光回線の検証に「一戸建てを買うしかなかった」20年前~今では合計13Gbpsが自宅に 「イニシャルB」連載1000回記念 清水理史氏ロングインタビュー

INTERNET Watch

 2001年から続く本誌連載「清水理史の『イニシャルB』」が、連載1000回を迎えた。1000回目は、4月24日公開の「Microsoft Edgeの新機能「ワークスペース」を試す。コラボ環境として大きな可能性」。足掛け23年にわたる長期連載で、全体を完全に把握しているスタッフはいないが、管理システム上では公開記事が1000本となった。

 「イニシャルB」の連載は、「Broadband Watch」の創刊とともにスタート。2010年にBroadband WatchがINTERNET Watchに統合後は、INTERNET Watchで継続となった。そのときどきの通信機器や通信回線、規格などの技術トレンドや、NASやサーバーなどのガジェットを取り上げ、多くの読者にご愛読いただいている。

 今回は、連載1000回を記念して、著者の清水理史氏に、これまで取り上げたテーマを振り返りながらお話を伺った(聞き手:本誌編集長 鈴木光太郎/構成:高橋正和)。

[目次]

「イニシャルB」の由来は“下り最速”から!?

鈴木:BroadBand Watch創刊と同時に始まったこの連載ですが、開始の経緯はどのようなものだったのでしょうか? 僕は当時ほかのWatchシリーズの編集部にいましたが、INTERNET Watchに関わるようになったのは2017年からで、その前のことはあまり分かっていません。

清水:2001年当時、Broadband Watchを立ち上げようという話になったときに、師匠である法林さん(ライターの法林岳之氏)と編集部にお邪魔したんです。その際に、通信回線の話を扱う、媒体の柱になる連載がほしいということで、清水がやったらいいと言っていただいて。

注:国内で、ADSLによる家庭向けインターネット接続サービスが始まったのが1999年。それまではkbps単位だった通信速度がMbps単位(下り)となり、高速な広帯域通信(回線)を指す「ブロードバンド」という言葉が流行。Broadband Watch創刊の運びとなった。なお、2001年には「Yahoo! BB」がサービスを開始しており、街角でADSLモデムを配っていた様子を記憶している人も少なくないだろう

鈴木:「イニシャルB」という名前は、どういう経緯で決まったんですか?

清水:当時、マンガやアニメで「頭文字(イニシャル)D」が流行っていました。スピード命の走り屋が登場して、主人公は下り(ダウンヒル)のスペシャリストで。そして、当時の通信回線の話題の中心だったADSLも下りのスピードが注目されていたので、「下り最速」を目指そうということで「イニシャルB」と。

鈴木:なるほど! 「頭文字D」が元ネタだろうとは思ってましたが、「下り最速」にも掛かっていたとは、気づきませんでした(笑)。

注:「頭文字D」は、1995年~2013年に「週刊ヤングマガジン」で連載されていた、しげの秀一氏のマンガ。1998年からアニメ化もされた。主人公の藤原拓海は、実家の豆腐店「藤原豆腐店」のネームが付いた自動車(トヨタ「AE86」、通称「ハチロク」)に乗り、峠の道でライバルと競う。「下り最速(の伝説)」は、アニメDVDのキャッチコピーとしても確認できる

通信回線編:ADSLから10Gbps光回線まで

「ADSL全部引き込んでみた」けど3本までしか入らない!

清水:ADSLが立ち上がり始めた頃で、今のYouTuber風に言えば「とにかくADSL全部引き込んでみた」みたいなところから始めようと。

自腹でやった方が面白いから、複数の会社と手続きして何本も自宅にADSLを引き込もうとしたんですが、当時住んでいた賃貸のマンションだと「配管に3本までしか入りません」と言われました(笑)。それで、フレッツ・ADSL、ACCA、イー・アクセスの3本を入れて、速度を比較したりしましたね。

鈴木:連載を始めた頃は、下り8Mbpsの回線でしたね。

清水:そうそう、8Mbps。新しいサービスが出るたびにどんどん契約して、片っぱしから試していました。

光回線のために仕方なく一戸建てを購入

鈴木:連載開始からしばらくは通信回線だとADSLの話で、光回線(FTTH)の話が登場するのは2003年からですね(祝・FTTH2回線開通 ~BフレッツとUSEN BROAD-GATE 01を比較する~)。

清水:光回線は当初、マンションに引き込めなくて、仕方がないから、光回線のために家を買ったんですよ(笑)。とにかく光回線を入れられる戸建てということで探して、引っ越して、ようやく光を試すことができた。

連載開始した頃は、光はまだそんなに一般的ではなかったですね。その後からADSLが下火になっていって、光に入れ替わっていった感じかな。

鈴木:光回線が開通したときの記事を見ると「100Mbpsという圧倒的な伝送速度」とありますね。

清水:ADSLが10~20Mbpsといった時代だから、圧倒的ですよ。しかも、2003年頃だと今の動画配信サービスのような、分かりやすく帯域を使うサービスもなく、ADSLで十分という感覚は、まだまだあったと思います。

当時は、ADSLの記事を僕が一番書いていたから、いろいろな出版社から執筆依頼をもらっていて。例えばイー・アクセスが発表会をすると、午前に媒体Aの取材で広報担当者にインタビューして、午後は媒体Bの取材で同じ広報担当者とほぼ同じ内容のインタビューをする、なんてこともありました(笑)。

本当に当時はイケイケの時代で、歳もまだ20代後半か30代前半だったから、怖いもの知らずというか。だから、当時の原稿は今読みたくないですね、本当に生意気な原稿を書いてる(笑)。

鈴木:(笑)。でも、言うべきことをハッキリ言っていることが、清水さんの記事が支持されている理由でもあると思いますね。

清水:今は、言いたいことに加えてちゃんとフォローもするし、こう書けばメーカーの人にも嫌味なく伝わるだろうな、とか考えてはいます。当時は本当に、自分の言いたいことをそのまま投げつけていて、恥ずかしい。

でも、本音を隠さず、言うべきことを言ってきたことが、ここまで続けさせてもらえた理由でもあるんでしょうね。

僕は理系の出身でもないし、通信関係の知識についても、もっと詳しい人はたくさんいるから、技術的に掘り下げた解説が上手いわけでもありません。だから今も昔も、実体験ベースの話、これをこう試したらこうだったよ、ということを中心に書くようにしています。そこがたぶん良かったんじゃないかなと思いますね。

鈴木:清水さんが理系じゃないとか、詳しいわけじゃないとかいうと驚く読者もいらっしゃると思いますが(笑)、清水さんの視点に信頼を持って、長く読んでくださっている方が多いんだと思います。

光回線が1Gbpsになったが、何に使うのかという2008年頃

鈴木:通信回線の話に戻ると、清水さんの家の光回線が1Gbpsになったのが、2008年のようです(光ファイバも「ギガ」に突入 KDDIの「ひかりone」導入レポート)。そして、今でも光回線は1Gbpsが主流で、速度的には横ばいですね。

清水:当時でも、回線は光を入れちゃったらもう上がり、みたいな感じでしたね。だから、その後は特に通信回線のネタがなくなってしまう(笑)。

鈴木:1Gbpsは、それまでの100Mbpsと比べてまた大きくジャンプアップした感じの通信速度ですね。

清水:衝撃ではありましたね。ただ、当時もまだ、何かダウンロードするものが多かったわけでもなく、YouTubeはあってもまだメジャーではなかったから、何に使うのか? というのはやっぱりありました。

ブロードバンド視点でWiMAXやモバイルルーターも

鈴木:通信回線の話は、その後だとモバイルに移って、2009年からはWiMAXを結構取り上げていましたね(いよいよ始まったUQ ComのモバイルWiMAXサービス 気になるサービスエリアや通信速度を検証など)。

清水:ADSLが下火になって、次に「Broadband Watch」的に何をやろうかっていう話になったときに、WiMAXが立ち上がってきた頃ですね。「ケータイWatch」とは別に、モバイルブロードバンドという視点でやったらいいんじゃないか、という狙いもあって、携帯回線はほとんど取り上げなかった一方で、WiMAXをやっていました。

鈴木:WiMAXと、あとイー・モバイルの回がいくつかありますね。

清水:イー・モバイルはモバイルルーターが出始めてきた頃で、ルーターのレビューの延長線上でやっていた感じですね。

鈴木:そういう意味だと、最近は携帯各社のホームルーターが固定回線の代わりになりますとプロモーションしているので、「イニシャルB」的にもありかも。

清水:いやあ、回線の話はもういいかな(笑)。速度的には十分ですし。

鈴木:回線といえば、コロナ禍以降、あらためて、回線品質の話に注目が集まった感がありました。

清水:確かに、テレワークで相当に利用が増えて、深刻に混み合うようになって、あらためて注目されてきたんだと思います。僕の家で入れている「auひかり」の回線(10Gbps)なんて、コロナ禍前はスピードテストで6~7Gbpsほど出ていたけど、今は2Gbpsぐらいで頭打ちですよ。

なので、注目度は上がっていても、単純に「空いているかどうか」が大きな問題で、僕の家に引き込んで速度を測って、という話ではないんですよね。

2Gbpsで登場した「NURO 光」、「回線は空いているときが一番楽しい」

鈴木:続く通信回線系の話としては、2013年に「NURO 光」が下り2Gbpsで登場しました(2Gbpsの帯域をフルに活用して欲しい」 So-net担当者に聞く、世界最速「NURO 光世界最速、下り最大2Gbpsの実力は? So-net「NURO 光」を導入する)。

清水:このときのNURO 光は、久々に新しく家に引き込んで検証しましたね。出た当初は文句なしに速かったです。

ただ、いいぞという評判が広まり、ユーザーが増えると、混雑して、悪い評判も出てしまう。ここが難しいところですね。回線は、空いているときに堪能するのが一番楽しいと思う(笑)。

鈴木:反対に、サービスの初期段階に混乱があって被害を被るみたいなことはあるんですか?

清水:光では、なくなりましたね。ADSLの時代は、いろいろとありました(苦笑)。

鈴木:次に2017年には、IPv6 IPoEの「v6プラス」を取り上げています(「ネットが遅い!を解決、実質2倍以上に速くなる@nifty「v6プラス」を試してみた)。

清水:こうしたサービスも結局、センター側のIPアドレスやNATのボリュームなどに依ってしまうので、空いていた最初の頃は快適だったけれど、今となっては特別速いという印象はないですね。「普通」の水準で利用するために必要ではあるけれど。

鈴木:そういう意味でいうと、NURO 光の頃までは何Gbpsっていう回線のスペックの話だったのが、ネットワークの構造や、どこがボトルネックかといった話が重要になりましたね。

清水:そういう仕組みの話をしないと情報として意味がなくなってきていますね。本当は、実効速度をちゃんと測るのがいいんだろうけど、時間帯でバラついてしまうから難しい。

今では自宅の回線が合計13Gbpsに

鈴木:10Gbpsの光回線については、2018年に導入されていますね(PCから回線までフル10Gbpsの接続はやっぱり速かった! 自宅インターネット環境を「auひかり ホーム10ギガ」に変更)。

清水:当時10Gbpsを入れたときは、環境全体が高かった。テスト用に2、3万円のNIC(ネットワークインターフェースカード)を買った記憶があります。スイッチも高くて買えなくて、ホームゲートウェイに直接つないで測ったんじゃないかな。そのあと比較的安いネットギアの製品が出てきて、ようやく手を出せるようになった記憶があります。

鈴木:このときは、上りが実測5Gbpsを超えてたんですよね。

清水:そうそう、速かったですね。

鈴木:10Gbpsともなると、接続する相手や回線の口などがボトルネックになりかねないので、速度のテストが難しいですよね。

清水:混んでないスピードテストサイトを選んだり、国内の太い回線でホスティングしているサーバーを選んだりしますね。あと、朝5時ぐらいの空いている時間にテストしたりも。実用時にどれくらいかも気になるけれど、最大でどれくらい(速度が)出るのかも見たいわけで。

鈴木:その後、NURO 光の法人向け回線も、ご自宅に導入されています(光回線「NUROアクセス」導入で転送量制限を回避)。

清水:当時は、家で何かを動かして上りの帯域を使いたい欲求があって、イーサリアムのノードを作りました(自宅サバで作る! イーサリアム 2.0 TestnetのValidatorノード(Prysm版)~資産の減少を防ぐにはどう運用管理する?など)。そうすると、auひかりとかだと上りの帯域がすぐに制限を超えてしまうし、仕事で使う回線が使えなくなると困るので、帯域制限がかからない法人向け回線を入れようということで、NURO BizのNUROアクセスを入れたんですね。スピードは、時間帯によってもそんなに変わらず600~700Mbpsがずっと出るみたいな感じで、安定はしています。

鈴木:現在、ご自宅には何本の回線が入ってるんですか?

“現在自宅に入っている回線は、auひかりの10Gbps、フレッツ光の1Gbps、NUROの法人向けの2Gbpsの3本。個人では使いきれません(笑)”

清水:今は3本です。auひかりの10Gbpsと、フレッツ光の1Gbpsと、NUROの法人向けの2Gbps。1Gbpsのフレッツ回線のユーザーがたぶん一番多いだろうから、それはテスト用として、auひかりで10Gbpsの速い回線を使って、法人向けは自分の趣味のため(笑)。

鈴木:すごいですね、個人で13Gbpsの回線。

清水:そうですね。全然使い切れません(笑)。

鈴木:最初の8Mbpsの頃と比べて、どう変わったんでしょうか。

清水:「回線が遅い」といったことを意識しなくて済むようになったのが、一番大きいですね。昔から「蛇口をひねると水が出るように、インターネットも何も意識しなくてもデータが流れるようになるべき」という話があったけど、今はそうなったんじゃないかと思います。

通信規格編:IEEE 802.11aからWi-Fi 6Eの混乱まで

IEEE 802.11aでは途中で周波数帯が変わって大混乱

鈴木:次に、通信規格をテーマに、あらためてさかのぼって見てみましょう。まず出てきたのは、2002年の無線LANのIEEE 802.11aかな(無線LANにもブロードバンドの波 ~802.11a対応無線LANアクセスポイントを試す~など)。

注:無線LANの規格として「IEEE 802.11b」「IEEE 802.11a」が1999年に策定。以後、最後のアルファベットが変わって、g(2003年)、n(2009年)、ac(2014年)、ax(2021年)が順に策定され、対応機器が発売されている。本稿では「11a」のように略して記載することがある。

また、業界団体であるWi-Fi alianceにより相互通信性能の認証プログラムに分かりやすい番号が付けられるようになり、IEEE 802.11nは「Wi-Fi 4」、IEEE 802.11acは「Wi-Fi 5」、IEEE 802.11axは「Wi-Fi 6」、そして、IEEE 802.11axで6GHz帯も使用可能なものは「Wi-Fi 6E」と呼ばれるようになっている。

清水:11aの最初のときは、つなげる機器もあまりなかったのと、当時チップベンダーのAtherosが日本に参入したばかりだったのとで、Atherosにインタビューに行ったりもしました(第2世代チップで普及へ弾みを付けるIEEE 802.11a Atheros Communicationsインタビュー)。

これもさっきと同じ「空いているときはいいけど、やがて混みだす」という話で、5GHz帯なんて周囲で全然使ってないから、めっちゃ快適だったんですよね。ただ、スピードがすごく出たかと言われると、そうではなかった。当時は無線LANがPCに内蔵されてなくて、PCMCIAかUSBで通信デバイスをつないでいたから、その辺りがボトルネックになっていたんでしょうね。

鈴木:2005年には、新11aの登場がありました(新11aに対応したバッファロー「WER-AM54G54/P」 世界標準11aへの変更で何が変わるのか?など)。新11aって何でしたっけ?

清水:これ、昨年のWi-Fi 6Eの6GHz帯の大混乱のときに思い出したんですよ、すっかり忘れてたけど。

日本で11aの5GHz帯が出たときは、「J52」という、世界標準からちょっとずれた帯域でした。それを世界標準の「W52」に合わせて、さらに「W53」という周波数帯域を足して、要するに周波数帯が変わるというのが、この話でした。じゃあその前に出てた機器はファームウェアのアップデートで対応できるかというと、できたりできなかったりと、大混乱だったんですよ。6GHz帯のときと同じで。

鈴木:J52にしか対応していない従来のデバイスはJ52のアクセスポイントとしか通信できなくて、W52の機器はJ52にも対応できる。一番割りを食ったのはJ52の時代のデバイス、と。

清水:まだそれほど普及しなくて傷が小さくて済んだのは、救いだったと言えるかもしれません。

鈴木:あと、2004年にはSuper A/Gというのがありました(続々と登場するSuper A/G対応機 無線LANは実効40Mbpsの世界に到達か?など)。

清水:Atherosの独自規格のだっけ? 当時はWi-Fi Allianceがまだそんなに力を持っていなかったから、割とメーカーやチップベンダーが自由にやってた時代ですね。

11nに11ac、PCを有線でなく無線でつなぐ時代に

鈴木:次に2005年にMIMOの記事が登場しています(次世代無線LAN技術「MIMO」の実力は? 最大108Mbpsを謳うバッファローの無線LANルータ「WZR-G108」)。

清水:このあたりから、無線LANが速くなった感覚がありますね。IEEE 802.11nでしたっけ?

鈴木:このときの製品は11gで出て、記事では「次世代のIEEE 802.11nでの採用が見込まれている『MIMO』」と書いてありますね。

清水:なるほど、先行して出ていたのか。

鈴木:そういえば11gの少し前に「Pre-G」というのもありましたね。

清水:MIMOは速かった。当時は仕組みが全く分からなかったけど、一生懸命メーカーの人に質問して分かるようになりました。

鈴木:そして2006年に11nが出てきました(IEEE 802.11nドラフト準拠で実効80Mbpsを実現 バッファローの無線LANルータ「WZR-G144N/P」など)。

清水:11nの時代は長かったですね。11acも長かったけど。

鈴木:11acの記事は、2012年に登場していますね(IEEE 802.11ac技術で、家中が実効100Mbpsオーバーに バッファローの600Mbpsルータ「WZR-D1100H」など)。

清水:やっぱりだんだん、有線じゃなくて無線でPCをつなごうっていう時代になってきたタイミングだと思う。11nの頃にノートPCに搭載されるようになって、11acの頃は本当に当たり前になってきたぐらいですかね。

鈴木:2.4GHz帯の混雑が問題視されるようになったのは、いつぐらいでしたっけ?

清水:それこそ11nの頃じゃないかな? 周りに2.4GHz帯のアクセスポイントが置かれるようになって。11acの頃には本格的にダメになって、5GHz帯が重用されるようになっていった。

鈴木:ちょうど、光回線もNURO 光が始まって2Gbpsになった頃で、スピードがだんだん変わってきましたね。

清水:そうしてみると、有線LANだけが進歩しない時代が長らく続いたとも言えますね。連載を開始した2001年にギガビットの回線はもう使っていたから、あらためてレビューする機会がなかった。

注:「ギガビット」は、最大通信速度1Gbpsの有線LANを指し、1GbE」(1Gigabit Ethernet)と記述することもある。同様に最大2.5Gbpsの有線LANは「2.5GbE」、10Gbpsなら「10GbE」となる

10GbEの普及はまだまだ先か?

鈴木:その有線LANですが、10GbEのNICの記事が2017年に初めて出ています(10GBASE-T対応NICを1万5千円台で購入 たまたま安かった? StarTech.com「ST10GSPEXNB」を試す)。光回線を10Gbpsにした頃ですね。

清水:10GbEは、今もなかなか安くならないですね。まあ、2.5GbEがその役割になってきてるのかもしれません。10GbEの本格普及は、もう少し先になるかもしれない。

10GbEは使用感が全く違いますね、NASを10GbE化して、動画なども扱うようになっていますが、巨大なファイルをコピーしたときの体感速度が全然違います。ギガビットの10倍とは言わないけど、2倍くらい違うから。待ち時間が単純に半分になるのは大きい。

メッシュは最初、半信半疑だった

鈴木:また無線に戻って、MU-MIMOが出てきたのが2014年(参考:「MU-MIMO製品の市場導入も間近」技術で市場をリードするネットギアの未来とは)。その次がメッシュで、2017年に最初の記事が載っています(家で電波が届かない?じゃあメッシュを試してみれば? 3台の端末で通信エリアをカバーするTP-Link「Deco M5」など)。

清水:メッシュは、僕も最初は眉つばでした。複数台でネットワークを組んで、アクセスポイント間の中継に帯域を使ったら遅くなってしまうじゃないかと。(中継専用の帯域を設けられる)トライバンドのメッシュを最初に出してきたのはネットギアの「Orbi」シリーズだったと思うけど、国内メーカーがトライバンド製品を出したのは最近ですよね。まあOrbiは良かったですね(家中700Mbpsオーバー! あまりの速さに思わず二度見!)。

(中継専用の帯域を設けられない)デュアルバンドのメッシュだと、届かないところに電波が届くようにはなるけれど、中継の帯域を共存させなきゃいけないわけだからスピード半減するので、僕は納得が行かなかった(笑)。ただ、やっぱり単体のWi-Fi親機では電波が届きにくいところに、届くようになることは大きいですね。

鈴木:日本の集合住宅を想定すると、そこまでメッシュや中継機が必要か? となってしまうんですが、ちょっと気になるのは風呂場ですよね、ユニットバスだと壁に鉄板が入ってることがあって電波が極端に届きにくくなることがあるけど、ドアの側から電波が入るようにしてあげると、風呂の中でも快適に動画が見られたりする。

Wi-Fi 6の大きなインパクト、そしてWi-Fi 6Eでは再び大混乱

“11ax(Wi-Fi 6)は大きなインパクトがありました。実効速度がそれまでとぜんぜん違う”

鈴木:次の規格は、11ax(Wi-Fi 6)ですね(11axルーターは「予想を超える売れ行き」国内で初めて発売したASUSに今後の展開を聞くなど)。

清水:11axは大きなインパクトがありました。11acと比べても実効速度が全然違う。今までうちだと3階に届くか届かないかだったのが、普通に届くようになって、一番端に行っても100Mbpsぐらいの通信速度が出せるので、ケーブルを引き回さなくてもよくなった。

鈴木:その次がWi-Fi 6Eと、その混乱の話になります(結局、既存Wi-Fi 6E対応機器で6GHz帯は使えるの? 何がOKで何がNGなのかを総務省に聞いたなど)。

清水:Wi-Fi 6Eの混乱はひどかったです。PCをファームウェアアップグレードして対応できるか、技適番号を取り直さなきゃいけないかという話を総務省にインタビューしたんだけど、情報がいろいろ錯綜して……。結果、何を基準に判断したらいいのか分からなくなってしまう。

でも、これは過渡期の問題で、この後出てくる製品には関係ないので、僕はそこに触れるのをやめました。

ガジェット、その他編:ロケフリからCisco、Ubiquitiまで

ロケフリはとにかくいっぱい買って試した

鈴木:次は、ガジェットとかデジタルDIYの話題で。僕はこれが一番「イニシャルB」らしい部分だと思ってます。連載はWindows XPの話から始まりましたよね(Windows XPのブロードバンド度をチェック・1)。

清水:OSの話題は定期的に扱うようにしていて、それは単純に僕が好きだからです。NASなどガジェット系も、単純に僕が好きだからやってる感じですね。連載の初回が2001年11月15日公開で、Windows XPの発売は10月25日で、タイムリーなのと、わりと締め切りまで時間がなかったことで、まずこれから、と始めたんじゃなかったかな。

鈴木:2005年ごろからは「ロケフリ」の話が目立っています(離れた部屋や外出先からでもテレビや録画番組が視聴可能 ネーミングを変更して再出発するソニーの「ロケーションフリーテレビ」など)。

清水:ロケフリは、いっぱい買って試しました、本当に。僕自身は、テレビ番組を見るより仕組みに興味があったんだけど。外でテレビを見たいとか海外でテレビを見たいといったユーザーのニーズが当時はすごくあった。配信サービスが充実している今となっては、考えられないことですが。

鈴木:なんか会社でPCで見てる人もいましたよね。

清水:そうそう、家につないで見るという世界ですね。

NASキットにPogoplug、家にサーバーを置く趣味

鈴木:自宅につないで……という話だと、同じ時期にNASのレビューもいろいろ。

清水:僕のキャリアの原点がWindows Serverだから、その延長線上にあった感覚ですね。昔はファイルサーバーを家に置くことが珍しかったし、PCのバックアップなどの意識もそれほどされていなかったから、斬新でしたね。

今もそうなんだけど、エンタープライズ系のソリューションがコンシューマー向けに「落ちて」くると、PC WatchやINTERNET Watchの読者は興味を持ってくれるから、ネタとして面白いですね。

鈴木:DLNAのメディアサーバーが付いたNASも取り上げてますね(DLNAガイドライン製品に対応したテラ容量のLAN接続型HDD バッファローの「HS-D1.0TGL/R5」)。DLNAの話も結構やっています。ビデオサーバーのDiXiMなども(録画環境はスタンドアロンからホームネットワークへ デジオンのDiXiMでビデオサーバーを構築)。

清水:要するに、サーバーとかファイル共有のものが家にあるっていうのが、当時のテッキーな人たちの目指すところの1つだったわけです。

鈴木:分かります。

清水:で、普通のNASは中のドライブを替えられなかったのだけど、そこにアイ・オー・データから、ドライブを替えられるNASキットのはしりのような製品が出てきた。あれは画期的でした(ギガビットイーサ対応で高速化を実現 挑戦者ブランドの自作NASキット「GLAN Tank(SOTO-HDLGW)」)。

鈴木:その後、QNAPとかSynologyとかの製品も取り上げています(高速&静音でアプリの追加もOK 高性能な万能NASケース QNAP「TS-219P」など)。

清水:そうですね。当時、こうした情報は海外で仕入れていました。当時は国内で売ってなかったし、日本法人も当然なかったし。1台目は自分で海外から輸入しましたね。

NASキットは、とにかく斬新な製品でした。日本のNASがドライブを替えられず、ユーザーインターフェースもルーターの設定画面のようなものだったのが、ドライブを替えられるわ、WindowsのようなUIのOSを搭載しているわで、とにかく使ってみたいと思って買った。

鈴木:当時、僕は清水さんのQNAPなどの製品のレビューを読者として読んで、過剰スペックの面白さみたいなものを感じたんですよね。

清水:そう。そこがやっぱりマニア受けする部分なんですよ。NASはね、今は逆にテクノロジーが上に張り付いちゃって、あり進歩がなくなっちゃった感じがありますね。

鈴木:時系列に戻ると、2010年に「Pogoplug」が出てきました(目からウロコの超快適パーソナルクラウド環境「Pogoplug」など)。

清水:Pogoplugは、本気で日本に普及させようと思ったんだけど、うまくいきませんでしたね

鈴木:どんな製品でしたっけ?

清水:USBのHDDをつなぐと、今のクラウドストレージサービスっぽいものが出来上がるデバイスです。PCからもスマホのアプリからもファイルを参照できたりとか。イメージとしてはOneDriveとかGoogleドライブの先駆けみたいな感じですね。インターネットからも、今まではポート開けたりとかしなきゃいけなかったのが、そんなことしなくてもつながって共有できたりして、すごかった。

なんでうまくいかなかったんだろう? その後に、クラウドサービスがワーッと出ちゃったからだろうな。

鈴木:最後にソフト版が出て、これってよく考えたら単なるサーバーじゃんと思った記憶があります(国内販売を開始したソフト版「Pogoplug」 ~Pogoplug Mobileなど今後の展開を聞く)。最初の記事が2010年で、ソフト版を取り上げたのが2011年で、1年。意外と短かったですね。

Cisco製品など、業務用機器のレビューが好評に

鈴木:「イニシャルB」の歴史を見て面白いのが、業務用の機器などを結構やってるんですよね。

清水:正直な話をすると、ネタがないから困って、ということが多いです(笑)。

鈴木:なるほど(笑)。しかし、そうした記事はページビューがよくて、編集部でも印象に残るんですよね。例えばCiscoの製品の記事とか(誰のための日本語GUIなのか? 中小企業向け低価格ルーター「Cisco 841M J」)。

清水:単純に面白いですからね。読者の方はたぶん、業務で馴染みがあるとか、あるいはCisco製品をいじっている人たちが周りにいて憧れがあってとかで興味を持っている方が多くて、読んでくださるんでしょうね。

最近はUbiquitiの製品に注目しています(1台何役も使えて3万円台!? ビデオ監視もVPN構築も“秒で”できるWi-Fi 6ルーター Ubiquiti「UniFi Dream Router」など)。安くて性能がいいので、きっと売れると思ってやってるんだけど、これに関しては、読者の皆さんがついてきてくれているのか、いまひとつ分からないのが正直なところです。

鈴木:Ubiquitiは、名前をこれから売っていくところでしょうから、Ciscoとはちょっと話が違うかもしれないですね。

清水:まあ、サポートがないし、日本に販売代理店も少ないし、実際に構築してくれるところもないだろうから、というのはありますね。

サポート云々に関しては、NASなんかでも同じだけど、アメリカとの文化の差をすごく感じます。やっぱりアメリカはDIYでやったろう気質が強い。Linuxのサーバーを作る、なんて場合もそうだし。日本はそこまでまだないから。

だから、中古のPC使ってProxmoxで仮想化のクラスターを作るという記事を一度やったけど、ああいう記事を増やしていくのがいいのかもしないと思っています(GPUパススルーも簡単にできる仮想化プラットフォーム「Proxmox VE」など)。

鈴木:お金かけたくないとか、自分にぴったりのものを作りたいとか、そういうメリットを分かりやすく提示できるといいんですかね?

清水:僕は反対に、メリットとか実利に持っていかない方がいいのかなって気がしていますね。アメリカ人はDIY自体を楽しんでいるわけで、「俺のホームラボを見てくれ」みたいな世界でしょ。そういうところに本当は持って行きたいんですよね。ああいう文化を作りたい。

身の回り半径5mぐらいで興味があったものを取り上げた

鈴木:ガジェットとは少し方向性が違いますが、連載では、社会やご家族に関連した話もありました。たとえば、2004年に「有害コンテンツから子どもを守れ!」とコンテンツフィルタリングを取り上げていて、この時代にやってるんだ、と(有害コンテンツから子どもを守れ!(前編) コンテンツフィルタはどれだけ有効か?有害コンテンツから子どもを守れ!(後編) 制限ではなく、利用状況を把握する)。

東日本大震災の直後には、NASの電源障害やデータ保護の話を書いていただいています(フェイルオーバー&RAID6でデータをしっかり保護 バッファロー「TeraStation PRO TS-QVH4.0TL/R6」)。あと覚えてるのが、「実家にVPNルーターを置くと便利」という話で、当時すごくページビューよかったです(5千円で買えるコレ(Archer C1200)を実家に置くと、親は喜ぶし、外のWi-Fiから安全にネット接続(VPN)できるから一石二鳥な件)。

最近では、コロナ禍の在宅ワークと自宅Wi-Fiの重要性みたいな話も書いていただきました(テレワークの悲劇! ビデオ会議なのにWi-Fiが届かない!?)。なんというか、そのときどきの社会との関わりみたいなのをずっと追っていただいてると思ってるんですけども。

清水:最初のコンテンツフィルターに関しては、ルーターにそういう機能が載ってきたのと、当時自分の子どもがそういう年齢になってきたというのがありました。だから、こうしたネタって、本当に「自身の回り半径5mぐらいで起きてること」で、興味があったものを取り上げてるだけで、社会的にどう、みたいな大きなことまで意識しているわけじゃないんですよね。

鈴木:ちなみに、当時のコンテンツフィルターは使い物になりました?

清水:いや、なかなか厳しかったですよ。そもそも、記事としては取り上げたけど、実際には子どもにそのままインターネットを使わせていました。子どもが賢さを持つようになった方が健全だと思うんですよね。あまり機械的にやらない方がいいと思う。

鈴木:子どもの「LINE使いたい!」要求に応えられる親になる」でも、そのようなことを書いてましたね。

清水:SNSネイティブの世代はすごいと思います。うちの子も含まれるわけだけど。

これからに向けて

意味があることだけじゃなく「楽しい」ことを取り上げたい

“アメリカのホームラボとかホームネットワークみたいな文化を日本に根付かせたい。実用より、意味のないことの方がいいと思います”

鈴木:そろそろ締めに向かって、これからの展望の話を伺いたいと思います。

清水:僕としては、さっき言ったように、アメリカのホームラボとかホームネットワークみたいな文化を日本に根付かせたいと思っています。

特に今はミニPCがいろいろ出てるから、ああいうのをサーバーにして、常時つながってる回線を使って、何かを動かして遊ぶみたいなことを提案したい。例えばゲームサーバーを立てるとか。実用というよりは趣味の世界で。意味のないことの方がいいと思います。

あと、僕はやっぱり、外のインターネットからみんなが使っていて、自分自身は積極的に使ってなくても動いてる感があるものが面白いと感じます。例えば、ブロックチェーンの計算もそうだろうし、IPFSの分散ストレージとかもいいだろうし、Mastodonのインスタンスを立てるとかも。

というのも、でき上がって何かに使うというより、その環境を構築して運用する方が楽しいと思うから、そういうことをしたいんですよね。

鈴木:INTERNET Watchのインスタンスなんてものありかもしれないですね。あと、媒体としては動画配信なども増やしていきたいと思いますが、動画だと、サーバーを立てるというよりはYouTubeでいいか、という感じになってしまいますね。

清水:動画もやっていきたくはありますね。YouTuberでWi-Fiルーターのレビューを公開している人もいて、結構見られているようですし。

鈴木:サーバーの記事なんかを、分かりやすく動画にすると面白いなと思ったりもします。

清水:いや、僕は、ダラダラと夜8時ぐらいからのライブ配信で、よしサーバーみんなで作ろうぜ、とかやりたい(笑)。まあ、それがビジネスとして成り立つかどうかは、ちょっと別の話ですけどね。

いずれにしても、実用的なのもいいんだけど、「楽しい」ことを提案できたらいいなと。現状の連載も、基本的には僕の好きなことを取り上げて書いているだけなので、それを読んで楽しんでいただけたら、嬉しいですね。

僕は「ジャーナリスト」じゃなくて「コラムニスト」

鈴木:うまくまとまりましたね。これから先、2000回も期待しております(笑)。

清水:2000回だと70歳になっちゃうよ(笑)。でも、先輩のライターだと、山田祥平さんは70歳になっても同じスタイルで書き続けていそうな気がしますね。

僕は、法林さんは直系の師匠なので別格として、山田祥平さんとスタパ斉藤さんを尊敬してます。自分はジャーナリストじゃなくてコラムニストだと思っていて、人を楽しませようとか、何かを提案しようと思って書いてる人が好きです。そうした路線の大先輩だと思っているのがお2人です。

山田先生は最近コラム的な感じでずっと書いていらして、とてもいいですよね。スタパさんのスタイルはユニークで、本当にすごくて、いつ読んでも面白い。自分も、報道というよりは、面白いものを広めていきたいと思ってやっています。

鈴木:ちょっと、2000回も現実味をもって見えてきた気がしますね(笑)。本日は、ありがとうございました。

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