ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡の命名が同性愛嫌悪をめぐる争いに発展した経緯とは?

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by NASA’s James Webb Space Telescope

2021年12月25日に打ち上げられたジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡は、2022年7月に本格的な稼働を開始して以来さまざまな発見や貴重なデータを科学界にもたらしています。しかし、ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡の名前の元となったNASAの2代目長官であるジェイムズ・E・ウェッブは同性愛嫌悪者であると主張する声があることから、命名には一騒動あったとThe New York Timesが伝えています。

How Naming the James Webb Telescope Turned Into a Fight Over Homophobia – The New York Times
https://www.nytimes.com/2022/12/19/us/james-webb-telescope-gay-rights.html

NASA investigates renaming James Webb telescope after anti-LGBT+ claims
https://doi.org/10.1038/d41586-021-02010-x

同性愛嫌悪者ではないかとの議論の渦中にあるジェイムズ・ウェッブですが、差別主義者として一面的に評価できる人物ではありませんでした。ジョン・F・ケネディ政権下でNASAの長官に任命されたウェッブは、黒人のエンジニアや科学者をNASAに迎え入れており、人種差別的な政論を展開していたアラバマ州知事から黒人の登用をやめるよう圧力を受けた際には、「アラバマ州にあるマーシャル宇宙飛行センターから有能な科学者を中央に引き抜くぞ」を脅しをかけたという記録が残っています。


しかし、トルーマン政権下で国務省次官を務めていたウェッブは、人種差別とは別の問題に直面しました。それが、同性愛差別です。当時、反共産主義の先頭に立っていたジョセフ・マッカーシー上院議員ら率いる共和党右派のグループは、国務省を攻撃して、共産主義者や当時は「変質者」扱いだった同性愛者をあぶり出そうとしていたとのこと。

南フロリダ大学の歴史学教授で、同性愛差別についての書籍「The Lavender Scare」の著者であるデビッド・K・ジョンソン氏は、自著に「赤狩り(Red Scare)と同じく、ラベンダー狩り(Lavender Scare)はルーズベルト大統領の政治的遺産への攻撃でした」と記しています。

こうした時流に対してウェッブがどのような態度を取ったのかについては、はっきりとは分かっていません。トルーマン大統領はウェッブに「共和党の調査を遅らせるように」と助言しましたが、ウェッブは法的な命令に公然と逆らったりはしなかったとのこと。またNASAには、ウェッブが上院の調査官に人事ファイルを提出しなかったという記録が残されています。

同性愛者を排斥する「ラベンダー狩り」により、20年間で5000人とも1万人とも言われている同性愛者の職員が政府から追い出され、キャリアを狂わせられました。その中には、同性愛行為の容疑で警察に逮捕されたNASAの予算アナリストであるクリフォード・ノートンもいます。ウェッブがノートン逮捕にどのように反応したかのか、ノートンをかばったのかどうかなどは不明ですが、ノートンはこの逮捕により職を追われました。


このような同性愛差別が公然と行われた時代があったことは、NASAにとって大きな汚点です。NASAのビル・ネルソン長官は、2022年11月19日に発表したレポートの中で、「何十年もの間LGBTQI+の連邦政府職員に対する差別が単に容認されただけでなく、恥ずべきことに、連邦政府の政策によって助長されてきました。第二次世界大戦後に起こったラベンダー狩りは、アメリカの物語とLGBTQI+の権利のための闘いにおける急所です」と認めました。

しかし、「ウェッブが性的指向を理由に公務員を解雇する施策の主導者または支持者であったという証拠は発見されませんでした」とも述べて、ウェッブが同性愛差別に加担したとの疑惑を否定しています。

また、人種差別に厳然と対応した姿勢を評価する声もあります。アメリカ黒人物理学者協会(National Society of Black Physicists)の会長を務めるハキーム・オルセイ氏は、「ウェッブの公正な評価は、人種分離主義者の知事に立ち向かう意志にあります」と指摘した上で、「南部出身の私にとって、当時ウェッブは英雄的でした」とコメントしました。


一方ウェッブへの批判者は、NASAや国務省で行われていた同性愛差別をウェッブが黙認していたと糾弾しています。科学ジャーナリストのマシュー・フランシス氏はForbesに寄稿した2015年の記事の中で「ウェッブは国務省で反ゲイ粛正を主導しました」と非難し、ウェッブを「同性愛嫌悪者」と断じました。

科学界からもウェッブを非難する声は根強く、2021年5月に4人の天文学者がジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡の名称変更に関する請願を開始したところ、望遠鏡を用いた観測時間で受賞された科学者を含む1250人分の署名が集まったとのこと。4人の天文学者らはまた、ウェッブが国務省にいた際に、「同性愛者と性的倒錯者の問題」というタイトルのメモを、同性愛者差別の先頭に立っていた議員に渡したことを示す記録があると述べています。

これに対し、ウェッブが何千もある政府機関の1つに勤めている職員が同性愛差別で失職したことを知らなかったとしても無理はないとの声もあります。ジョンソン氏は「ウェッブが声を上げるべきだった言う活動家は時代錯誤です。当時は政府の誰も立ち上がって『これは間違っている』と言うことはできませんでした。それは、ゲイの人たちも同じでした」と話しました。

こうした議論について、The New York Timesは「この論争は、誰が功績をたたえられるのにふさわしいのか、過去の人類の偉業と現代の社会正義との間でどうバランスを取るかという難題の核心に迫るものです。また、過去の時代や人々を現代の道徳的なレンズで見る『現代主義(presentism)』をめぐって歴史家の間で繰り広げられている激しい論争の合わせ鏡でもあります」と結論付けました。

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