神戸市・高取山の山頂に高取神社という神社があり、そこに向かう参道にはいくつかの山茶屋が点在している。
そういう場所で酒を飲むのが好きな私にとっては夢のような一帯なのだが、その中に一年のうち正月だけしか営業しないレアな茶屋がある。いい店なので紹介したい。
閉業した山茶屋が年に一度だけ開く時
神戸市の長田区と須磨区にまたがる高取山には何度か登ったことがある。たまに六甲山山系の山茶屋に飲みに行っている私に「高取山には茶屋がいくつもあるんですよ!」と教えてくれた友人がいて、「それなら行ってみよう」と登ったのが最初だった。
標高328メートルと、それほど高い山ではないのだが、日ごろまったくと言っていいほど運動しない私にとっては息の上がる道のりで、でも友人が言った通りいくつもの魅力的な山茶屋があって、そこで休憩した時間は心に残った。
で、さらにその後、私に高取山のことを教えてくれたのと同じ友人が「高取山には正月しか営業しない茶屋があるんです!」と追加情報をくれた。そう聞くと行ってみたくなるではないか。そこで、2022年、つまり去年の正月に再び高取山へ登ることにした。その結果、無事、正月だけしか営業しないその茶屋に行くことができ、お酒を飲んだりおつまみを食べたりして、素晴らしい時間を味わった。
それからあっという間に1年が経ち、私は今年の年始に再びその茶屋を訪ねることにした。これからその模様をお伝えいたします。
高取山の茶屋は山頂にある高取神社の参道沿いに建っている。そこに行くのにはいくつものルートがあるが、高速長田駅や西代駅から徒歩で30~40分ほどというのが最も楽な行き方らしい。今回は高速長田駅で降りてそこから歩くことにした。
スマホのナビを頼りに駅から15分ほど歩いていくと、「初詣 高取神社」と書いた看板が見えてきた。
その先は住宅の並ぶ間を抜ける細い道を歩いていくことになるので、「本当にここでいいのかな?」と少し不安になるが、しばらく行くと「高取山頂」とある案内表示が立っていた。
徐々に山道らしい雰囲気になってくる。斜面も急なので早速息が上がり、心臓がバクバクいっているが、たぶんこれは登山の中ではかなり楽な方じゃないだろうか。道も舗装されているし。
頑張って登っていくと最初に目に入ってくるのが「清水茶屋」の建物。しかしここは早朝からお昼までの営業らしく、私は一度も入れたことがない。
卓球場が併設されている「中の茶屋」、そしてここも早い時間帯に営業している「安井茶屋」の脇を通っていく。
そこから少し歩くとたどり着くのが目的地である、正月しか営業していない「潮見茶屋」だ。手前にメニュー兼看板が出ている。
その看板の前で参道から逸れていくとすぐ、「潮見茶屋」の建物が見える。斜めになった木が小屋にのしかかるような、ちょっと驚く外観だ。
ドアを開けて入っていくとお店の方が「いらっしゃい」と出迎えてくれた。よかった。今年も来ることができた。一年前と同じ、なんとも心地良い空間がそこにある。
缶ビールと、おでん鍋の中から大根とちくわをいただいた。
だしのしっかり沁みたおでん。冷えた缶ビール。これだ。これだわ。昨年ここに来た時にお店の方に聞いたところ「元旦から3日か4日まで、午前中から暗くなるまでやっています」とおっしゃっていた。
しかし今年はそれに加え、1月いっぱいの日曜日は営業することにしたそうで、三が日にバタバタと用事があった私がここに来れたのはその追加営業のおかげだった。
喉の渇きもあって、あっという間に缶ビールを飲み切った。さてと次は何を注文しよう……と思うが、一度店を出ることにした。まずは山頂の神社にお参りして、帰りにまたゆっくり寄ろうと考えたのである。
一休みしたことで体力が回復し、山頂までは一気に登ることができた。
高取神社からの眺めは素晴らしい。神戸市街地と海が眼下に一望できて、「うおー!今年も始まったー!」という気持ちが高まる。
先ほどは触れなかったのだが、高取神社へ続く石段の手前には「月見茶屋」という、ここもまた素晴らしい茶屋があり、餃子が名物である。私はこの月見茶屋の餃子が心の底から大好きなので、開いていれば寄らざるを得ない。
お店を一人で切り盛りするお母さんにかわって常連さんが私のもとまで運んできてくれた餃子。6個で360円だ。
月見茶屋の店内にはご常連さんたちが入れ代わり立ち代わりやってきて、みんな思い思いのタイミングで好きに飲んで帰っていく。私のような(ほぼ)一見の客が来れば、常連さんが色々教えてくれる。店の外にあるテラス席で宴会をしているグループもいて、賑やかでのんびりしていて、好きな雰囲気だ。
また餃子を食べに来ようと心に誓いつつ、外へ出る。山を少し下り、再び正月限定営業の「潮見茶屋」へ。当然だが、さっきと同じく、小屋には木がよりかかっている。
店に入ると、テーブル席に友人がいたので驚いた。私にこの茶屋のことを教えてくれた人で、この正月、二度目の来店とか。
この「潮見茶屋」に毎年正月に来続けているという友人と一緒に、お店の方にお話を聞いた。
――年に一度の営業はずっとやってらっしゃるんですか?
「もう20年ぐらいですかね。初めの方は(正月以外の)土日もちょこちょこ開けてたんですけど。二人とも仕事もあったりとか、なんやかんやで。でもとりあえず正月だけは」
――なるほど、普段は別のお仕事があるわけですね。
「そうなんです。こことはまったく関係なく、建築関係の仕事をしていて」
――でも、このお店の中、すごくきれいですよね。普段もお手入れをしているんですか?
「そうそう、手入れはしてますねー!」
――このお店の脇の木って、ずっとこういう状態なんですか?
「これ途中で傾いて、何年前ぐらいかな?5年ぐらい。台風の時かなんかに倒れてきて、ちょうどここで止まったんですよ(笑)」
――もともとは真っすぐ生えていたんですか?
「そうです。でも上の方を切ったらちょっと重さが減って起き上がって、一応お店には接してない状態なんですよ」
――そうなんですね。
「まあ、もうちょっと切って軽くしようかとは思ってるんですけど、これはこれで味があるかなと思ってね(笑)」
――ははは。味ありますね、たしかに。
「ここはもともと主人の実家で、おばあちゃんの代からずっとお店があったので、絶やさず続けるだけ続けていこかーという感じで」
――そうなんですね。
「特に正月はみなさん参拝しに来られるから、恒例行事と言うか、正月だけは必ず開けようと思ってね」
――今年は1月いっぱいやるんですよね?
「そうですね。29日の日曜もやります」
――しかし、おでんにしても、飲食のお仕事をされてないとは思えないほどどれも美味しいですね。去年いただいた中華そばがとても美味しくて。
「ありがとうございます!」
――今年も中華そばをいただいていいでしょうか。
「はい!お待ちください」
……うまい。幸せだ。この場所がこうして残っているのも、ご夫婦が潮見茶屋を守り続けているおかげだ。
「また来年の正月に来ますー!」とご夫婦にご挨拶し、店を出た。
神社にお参りして帰るという友人と別れ、一人で山を下る。その途中、「中の茶屋」の中を外からのぞいたら、お客さんに手招きされた。よし、寄っていこう。
ここには前に一度入ったことがあり、お店のお母さんに気さくに迎えてもらった。
この、中の茶屋もまた大正時代から続く古い店だそう。今お店に立っているお母さんは、もともと卓球好きでここ頻繁に通っていた常連客だったのだが、先代の店主の引退を機に、営業を引き継いでいるのだとか。そんなことがあるんだなー。
店内にあるカラオケセットで歌声を披露してくれた。
ご常連さんに混ざって私も一曲歌った。まさか山の上で歌うことになるとは。
その後、ご常連さんたちとみんなで記念撮影をして、LINEを交換し、一緒に下山した。
と、こんな風に、正月にだけ出会える「潮見茶屋」をはじめ、高取山の茶屋はそれぞれに個性的で楽しいのだ。また来よう。