AMOCの崩壊だけは想像したくなさ過ぎる。
地球を循環する最も重要な海流のひとつが崩壊して、生態系に壊滅的な被害をもたらすような災害なんて、通常はめったに起こらないと考えられています。しかしながら、著名な気候科学者たちは、公開書簡でその重要な海流の崩壊の脅威が過小評価されていると警告し、早急な対策を呼びかけています。
AMOCの崩壊まであと数年?
赤道付近から北大西洋に暖かい海水を運ぶ大西洋南北熱塩循環(AMOC / Atlantic Meridional Overturning Circulation)は、魚やその他の水生生物が健全な個体群を維持するために不可欠な炭素や栄養分などの重要な成分を含んでいます。ところが、近年のデータは一貫してAMOCの速度が鈍化していることを示しているようです。
ヨーロッパや中国、アメリカ、イスラエル、オーストラリアにまたがる40人以上の著名な気候科学者は、北欧閣僚理事会に宛てた書簡の中で、AMOCが完全に崩壊するまであと数年しか残されていないかもしれないと述べています。
書簡は、2100年までにAMOCが急激な崩壊をみせる可能性について、2023年に発表された気候変動に関する政府間パネル(IPCC)による2023年の報告書には「中程度の確信度」と記載されているとしつつも、同報告書は
もしもそのような可能性の低い現象が起こってしまった場合、局地的な気象パターンと水循環に急激な変化をもたらす可能性が非常に高い。
とも指摘していると付け加えています。
Politics globally, particularly in Nordic region, can no longer exclude risk of #AMOC collapse. Probability is low, but uncomfortably high, for a catastrophic outcome. Risk = Prob X Impact, making this a high risk event. A tipping point to take seriously https://t.co/t1Ka0aTjft
— Johan Rockström (@jrockstrom) October 20, 2024
ドイツにあるポツダム気候影響研究所のヨハン・ロックストローム氏は、たとえその可能性が低いとしても、万が一起こってしまったときに壊滅的な結果になるリスクが非常に高いため、世界的に、特に北欧ではAMOC崩壊のリスクをもはや無視できないとし、深刻に受け止めるべき転換点だと指摘しています。いわゆる「予防原則」「予防的取組」と呼ばれるやつですね。
AMOC崩壊の危機は過小評価されている
実際、最近の研究結果によると、IPCCはその危険性を過小評価している可能性があるそうです。近年は、AMOCの状態に対する懸念が高まっています。
Nature Communicationsに発表された2023年の研究は、AMOCが「現在の排出量シナリオでは今世紀半ばに崩壊する可能性がある」と結論づけています。
2024年の研究結果は少し楽観的で、大気中のCO2濃度が産業革命前比で2倍になったとしても、AMOCが通常のパターンに戻る可能性を示唆しています。といっても、1000年くらいかかるそうですけど。しかもそれは楽観的なシナリオの場合で、排出量が増え続ければ、AMOCが正常に戻るにはさらに何千年かかるかもしれないとのこと。
書簡で気候科学者は次のように述べています。
今後数十年で転換点を超える可能性があります。AMOC崩壊の可能性とそのメカニズムについて多くの研究が行なわれているにもかかわらず、そのような事態が起こるかどうかについては、依然としてかなり不確かです。
無視できない大きすぎるリスク
今世紀中に崩壊すると限らなくても、わずかな可能性ですら極めて深刻に受け止める必要があると科学者は警告します。そしてさらに、21世紀における最悪のシナリオは回避できたかもしれないけれど、次の世紀で最悪のシナリオが現実になる可能性を排除できないと付け加えています。
AMOCが崩壊すると、壊滅的な状況になりかねません。書簡の中で、研究者たちは北欧が大幅な寒冷化と過去に例をみないレベルの極端な気象に直面すると指摘しています。
AMOC崩壊によって北欧の人々や生態系、気象にどのような影響が及ぶかについては、さらなる研究が必要とのこと。ただ、ヨーロッパ北西部の食料生産能力に深刻な打撃を与える可能性は高そうです。
今回の書簡は、北極圏がAMOCの動向に重要な役割を担っていることから、北欧の指導者に宛てたものになっています。気候変動は、AMOCの動向に影響を与えるグリーンランドの氷床やバレンツ海の海氷、その他の重要な自然環境を変化させています。
でも、もしもAMOCが崩壊したら、その被害は北欧諸国にとどまりません。科学者は2022年の研究で、二次的な影響として太平洋の海水温低下、北半球の乾燥化と南半球の湿潤化、貿易風の変化などを予測しています。
事態の深刻さから、科学者たちは北欧閣僚理事会に対して、AMOC崩壊が各国にどのような影響を与えるかを評価したうえで、「リスクを最小限に抑えるための対策を講じる」よう求めています。
世界への影響を考えると、目前に迫っているアメリカ大統領選挙は重要ですよね。トランプ前大統領の選挙陣営は、今回の大統領選で再選されれば、前回と同じようにパリ協定から再び脱退するとすでに表明しています。署名、脱退、再署名ときて、また脱退となったら、国際的な気候変動対策にとって大きな後退になります。アメリカの有権者が投票所に足を運ぶことが、AMOC崩壊を回避する第一歩になるかもしれません。
熱塩循環は多重な要素で支えられているため、グリーンランドの氷床融解によって大量の淡水が短期間で流入して海水の沈む込みを疎外しない限り、理論上可能とはいえAMOCが完全に「停止」する可能性は極めて低いと考えられます。
「崩壊」はAMOCの速度が落ちて従来通りの機能を果たさなくなるという意味で、「停止」とは異なります。とはいえ、熱塩循環の速度が極端に遅くなるだけでもその影響はかなり大きいので、野心的な気候変動対策が必要です。