マイナンバーカードに反対する人が恐れる本当の理由

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マイナカードをめぐる騒ぎが続いている。確かに設計に問題があり、システムが複雑でわかりにくいが、この背景には国民総背番号をきらう人々の反発を恐れていろんな役所がばらばらに制度をつくり、挫折した長い歴史がある。

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「グリーンカード」の失敗

最初は1968年に佐藤栄作内閣が「各省庁統一個人コード連絡研究会議」を設置したことに始まる。これは政府が住民情報を電算機処理する際に、各省庁ばらばらに付けていた番号を「個人コード」で統一しようとしたものだが、「国民総背番号」への反発で立ち消えとなった。

最初の国民背番号は、1980年の所得税法改正で決まったグリーンカード(少額貯蓄等利用者カード)だった。これは大蔵省がマル優(少額貯蓄非課税制度)の限度額を管理するという理由でつくったものだ。

マル優は300万円以下の貯蓄を非課税にする制度だったが、複数の口座をつくって脱税する人が多く、これを名寄せして1人に1口座と決めるのがグリーンカードだった。このカードで多くの口座にもっている貯蓄が名寄せできるため、納税者番号として使える。

このため国民背番号に反対する野党が騒いだが、郵政省、郵政族議員、銀行業界も「貯蓄が海外に流出する」などといって強く反対し、郵政族のドンだった金丸信が反対に回った。このため、グリーンカード情報を処理するコンピュータセンターまでできたのに、1983年に実施が延期され、1985年に廃止された。

法律が改正されてから施行する前に廃止されたのは前代未聞の事件だったが、このとき金丸が心配したのはプライバシーではなかった。のちに明らかになったように、金丸は総額33億円に及ぶ所得を隠しており、その資金の流れを把握されることをきらったのだ。

金丸信(NHKより)

金丸の事件は氷山の一角である。このように税金をごまかそうとする資産家と、共産党や同和など身元が割れるのを恐れる人々が共同戦線を張り、それに乗って国会で野党が騒ぎ、マスコミが役所を攻撃するのが毎度のパターンだ。

グリーンカードの失敗が大蔵省のトラウマになり、納税者番号はタブーとなった。1988年に消費税の導入を決めたときも、欧州の付加価値税(VAT)のインボイス方式が想定されていたが、小売業界などの反対で丼勘定の帳簿方式になった。このときもインボイスの登録番号が納税者番号になることがきらわれたのだ。

「私は番号になりたくない」

これとは別に、1999年の住民基本台帳法の改正で、全国民に住民票コードを付与し、住基ネット(住民基本台帳ネットワークシステム)で管理することになったが、これに対しても反対運動が始まった。その初期の中心は部落解放同盟だったが、なぜか櫻井よしこ氏が「私は番号になりたくない」とか「住基ネットは国民を裸で立たせるものだ」と主張し、反対運動の中心になった。

櫻井よしこ氏のブログ

これに伊藤穣一氏が合流し、長野県の田中康夫知事が住基ネットの侵入実験を依頼した。伊藤氏は「サーバの管理者権限を取得した」と報告したが、これは村役場に入ってラックをあけ、サーバの基板にPCをつないで盗聴したものだった。

このような騒ぎを警戒して、2003年に個人情報保護法ができた。このときも日弁連が「自己情報コントロール権」なるものを主張し、民主党は政府案より厳格な規制案を出し、これにマスコミが合流して国民背番号への恐怖をあおった。

このため住所氏名を「個人情報」として秘匿し、その利用に本人の許諾を必要とする、世界にも類のない法律ができた。おかげで日本では「個人情報」を検索する検索エンジンは不可能になり、日本のITは世界に決定的に立ち後れた。

住基ネットは当初、個人を識別する4情報(氏名・住所・性別・生年月日)を記録する汎用の国民IDとして設計されたが、反対運動のおかげで用途は住民票の写しなど自治体の行政事務に制限され、納税者番号としても使えない無用の長物になった。

そのデータは4情報だけなので、全国民のデータを入れてもDVD一枚に入るが、コンピュータセンターで24時間警備し、全国を専用線で結んで毎年200億円かけて管理されている。

「消えた年金」が生んだマイナンバー

国民IDとしては、アメリカのように社会保障番号を使う国が多い。納税者番号だと税金の取り立てがきびしくなるイメージがあるが、年金や医療保険は国からの入金にも使われるので、理解が得やすいからだ。

日本でも1997年からばらばらの年金番号で管理していた年金記録を基礎年金番号に統合し始めたが、その作業がずさんだったため、2007年に消えた年金問題が起こった。

これは社会保険庁の労働組合が基礎年金番号による業務合理化に反対し、「国民総背番号だ」という理由で業務をサボタージュしたため、紙の帳簿からコンピュータにデータを転記する際に大量のミスが発生したものだ。約5000万件の年金記録が基礎年金番号のデータベースに入っておらず、まだ入力されていない記録も約1400万件あった。

これを国会で民主党が追及し、2007年の参議院選挙で自民党が敗北したため、安倍第一次内閣が倒れる原因となった。民主党は社会保障番号の導入をマニフェストに掲げ、2009年に政権交代を果たした。

民主党政権は「社会保障と税の一体改革」で国民共通番号(マイナンバー)の導入を決め、2012年にマイナンバー法を国会で成立させた。これとは別に納税者番号の導入も検討されていたが、マイナンバーを利用することになった。

行政デジタル化は一つの国民IDで

このようにマイナンバーはいろいろなシステムが混在しているため、パスワードも4種類ある。その用途は本人確認だけで、法律で細かく限定列挙されているため、他の用途(給付金やワクチン予約など)には使えない。国民背番号としては

・健康保険番号
・雇用保険番号
・基礎年金番号
・住民票コード
・免許証番号
・パスポート番号
・納税者番号
・マイナンバー

があり、いろいろな役所が個人に何種類も番号をつけている。これは無駄であり、国民にとっても多くの番号を使うのは、スマホのアプリごとに別のIDを使うようなもので煩雑だ。本人認証はマイナンバーで統一するのが合理的である。

いまだに「監視社会になる」という類の反対運動があるが、マイナカードには4情報と(ICチップ)の本人認証キーしか入っていないので、カードがあっても税務署が病歴を見ることはできず、保健所が納税記録を見ることもできない。税と医療保険のデータは別々に分散管理されているからだ。

同じIDを使っても、システムをファイヤウォールで分離してアクセス権限を制限すればよく、別々のシステムをつくる必要はない。ICカードを持ち歩くのは危険なので、スマホなどを使ってネットワークで認証し、2段階認証や生体認証したほうがよい。セキュリティの設計は仕切り直しが必要だ。

マイナカードを健康保険証と統合するのは当然で、民主党政権のときから想定されていた用途である。住基ネットのように住民票の写しにしか使えないのでは、誰もカードを使わない。野党などの反対論は紙の保険証の廃止に集中しているが、廃止しないといつまでも二重のシステムが併存し、行政が効率化できない。

反対論のほとんどは事務的なトラブルの苦情で、その原因は(フリガナがないなど)設計のまずさもあるが、本質的な問題ではない。国民背番号は50年前から何度も挫折したため、いろいろな役所がばらばらに管理システムをつくり、その互換性を守るために複雑な構造になり、反対運動を恐れて過剰セキュリティになったのだ。

ただ「私は番号になりたくない」という類の反対論がないのは、住基ネットの騒ぎから20年たって、日本人も少しは進歩したのかもしれない。あなたはすでに番号になっているからだ。

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