「QBハウス」などに代表される格安ヘアサロンに女性客が急増しているという。実際にQBハウスが公表している利用客データによると、10年前と比べて若年層の女性客の割合は1.3倍も増加しており、現在は全体の2割以上が女性客になっているとのことだ。女性客の利用の動機としては、「毎月の美容院通いは金銭的に苦しい」といったものから、「息子や旦那が切っているからついでに」といったものまで多岐に渡るそう。また、どのように利用しているかについても、毛先などを切ってもらうだけのちょっとしたメンテナンスとして利用する人から、スマホなどでヘアスタイルの画像を見せて具体的なオーダーをする人まで幅広いという。
そこで今回は、従来は圧倒的に男性客が多かった格安ヘアサロンになぜ女性客が急増しているのかについて、美容院の経営コンサルティングを手掛けるフロンティア・マネジメント株式会社の近藤俊明氏に解説してもらった。
格安ヘアサロンは時代を捉えていた急成長
従来の理容室や美容院とは異なり、カットに特化したサービスを得意とする格安ヘアサロン。そのジャンルの誕生には、どのような時代背景があったのか。
「1990年代に男性向けのヘアサロンとして登場した美容サービスで、QBハウスが店舗数では1位で最大手となっています。QBハウスは、従来の床屋や美容院がシャンプー、ドライヤー、髭剃りなど、ヘアカット以外のサービスもセットで提供することが基本になっていたところに目を付け、カット以外のメニューをそぎ落として簡素化することで低価格を実現しました。このように、シャンプーや髭剃りはいらないからもっと値段が安くならないものかという、利用者たちのなかにあった潜在的にニーズに柔軟に対応したことが、人気に火をつけた最大の要因でしょう。
また、近年は時短意識、コスパ意識が顕著になってきた印象があります。床屋や美容院に行くと短くても30分以上かかってしまいますが、カットだけに絞ったQBハウスは10分程度で済むため、こうした需要にうまく合致しているともいえます。むしろQBハウスは駅前に多く出店していることを考えると、仕事帰りなどに手早くカットできるように、最初からこうした時短やコスパの需要を意識して、戦略的に狙っていたのではないでしょうか」(近藤氏)
こうして男性需要をガッチリ掴んで急拡大していったQBハウスだが、現在は女性客が増えているというのは興味深い傾向である。
「いくつか理由があるのですが、まずは時短意識とコスパ意識が女性客の間でも潜在的に需要があったということが大きいでしょう。美容院などの女性客メインのヘアサロンは、ある程度の金額がかかってもしっかりいいものに仕上げることが求められて人気だったわけですが、日本全体で所得低迷・格差拡大している影響もあり、『増やす方向でのサービス』よりも『無駄を減らす方向でのサービス』の需要が高まったように思えます。
近年、QBハウスは女性が多く行き交うエリアや、女性でも行きやすい場所に店舗を増やしている印象があったのですが、おそらくはそうした女性客の潜在的需要を見越してのことだったように思います。こうした立地戦略がうまく機能し、女性客2割以上という成果に結びついたのでしょう。それまでは男性客ばかりというイメージが強かったこともあり、女性は入りたくても入れなかったところを、そういった立地戦略で女性の気持ちをほぐしていき、心理的ハードルを解消していったのではないでしょうか」
来店ハードルを下げるということに関していうと、スマホの普及も関係しているそうだ。
「QBハウスをはじめとした格安ヘアサロンは、ほとんどの場合、女性向けのヘアカタログを置いていないのですが、スマホがあればあらかじめ画像を用意しておいて、『こういう感じにしてほしい』とか『ここの部分だけ写真のようにカットしてほしい』といったオーダーを簡単にできます。またそういった要望がある女性客は美容師との会話など、ヘアスタイルと関係ないところでのホスピタリティを求めない傾向もあったわけです」(同)
ちなみに、QBハウスのTwitterアカウントは、店舗でのキャンペーン情報や新店舗の情報などを頻繁に更新しており、フォロワー数は4万を超えているのだが、近藤氏いわく「そうしたSNSでの宣伝戦略も女性客獲得に効果的だった」とのことである。
美容院は安めのセカンドブランドで対抗?
QBハウスをはじめとした格安ヘアサロンが女性客を獲得しはじめたことは、ヘアサロン業界全体にどんな影響を与えていくのだろうか。
「格安ヘアサロンの女性客増加の影響で、中価格帯の美容院の客足が低下しています。ただ、中価格帯の美容院も指をくわえて見ているだけではないでしょうから、今後はそういった美容院がセカンドブランドとして、女性向けの低価格ヘアサロンを展開していくのではないかと予想しています。やはりQBハウスなどの格安ヘアサロンはブランドイメージがまだまだ男性寄りですので、女性客を前面に押し出して女性寄りにした低価格ブランドが登場すれば、高い人気を獲得できるかもしれません」(同)
中価格帯の美容院は、なぜ元からあったメインブランドの店舗の価格帯を下げるという方向に、舵を切っていくことはしないのだろうか。
「それはやはりメインブランドのブランディングとして難しいのでしょう。というのも中価格帯の美容院のスタッフには、カット技術だけでなく、ヘアスタイルの提案や会話術など、美容師のセンスや期待値を超えるサービスを求めて美容院に行くお客が固定層として付いているからです。低価格にしてサービスの質を落として、現在の常連客を裏切るようなことはできないはずです。
そういった手厚いサービス自体がお店のブランドになっているので、そこを変えてしまうと元からのファンを失いかねません。そのためメインブランドはこれまでどおり値下げはせずに経営しつつ、新たなセカンドブランドを立ち上げて、コスパやタイパを重視して最小限のサービスでもいいという女性客を獲得していく戦略に打って出るのではないでしょうか」(同)
男性から圧倒的な支持を得て勢力を急拡大させ、近年は女性の需要もとらえてきた格安ヘアサロン。従来の床屋が格安ヘアサロンの存在に戦々恐々としてきたように、今は女性客をメインとしていた美容院が格安ヘアサロンを脅威に感じているのかもしれない。
(文=A4studio、協力=近藤俊明/フロンティア・マネジメント株式会社 マネージング・ディレクター)