAにダメージを与え、組織をイオン化することで、酸化ストレスを増加させます。結果として遺伝子変異、染色体異常、免疫システムやシグナル伝達などに変化をもたらします。そしてこれらはさまざまな健康に影響する先行的変化となります。

ISSの保護シールドのようなものがある状況なら、生存は可能でしょう。ただし、死に至る致命的病や病的状態に陥る可能性は、深宇宙に数年滞在すると10%を超えるでしょう。

思うに本当に問うべきは、リスクを冒してまで数年も宇宙に滞在する価値があるかどうかでしょう。そして宇宙機関は、リスク低減のため大きな投資をすべきでしょう。後遺障害発症、発症後の最短余命は場合によります。白内障など視覚や聴覚に関するもの(5年以上)、白血病(2年)、ガン(5年ほど)、心疾患(10年ほど)、認知機能の変化はわかりません。

つまり、治療不可能な状態で宇宙に滞在すれば、生存可能期間は放射線による影響で発症する可能性がある病の余命と答えることもできます。

物理学者の見解

エネコ・アクスペ

スタンフォード大学の物理学者で、NASAにて宇宙空間滞在中の骨密度低下を防ぐ生体材料を開発する研究も行なっている。

2024年現在、1回の宇宙滞在の最長記録は、ロシアのワレリー・ポリャコフ宇宙飛行士による437日18時間です。1994年1月から1995年3月まで、ミール宇宙ステーションに滞在し、人間は1.2年という月日を宇宙空間で過ごすことができることを証明しました。では、これ以上長く滞在することは可能でしょうか? 答えは当然可能である。ただし健康リスクも著しく増加します。

現在の技術から期待できる火星ミッション1,000日を考えてみましょう。微重力下によって重力による負荷がなくなることで、筋肉と骨は弱くなります。

NASAとスタンフォード大学がコラボした我々の研究で、数学的予測モデルを開発。このモデルによれば、1,000日の火星ミッションで、すべの宇宙飛行士が骨減少症を、年齢や人種、性別などの要因によっては33%に骨粗しょう症リスクがあることがわかりました。

さらに大きな懸念点は放射線です。火星のような深宇宙ミッションでは、宇宙放射線、太陽放射線などにさらされることで、大きな癌リスクがあります。火星ミッションでは0.7から1シーベルトの被ばく線量があり、1シーベルトで癌リスクが5%上昇します。国際宇宙ステーションの被ばく量はもっと小さく、6カ月滞在で0.3シーベルトほど。

ほかにも宇宙旅行者にはさらに深刻な健康リスクがあります。宇宙飛行関連神経眼球症候群(SANS)や心血管疾患、神経系統損傷のリスクもあります。微重力下での体液のシフトによる視力の変化は、地球帰還後も継続される可能性があります。

またメンタルヘルスも考慮すべきことの1つです。地球から遠く離れていている孤独感や閉塞感から、ストレスや不安、鬱、認知力低下に繋がる可能性があります。長期滞在ミッションでは、感染症や救急医療の処置など、免疫力の影響も懸念事項となります。

以上を考慮すると、個人的見解は火星ミッションなら3年が現実的なところではないでしょうか。ただし、宇宙飛行士はそれなりの健康上の問題を抱えて地球に帰ることになるでしょう。中には深刻な問題もあるかもしれません。これ以上の長期ミッションは、人間の耐性の限界を越えると思います。