プーチン「冬将軍」の到来に期待?:ロシア軍のインフラ破壊攻撃の傷跡

アゴラ 言論プラットフォーム

ウクライナのゼレンスキー大統領は26日、首都キーウの電気が依然回復せず、全市が停電状況であることに苛立ち、キーウ市当局に、「もう少し能率的に仕事して早急に電力を回復してほしい」と厳しい注文をつけた。同大統領の注文はキーウ市のヴィタリー・クリチコ市長への批判とも受け取られた。ゼレンスキー大統領が国内の指導者や閣僚を公の場で批判することはこれまでなかった。それだけに、今回のキーウ市当局への批判はメディアでも大きく報道された。

1932年~33年のホロドモール(大飢饉)90年目の追悼式に参加したゼレンスキー大統領とオレナ夫人(2022年11月26日、ウクライナ大統領府公式サイトから)

クリチコ市長は元プロボクサーで世界ヘビー級チャンピオンとして有名な人物だ。年齢的にもゼレンスキー大統領とほぼ同世代の若手政治家だ。その市長に対して、「もう少し迅速に電力を回復すべきだ」と批判とも受け取られる発言をしたわけだ。両者間に知名度でライバル意識がないわけではないが、最大の原因はロシア軍のインフラ破壊攻撃だ。マイナスの気温で停電し清潔な水もない状況下に置かれれば、普通の人間なら不満の一つや二つ飛び出すのはあたりまえだ。クリチコ市長は、「政治的紛争に巻き込まれてはならない」と慎重な姿勢を見せている。

幸い、ロシアによる大規模な攻撃から4日後の27日、キーウのほぼ全域で電力が復旧した。電力、水、熱、モバイルネットワークは回復した。ウクライナ軍当局はTelegramニュースチャンネルで発表した。

過去1カ月半にわたり、ロシアは発電所、変電所、水道インフラをドローンやロケット弾、巡航ミサイルで攻撃してきた。何十万もの世帯で、電気、暖房、水道が少なくとも一時的に停止状況に陥った。破壊の規模は甚大だ。修理は複雑で費用がかかるため、欧州委員会はすでに25億ユーロの援助をキーウに送金している。なお、ゼレンスキー大統領は攻撃を非難し、国連安保理でロシアを「人道に対する罪」と批判している。

ロシア軍のインフラ攻撃はウクライナだけではなく、欧州の最貧国、隣国モルドバにも影響を与えている。ウクライナが停電すれば、モルドバの電力ネットワークも影響を受け、停電する。モルドバはロシア産の天然ガスに依存しているが、ロシア側はここにきて供給量を半減。ガス代はウクライナ戦争前の7倍に急騰し、電気代を払えない国民が急増。欧州連合(EU)はモルドバに対してこれまで2億5000万ユーロを緊急支援したが、モルドバ側はさらに4億5000万ユーロの緊急支援を要請しているところだ。

ちなみに、モルドバのマイア・サンドゥ大統領は今年3月3日、EU加盟申請書に署名し、それから3カ月後、ブリュッセルはモルドバの加盟候補国入りを認めた。急テンポだ。ただし、モルドバはウクライナのようには北大西洋条約機構(NATO)の加盟は願っていない。国内にロシア系少数民族が住んでいることから、プーチン大統領を刺激したくないという政治的判断が働いているものと推測される。

ウクライナ南部に接するモルドバ東部のトランスニストリア地方の治安は不安定だ。5月6日夜には爆発事件が起きた。トランスニストリア地方はウクライナ南部のオデーサ地方と国境を接し、モルドバ全体の約12%を占める領土を有する。モルドバ人(ルーマニア人)、ロシア系、そしてウクライナ系住民の3民族が住んでいる。同地域にはまた、1200人から1500人のロシア兵士が駐在し、1万人から1万5000人のロシア系民兵が駐留。ロシア系分離主義者は自称「沿ドニエストル共和国」を宣言し、首都をティラスポリに設置し、独自の政治、経済体制を敷いている。状況はウクライナ東部に酷似しているわけだ。

12月に入り、気温がさらに下がり、年末から年始にかけて冬将軍の到来となれば、ロシア軍に占領されていた東部の領土を奪い返すことに成功したウクライナ軍の快進撃にストップがかかるかもしれない。停電が頻繁に起き、水道も不通となる日々が続くと、ウクライナ国民の間でも戦争に対する不満の声が高まるかもしれない。同じことがウクライナを支援してきた欧州諸国でもいえる。エネルギー危機で電気代が高くなり、物価高騰してきた欧州社会でブラックアウトが生じれば、ウクライナへの支援に疑問を呈する国民が出てくるだろう。

部分的動員で兵力強化を図ったが、期待するほどの成果がなかったプーチン大統領はナポレオン戦争やヒトラーのドイツ軍との戦い(独ソ戦)で敵軍を破ったロシアの冬将軍にウクライナ戦争と自身の命運をかけているのかもしれない。

プーチン大統領 クレムリン公式HPより studiocasper/iStock


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2022年11月28日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。

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