ロシアが4月から国連安保理事会の議長国に就任したことを受け、欧米諸国では「ウクライナに侵攻し、戦争犯罪を繰り返すロシアが国連安保理議長国に就任するのは冗談以外の何物でもない」といった囁きが聞かれたことはこのコラム欄でも紹介した。欧米諸国では「ウクライナ戦争を通じて、国連が世界の紛争解決の機関として無能であることを示した」として、国連の改革を求める声が高まってきている(「露の安保理議長国就任は『冗談』か」2023年4月5日)。
全てがそうであるように、既成の権限を享受する国はそれを失うかもしれない改革など願わない。常任理事国として拒否権を保有するロシアや中国だけではない。米国、フランス、英国も程度の差こそあれ同じだろう。国連が外交舞台とすれば、外交は国益を守ることが第一となる。当然のことだ。
ところで、「イラン・フロント・ページ・ニュース」(IFPニュース)が4月25日のウェブサイトにロシアを支援するような記事を掲載していた。曰く、「ロシアは国連本部をニューヨークではなく、より中立的な場所、例えば、ウィーンかジュネーブに移転することを願っている」と主張したロシア外務省の話を紹介していた。ロシアは第2次冷戦時代に適した国連改革案を提案したつもりかもしれない。ロシア外務省国際機関局長のピョートル・イリチェフ氏がタス通信(TACC)に語ったものだ。
IFPの記事には潜在的国連本部としてオーストリアの首都ウィーンとスイスの都市ジュネーブの名前が挙がっていた。基本的には国際機関の誘致に積極的な欧州の両都市としてはロシア側の提案は大歓迎かもしれない。ジュネーブは国連の欧州本部であり、ウィーンにはドナウ川沿いに近代的な国連都市がある。国際原子力機関(IAEA)や国連薬物犯罪事務所(UNODC)、国連工業開発機関(UNIDO)などが本部を構えている。ウィーンとジュネーブは国連都市としてライバル関係だ。国連機関の誘致問題がテーマとなれば、常に声がかかる。国連本部が移転するとなれば、両都市の誘致合戦はヒートすることは間違いない。
ところで、ニューヨーク国連本部の移転を提案した張本人のロシア外交官はその可能性を悲観的に考えているというのだ。その理由として、「まず、多くの加盟国はニューヨークを離れたいとは思っていない。彼らは既にニューヨークに多くの不動産を保有しているからだ」と、財政的および経済的性質の理由を挙げ、「わが国の提案は目下、大多数の加盟国から支持されていない」と説明している。少々、冷淡過ぎる。
それでは、なぜロシアは非現実的だと考えている提案をあえてするのか。理由は明確だ。ロシアのセルゲイ・ラブロフ外相の代表団は、4月24日と25日の安保理のイベントに参加するためにニューヨーク入りする予定だったが、米国側はビザ発行を遅らせたうえ、ロシアのニュースメディアの代表者にビザを発行しなかったからだ。米国は今回の対応について何も説明していない。ラブロフ外相は、「米国はわが国に怯えている。わが国は米国の今回のやり方を忘れたり許したりしない」と米国を脅迫している。同外相の怒りがニューヨークに本部を置く国連を「もっと中立な場所に引っ越しすべきだ」という提案になったのだろう。
ラブロフ外相は24日、「効果的な多国間主義」に専念する安保理セッションの議長を務めたが、「不従順な者を罰することによってその優位性を主張しようとする絶望的な試みの中で、米国はグローバリゼーションを破壊しようと動いている。現在、米国とその同盟国は、彼らに異議を唱える者をブラックリストに載せ、我々と一緒にいない者は我々に反対していると世界に告げているが、欧米の少数派に全世界を代弁する権利はない」と熱弁をふるっている。
ラブロフ外相は国連改革にも言及し、「西側諸国は国連の事務局やその他の国際機関を乗っ取ることで、国連を服従させるために厚かましい試みを行っている」と指摘、「真の多国間主義は、国際関係における多極化に適応することだ。安保理はアフリカ、アジア、ラテンアメリカの代表を増やすべきだ」というのだ。
ラブロフ外相は安保理の改革に言及していたが、国連機関が紛争解決に無能なのは多国間主義が機能しいないためではなく、常任理理事国のロシアと中国が拒否権を行使し、紛争解決を阻止しているためだ。ロシアは昨年2月24日、ウクライナに軍事侵攻し、多数の民間人を殺害してきた。ロシアの行動は誰が見ても主権国家への侵略であり、国連憲章の精神を蹂躙している。それを棚に上げ、ラブロフ外相は欧米諸国を非難している。本末転倒だ。
ちなみに、将来の国連本部の候補地に挙げられたウィーンとジュネーブはロシア外務省の提案に対して沈黙している、というより無視している感じだ。ロシアは国連機関の機能解決には関心はなく、自国の権限維持にあることが見え見えだからだろう。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2023年4月27日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。