英日刊紙「ガーディアン」(12月20日オンライン版)とのインタビューで、ロシアを追放されたユダヤ教指導者ピンチャス・ゴールドシュミット元首席ラビ(Pinchas Goldschmidt)は、「ロシアのユダヤ人がウクライナ戦争によって引き起こされた困難や苦難のスケープゴートにされる可能性がある」と警告し、ユダヤ人にロシアを去るように忠告している。
ゴールドシュミット師は、「ロシアは歴史的に、政治体制が脅威にさらされるとユダヤ人コミュニティに大規模な怒りと不満をぶっつけてきた」という。同師によれば、ロシアの反ユダヤ主義は拡散し、ロシアは新しい種類のソビエト連邦に戻ると予想している。
以下、ガーディアン紙のインタビューの概要をまとめた。
ゴールドシュミット元首席ラビは昨年7月、モスクワの主任ラビを辞任し、ロシアのウクライナ侵攻への支持を拒否した後、亡命した。反体制派に対する抑圧的な措置のために、彼がモスクワの首席ラビとして働き続けていたら、ユダヤ人コミュニティにとって問題だったという。
ロシアのユダヤ人は、過去100年間で数万人が移住した。移住先については、最初はヨーロッパとアメリカ、最近ではイスラエルという。1926年の国勢調査によると、267万2000人のユダヤ人が当時のソビエト連邦に居住し、そのうち59%がウクライナに住んでいた。今日、総人口1億4500万人のうち、ロシア連邦に住むユダヤ人は約16万5000人に過ぎない。
ゴールドシュミット師は、「戦争が始まって以来、モスクワからのフライトは少なく、テルアビブへの航空券の価格は約4倍に跳ね上がった。居住していたユダヤ人の25~30%は既に去ったか、今後そうする予定だ」と述べた。ロシア政府は昨年7月、イスラエルへの移民を促進する非営利団体であるユダヤ機関のロシア支部を閉鎖した。全部で約20万人のロシア人が国外に逃亡したと考えられており、「プーチン大統領が昨年9月21日、部分的動員令を発布して以来、その数は急増していった」という。
同師によると、ロシア社会には「クレクル」(Creacle)と呼ばれる、ビジネスや文化のリーダー、知識人、芸術家の創造的な階級があるが、それらの人々の大部分がロシアを離れてしまったという。「これは、現在も将来も、ロシア社会に非常な損害を与えるだろう。現在、彼らはドイツ、オーストリア、ルーマニアで難民となっている」と説明した。
.ウクライナでは過去、1800年代後半のポグロム(破壊)から第2次世界大戦中のナチス虐殺まで、反ユダヤ主義の長い歴史がある。これらの中で最も悪名高いのは、1941年にキエフのバービーヤルでの3万3000人のユダヤ人虐殺だ。ウクライナの歴史を考えると、ユダヤ人であることを秘密にしなかったゼレンスキー氏が70%以上の支持を得てウクライナ大統領になったことは注目に値するという。
参考までに、ウクライナには少なくとも2人の民族解放者、英雄と呼ばれる歴史的人物がいる。1人は民族主義者ステパーン・バンデラ(1909年~1959年)、もう1人はボフダン・フメリニツキー(1595年~1657年)である。前者のバンデラの50年の生涯を「ナチ崇拝者」、「戦争犯罪者」と切り捨てることは難しい。バンデラの母国ウクライナでは東部と西部でその評価が全く逆だ。ウクライナ東部ではバンデラはナチスの協力者であり戦争犯罪者と見なされる一方、ウクライナ西部では、彼は国民的英雄として多くのウクライナ人から尊敬を受けている、といった具合だ。(「『英雄』を必要とする国は不幸か?」2022年7月6日参考)。
ゴールドシュミット師は、「プーチン大統領は『ウクライナはネオナチに支配されている』と主張するが、まったくナンセンスだ」と述べた。同時に、「ゼレンスキー大統領は自身がユダヤ人であることをどのように感じているのか分からないが、イスラエルに助けを求めるためにユダヤ人のカードを利用している」と受け取っている。
ゴールドシュミット師は、「ロシアのユダヤ人は不確かな未来に直面している。一方、長い間、ユダヤ人の聖域と受け取られてきた米国でも反ユダヤ主義が台頭している」と指摘し、反ユダヤ主義の台頭は世界的な現象だと警告を発している。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2023年1月4日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。