ベローチェの朝

デイリーポータルZ

朝、ベローチェに開店待ちの行列ができている。

私は朝、ベローチェに並んだことがない。わざわざ並んでベローチェの開店を待つとはどういうことなのか?

1980年、東京生まれ。片手袋研究家。町中で見かける片方だけの手袋を研究し続けた結果、この世の中のことがすべて分からなくなってしまった。著書に『片手袋研究入門』(実業之日本社)。

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なんでわざわざ並んでるの?

週に一度、早朝バイクに乗って出かける用事があるのだが、目的地到着までに通り過ぎる幾つものチェーン系カフェに、開店待ちの列ができている。

私の観測範囲だが、列はベローチェに多い気がする。

開店20分前くらいから並んでいることもあるし、「たまたま並んだ」というより「並ぶという明確な意思」を感じる。

それに気づいた時、失礼ながら疑問を抱いた。

観光地のスタバとかでもない限り、チェーンのカフェはいつでも気軽に入れるのが良いところ。それなのに、開店前からわざわざ並ぶ必要があるのか?朝一番なら開店からしばらくは、ゆっくり席が取れるはずだ。

気になって知人にも聞いてみるが、皆「並んでる人なんかいる?」という答え。いや、いるんだよ!

そうやって何年間も列を見ているうちに、私はいつの間にか傍観者でいられなくなっていた。

(朝限定のサービスでもあるのか? だとしたらそれは何なんだ?それを知らずに死ぬ人生で良いのか? 並びたい。そして行列の先の光景を見たい)

日増しに私の思いは強くなり、遂に…。

並んだ先にある光景を見たい

仕事が休みの月曜日。6:00にセットした目覚ましで布団から出る。最寄りのベローチェの開店は7:00。身支度を済ませ自転車にまたがり、店舗に向かう。

6:40到着。行列はなかった。

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いつもなら列ができてる時間なのに、なんで今日に限って…。ありがちな展開にずっこける

「ちくしょう! 俺は並びたいんだよ! ベローチェに並ばせてくれ!」。いつの間にか良く分からない欲望に支配されている。落ち着け。すぐ近くにも行列を確認している店舗がある。

すぐに向かった2軒目。おお、並んでる。ありがとう、ありがとう!

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並べるぞ!この時点で6:45。開店15分前

平静を装い、行列の最後尾につく。私は7番目だ。私以外は皆、スーツに身を包み出勤前のバシッとした雰囲気を漂わせている。近所のおっちゃんがスポーツ新聞片手に待ってる感じではない。

私の後ろにさらに3人並び、行列は10人に達した。昼間でもなかなかの数だが、まだ早朝と言って良い時間なのだ。

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帰り際に撮影

モーニングセットのノボリが目に入る。美味しそうだしお得だけど、これだけのために並ぶだろうか?

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遂に開店

そしていよいよ開店。先頭の男性に続き皆、淀みない動きで入店していく。“その時”を見逃してはいけない。きっと朝限定の何かがある。前の人達のオーダーに意識を集中する。

「ブレンド」
「アメリカン」
「ロイヤルミルクティー」

モーニングセットを頼む人は誰もいない。皆ドリンクだけオーダーして、迷うことなく席を選び座っていく。やはり常連さんなのだろうか?なかでも先頭の人が、そもそも誰も選ばなそうな狭い席に急いで座ったのには驚いた。

私も流れを途切れさせないよう、トレイを持って2階席に座った。

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え? 別に何もない? おい、何もないじゃないか!

特別なサービス等を期待していたのに、完全なる拍子抜け。休みの日にわざわざ来たのに。だがモーニングセットを頬張りながら、しばらく店内の様子を観察してみて分かった。

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結局モーニングセットを頼んでしまった

多分みんな“何か”を求めて並んでたんじゃない。

クラシックが静かに流れる店内。何となく等間隔に距離を取り、静かにコーヒーを飲む人々。新聞を読んだり、パソコン作業したり、ただボーっとしていたり。窓から差し込む光で、机の表面が徐々に温かくなってくる。

高校生の時。朝、早く着きすぎて教室には数人しかいない。やがてガヤガヤと同級生が登校してくる前にだけ流れる、まだ混ざり切っていない温かで不思議な空気があった。

あれと同じ空気が、ベローチェの店内にも流れていた。

恐らくこの空気は、町が完全に動き出す前、開店直後から僅かの間にしか味わえない。

そしてそれは、店員さんとの距離が物凄く近いわけでもなく、ある程度広さもあるチェーン系カフェならではのものだ。

わざわざチェーン系カフェの開店待ちに並んで手に入るもの。それはずっと何かをしなければいけない人生にふと入り込む、何もない時間であった。

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良い時間過ぎて、思わず席から朝の空の写真なんか撮ってた

翌朝。バイクでこのベローチェの前を通りかかったら、昨日と同じように開店を待つ人々がいた。だが私ももう、「行列の先の光景」を知っている。

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