痛みも恐怖も感じないおばあちゃん。彼女の遺伝子はどうなっている?

GIZMODO

恐怖がない人生って、どういう人生なんだろう。

スコットランドに住むJo Cameronさん、70歳。彼女は痛みや恐怖を感じることがありません。その理由は遺伝子変異。イギリスの研究機関は彼女の遺伝子について研究を続け、非常にユニークな遺伝子変異であることがわかってきました。

術後の麻酔なし、関節変形の痛みも感じない

ユニヴァーシティ・カレッジ・ロンドン(UCL)の研究チームがCameronさんに関する研究を始めたのは2013年、レポートが発表されはのは2019年でした。

当時66歳だったCameronさんは手の手術を受けますが、驚くことに彼女は術後の麻酔を必要としませんでした。さらにその1年前には股関節に慢性的な関節変形があることが発覚。これも通常予想される痛みを彼女はまったく感じていませんでした。

手や股関節の痛みだけでなく、そもそもCameronさんには恐怖や不安という概念がなく、傷やアザができても非常に治りが早いというのです。

発見された2つの遺伝子突然変異

UCLの研究チームがCameronさんの体を調べてみたところ、2つの遺伝子突然変異があることがわかりました。

どちらも脂肪酸アミド加水分解酵素(FAAH)と呼ばれる痛みに関する酵素に関連したもので、1つは偽遺伝子の欠失(のちにチームはこれをFAAH-OUTと命名)で、もう1つはFAAHを実際に制御する遺伝子に近い遺伝子でした。

別の研究で、FAAHはカンナビノイド受容体に統合する神経伝達物質を分解することで、痛みの感覚をコントロールする重要な役割を担っていることが判明しています。

マウス実験では、FAAH遺伝子を持たないマウスは痛みが少ないことがわかりました。が、Cameronさんのケースは、痛みの感覚が遺伝による影響を受けている可能性が示唆されています。

変異はほかの遺伝子にも影響

新たに発表された論文では、Cameronさんの遺伝子研究を掘り下げ、彼女の遺伝子変異の奥にあるもっと根本的なメカニズムについての理解を進めています。

研究チームは、遺伝子編集技術CRISPRなどを含むありとあらゆる方法で、Cameronさんの遺伝子変異がヒトの生物学に及ぼす影響を調査。想定通り、FAAH-OUTがFAAHの動きを制御している証拠を突き止めました。

どうやらCameronさんのFAAH-OUT変異は、酵素レベルを直接低下させ、何百というほかの遺伝子のON/OFF切り替えにも影響していることが明らかになりました。この何百という遺伝子の中には、たとえば傷の治りのスピードに影響するものや、気分の変化、元来生体内にあるエンドルフィンなどの鎮痛作用を持つ神経伝達物質の濃度に影響するものもあります。

まだまだ検証は必要ですが、Cameronさんの遺伝子変異に関する研究が将来大きな成果を生むかもしれません。FAAHに直接作用する痛み止めはまだ開発段階ですが、この研究は傷の回復や鬱病の治療など、より幅広い分野に活用できると研究チームは考えています。

ところで、痛みがない生活っていいなと思いますが、それはそれで問題もあります。ちょっとした痛みを感じないことで、重大な病気や怪我に発展してしまう可能性があるからです。

痛いとか怖いって、自分を守る手段でもあるんですね。怪我の回復が早い特殊能力は、やっぱり憧れますけどね。