テック製品の”ブランド化”を成し遂げつつあるアップル

この記事を読んでいるタイミングが、すでにiPhone 15/15 Proシリーズを買ったあとだったとしても、買い替えを迷っているだけだとしても、そう大きな違いはない。積極的にiPhoneを使いこなしているユーザーほど、次もiPhoneを選ぶに違いないからだ。

アップルは、ひとつひとつの製品を魅力的に作り込むだけではなく、”その次にもアップル製品を選んでもらう”ために、戦略的なものづくりをしている。

”囲い込み戦略”?

いや違う。

アップルのCEOであるティム・クック自身がかつて話していたことだが、アップルはiPhoneをなるべく長期間、愛してもらえるように開発している。なぜなら、長く買い替えなくとも良い製品づくりをすることが、ライバルを圧倒しているiPhoneの製品力を維持することにつながっているからだ。

そして、そんなモノづくりの手法を背景に、先日のアップル新製品発表会を振り返ると興味深いことが浮かび上がってくる。

少しばかり長くなるが、コラムにお付き合い願いたい。

”安心して選べる”ブランドになったApple Watch

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Photo: 村上タクタ

昨年のイベントレポートを伝えた時、アップルはIWCやブライトリングのような、ストーリー性のあるブランドをApple Watchに与えようとしていると評価した。これは現在も取り組んでいる最中だ。まだ達成しているとは言えないが、この会社は意外に粘り強い。

その粘り強さは、実はUltraではないApple Watch Series 9に見られる。

今年のApple Watchは、以前より大きなアップデートになると言われていた。理由は搭載するSoCが大幅強化されるとともに、調達を予定しているディスプレイの性能が大きく向上(実際、明るさは最大1000ニットから2000ニットに向上している)すると目されていたから。

Apple WatchはSeries 3から4へのモデルチェンジで、その基本フォルムに変更が加わっているが、その後はディスプレイの表示面積が拡大したことを除けば同じ形状を維持している。とはいえ、さすがに同じ形状で6世代続けるというのは、デジタル製品の常識で捉えるならばありえない

だから今回こそは、形状が変化してしまうのではと、実はApple Watch用高級ケースメーカーなどは恐れていた。何しろ10万円から高価なものは数10万円、いや100万円も超える製品があるのが、高級Apple Watchケースの世界だ。

話が横道に逸れたが、”ダブルタップ(人差し指と親指を2回、ポンポンと叩く操作)”で軽々操作可能になり、より明るく見やすくなったことよりも何よりも、2023年の最新最良のApple Watchが、2018年のSeries 4と同じ外形であることの方が大きな意味を持っている。

アップルが、スマートウォッチではない通常の腕時計を買い求める時と同じように、消費者と長期間の”契約”を結んでいるという意識を持っていると示唆しているからだ。

せっかく最新モデルを入手しても、来年、あるいは再来年、3年後には古臭いものになっているかもしれない。

機械式腕時計の世界では受け入れられない価値観だ。

Apple Watchが、そこまでタイムレスな価値観を狙っているかどうか定かではない。しかし6世代、頑なに同じ形を守り続けてきたことで、Apple Watchは安心して投資できる初めてのブランドスマートウォッチになった。

”テクノロジーの裏付け”ある Apple Watchのブランド戦略

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Image: Apple

内蔵プロセッサの話題がほとんど登場しないApple Watchだが、ほんの少しづつ向上はしてきていた。しかしそれは製造するプロセスが変更になってきたから。

元になるAプロセッサ(iPhone用)の高効率コアの設計やサウンドDSP、Neural Engine(推論処理用)などを用いてまとめ直すので、製造プロセスが変更になると、その分、性能が上がる。

そうした意味では、Series 4用のS4とその次のS5が全く同じ。S6は20%、CPU能力が向上していたが、その後は固定化されていた(搭載するストレージやメモリは更新される場合もあったが)。Apple WatchにおいてCPU速度のむやみな性能向上はあまり意味がない。

進化をサボっているのではなく、別の領域での進化をさせていたからだ。Apple Watchの半導体(SiP)はCPUだけではなく、いろいろなチップの集合体。今回は(日本では利用できないが)2倍の距離届くUWBが搭載されているが、これもS9の一部が更新されているから。

必要な機能や、成し遂げたいことがあってこそ、その上で動かすチップにも意味が出てくる。しかしSeries 9とApple Watch Ultra 2に搭載されたS9に内包しているプロセッサは、久々に刷新されている。

CPUの向上は30%ほど。これはプロセスの久々の更新で、高効率コアの設計が新しいものに入れ替わったからで、大きな意志を持ってのものではない。大きな意志が込められているのはNeural Engineのコアが2個から4個に増えたことで、これにより”指パッチン”のように操作するダブルタップが実現した。

この操作、簡単なように見えるが、ジャイロスコープや加速度センサーだけではなく、心拍センサーの情報など雑多な情報を複雑に機械学習させた結果、実現している。実際、よく似た操作はアクセサビリティ機能にオプションで存在していたが、誤動作が多かった。

アップルは機械学習を用いた操作の精度を上げるため、意志を持ってNeural Engineのコア数を2倍にしたというわけ。今後はこの2倍の推論能力を活かした、新しい操作性を提案してくるかもしれないが、Apple Watchの”基本部分”は変わらず同じ価値を提供し続ける。

その証拠に、最新のwatchOS 10は、Series 4でも変わらず機能するし、最新iOSが動作するiPhone XSシリーズ以降と組み合わせられる。アップルは計画的に、長い期間陳腐化せず、しかし毎年のようにアップデートを提供し続けるという難しい仕事をやり続けている。

振り返ると”いつでも買い時”な、近年のiPhone

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Photo: 村上タクタ

Apple Watchの話が長くなったが、皆さんが最も興味あるだろうiPhone 15/15 Proシリーズにもストーリーはつながっている。

iPhoneはApple Watchほど半導体の能力を固定化しているわけではないが、長期にわたるOSサポートは同様の意図がある。iOS 17の最終サポート機種はiPhone XS世代で、これはiPhone 15から数えると5世代前、iPhone 15/15 Proを含めれば6世代分をカバーしていることになる。

サムスンもと4世代分のAndroidに対応するよう、SoCメーカーのクァルコムと共同で作業にあたっているが、それもOSサポートが充実しているのは上位モデルのみで、ミドルクラス以下は1年も経過すると”売り切り”状態となってしまう。

SoCから自社設計し、OS開発も他社に依存していないアップルならではの強みを活かしているとも言えるが、しかし今回の発表から読み取ったのは、もっと大きなブランド戦略だ。

振り返ってみるとiPhone 11、11 Proの世代で”コンピュテーショナル・フォトグラフィー”という概念を持ち込み、光学的に写真が生まれるプロセスを演算シミュレーションすることで写真を操ろうとする試みが導入されてからというもの、”買い時だった”と思うタイミングが思いつかない。

いや、この書き方はおかしい。”買い時がない”のではなく、”いつ買っても同じように満足できる”コンスタントな製品シリーズになっている。

大多数の人が満足できる高性能なiPhone 11、使う素材から、仕上げ、バッテリ、ディスプレイにカメラなど、妥協を許さず最高品質と技術を詰め込むiPhone 11 Pro。いずれも本格的なカメラ描写を思わせる美しい写真の仕上がり。

そんなこの世代の成果は画期的で、その後はそれぞれの立ち位置をそのままに、最新の技術へと改良を重ねている。

今年買うのがいい、いや来年だ、といったことではなく、毎年コンスタントに同じコンセプトを継続しながら、半導体、信号処理などあらゆる技術を統合することで他社が追いつけない競争力を保っている。

いつ買い替えを決断しようとも、”いつもと同じ”を選んでおけば、同じ価値観の中で最も良い選択肢となるよう吟味されたラインナップとも言える。

iPhone最大の強みは”一貫性”

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oasisamuel / Shutterstock.com

このアップルの長期的な戦略は、iPhoneの価格に安定性をもたらしている

大切に使っていれば安定した中古市場によって、大まかな売却価格が予想できる。下取りに出して新しい製品に買い替えられれば、多少の本体価格の高さは気にならない。安定した中古価格は、乗り換え時の残価値を考慮しての支払い方など、さまざまな購入方法を生み出してもいる。

無印シリーズはガラスとアルミ、Proシリーズはガラスとステンレス(15 Proからはチタン+アルミ)が用いられているが、いずれも素材として安定し経年変化での質感劣化が目立ちにくい。

現在はiPhone XSまでが最新OSのサポート範囲だが、来年はいよいよiPhone 11世代以降になるはずだ。そうなるとコンピュテーショナルフォトグラフィーという一貫した価値観の上に、半導体設計レベルから一貫した価値を構築された時系列のラインナップが生まれる。

(バッテリさえ交換していけば)どれを選んでも、大きな不満はないだろう。そしてこのラインナップには別の大きな強みもある。

イメージセンサーの情報を分析し、さまざまな情報から最良の写真を生み出すための大規模Neural Engineが、iPhoneの新しい価値を生み出す基礎になっていくからだ。

iPhoneが搭載する推論エンジン「Neural Engine」が”巨大化”し始めたのは、まさにカメラの画質改善を行うためだった。アップルは優れた写真を生み出すために必要な推論エンジンの能力を逆算し、必要な機能として(ISPとともに)SoCに組み込んだ。

並行して”Core ML”という機械学習を用いた機能ライブラリも拡充し、その結果、iOSの機能などにAI的な機能が増えていったが主な目的は写真の画質向上だった。

そして毎年のiPhoneは推論エンジンやMLアクセラレータ、ISPなどの進化を背景に、一貫して”カメラの進化”を続ける。SoCの仕様は概ね、本体発売の3年前には”フィックス”される。そして信号処理や機能の開発を3年間かけて詰める。このプロセスを5世代もの間、保ってきたことになる。

そしてその一貫性は、さらに新しい価値を生み出しつつある。

A17 ProのNeural Engineに見る”新しい挑戦”

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Image: Apple

iPhone 15/15 Proの目玉機能は何かといえば、ありきたりだが、やはり内蔵カメラの進化だろう。

メインカメラやマクロ機能付きの超広角カメラ、iPhone 15 Proの3倍望遠カメラのセンサーなどには大きな違いは無さそうに見える。

iPhone 15 Pro Max搭載の5倍望遠カメラ(120mm相当カメラ)は、薄型を実現しながら4回もの反射を繰り返して光路長を長く取る驚くべき設計だが、言い換えれば”望遠側が少し伸びた”ことで撮影範囲は広がっているものの、冷静に考えれば正常進化の範囲内だ。

しかし適切に自動切り替えするポートレートモードや、人物だけではなくペットなど動物にも適応されるようになったこと。さらに”同じ機能”でも、よりよく優れた動作となっているなど”同じようでいて改善されている”。

iPhone 15に搭載されているA16 Bionicは昨年から引き継いだものだから、こうした開発は純粋にアップルのソフトウエア開発がより進んだことによるものだろう。つまりA17 Proが達成したという”最大”2倍のスループットを持つ新しいNeural Engineの恩恵ではない、ということだ。

ではどんな場面で、A17 Proは効いてくるのだろうか?

新しい設計のNeural Engineコアは、最大2倍の速度に達するというがコア数は同じだ。動作クロックも大きくは変わらないだろう。なぜ2倍になるのか合理的な理由として最もありえるのは”演算精度の切り替え”だ。

これまでは”写真をひたすら追求”するために進化させてきたが、今後は精度よりもスループットを求める用途にも使いやすくしたのではないか。例えば生成AIで使われるアルゴリズムでは、精度を落としながら品質を保つアルゴリズムの開発が盛んだ。

”次の10年”が始まるまでのiPhone

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Photo: Florence Ion / Gizmodo

最初の話に戻るなら、今年買わなかったとしても、iPhoneのユーザー、それも熱心なユーザーなら、いずれ適切な時に再び新しいiPhoneを手にするだろう。それは大きな議論を呼ぶ部分ではない。

しかし”新しい世代の始まり”とされたiPhone Xの登場からiPhone 15で7世代目。10年を区切りとするなら、来年からの3世代で現世代のiPhoneはひとつの完成した形になるはずだ。ではそれは何か?と言えば、Neural Engineをフルに活用したiPhoneである。

iPhone Xは”小さな推論処理”を行う独自回路がFace IDをもたらした。その後、推論エンジンの開発は”カメラの進化”という目標とともに巨大化し、そしてiPhone 15 Pro Maxでは、マクロレンズ、13mmレンズから、24mm、28mm、35mm、49mm、72mm、120mmと多彩なレンズを切り替えるかのような撮影が可能になった。

描写についてはまだ不満は残るかもしれないが、進化の基盤はできている。

しかしその間に肥大化した推論エンジンは、精度を落とした倍速化により”オンデバイス”での生成AI技術を用いた、新しいAI iPhoneの時代を切り開くかもしれない

評価の軸をカメラではなく、その背景にある推論エンジンに置くならば、まだ20年目の節目までの伸び代は大きく残っていそうだ。

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