20歳の時に事故で手足を3本失った山田千紘さん(31)は今夏、富士山登頂に挑戦する。登山の経験はほとんどなく、様々な面から準備を進めている。その中で「頼もしく、素晴らしいパートナー」だと話すのが、登山用に作った特別な義手だ。
登山にあたって義足をどうするかは考えていたものの、義手を工夫することは考えていなかったという山田さん。一体どんな経緯で誕生したのか。実際に練習の登山で使った感触も交えて語る。
【連載】山田千紘の「プラスを数える」~手足3本失った僕が気づいたこと~ (この連載では、身体障害の当事者である山田千紘さんが社会や日常の中で気づいたことなどを、自身の視点から述べています。)
富士山に登るために生まれた「ストックつきの義手」
「富士山プロジェクト」と呼んでいますが、2023年8月に富士山に登ることを去年決めました。これまでも右手と両足の3本がないこの体でいろんなことに挑んできましたが、その中でも富士山は大きなチャレンジです。登山の経験自体ほとんどありません。
義肢メーカー・オズールジャパンの協力を得て、登山用の義手を作りました。日常生活で使っているのは装飾義手といって見た目のリアルさにこだわったもので、特に機能はありません。新たに作ったものは、義手自体がトレッキングに使う長いストック(杖)になっています。
残っている左手だけでは自力で踏ん張れなかったり、バランスを崩した時に体勢を保てなかったりしました。常に体の軸を垂直に近くしないといけなかったけど、このストック義手なら直接地面をつけるので、多少体が傾いても立て直せるし、右側に倒れそうになっても踏ん張れます。
ストックの長さも変えられます。登山は上りと下りで必要な長さが違って、上りの方が短い。地面を強くつきたいし、高いところに置きたいからです。逆に下りは低いところをつきたいから長めです。長さ調節は1人で左手だけでできます。
富士登山のことを考えるにあたって、当初は「義足をどうするか」の発想しかありませんでした。義足をどうするかは今も試行錯誤を続けています。一方で、義手を工夫することは考えていませんでした。
その認識が変わったのは、去年10月に御巣鷹山に登った後です。登山中に「右腕があったらな」と思う場面が結構ありました。急斜面や足場が悪いところがあり、同行した人に体を支えてもらったけど、自力で支えられればそれがいい。
僕は腕だけでなく両足もないので、体勢を崩しやすいです。左側につかむものがある場所なら支えにできるけど、ない場所の方が多い。だったら少なくとも、左手にはストックが必要だと思いました。
一方、体が右に傾いたら、右手がないのですぐ倒れそうになってしまいます。かと言ってストックを握ることはできない。どうすればいいだろうと思い、義足メーカーに「自力で体を支えるために右手を使えませんか」と相談しました。メーカーも同じことを考えてくれていて、義手の重要性を教えてもらうとともに、登山用の義手を作ってみると提案してもらいました。そしてできたのが今回のストック義手でした。義手が大事だというのは当時の僕にとって盲点でした。