『ふと思った。回っているぜんまいが横についてさえすれば、何でも「ぜんまい仕掛け」で動いているように見えるのではないか。』
そんな書き出しで始まる記事が当サイトに掲載されたのは、2021年9月のことである。その後このぜんまいは「なんでもぜんまい」と命名され、このたび製品化に向けて絶賛クラウドファンディング中。
デイリーポータルZとしても当サイト発のこのプロジェクトをぜひ応援したく、この記事では関係者3人にその開発秘話を聞いた。
すべてがゼンマイ仕掛けに
その「なんでもぜんまい」、改めて紹介しよう。
もちろんこれらは本当にゼンマイ仕掛けなわけではなく、電気なりガソリンなりで動いているわけだが、この「なんでもぜんまい」をつけると一気にぜんまい仕掛けのおもちゃみたいになってしまうのだ。
[embedded content]
「なんでもぜんまい」PV
そもそも、「なんでもぜんまい」はライターの斎藤公輔さんが2021年にTwitterと記事で発表したもの。
初出記事:物にぜんまいをつけると命が宿る
こちらがツイート
それが1年ちょっとの時を経て、現在クラウドファンディング中。すでに目標額は達成しているので、製品として世に出ることが確定したわけである。
今回は斎藤さんを含むプロジェクト関係者3人に、その開発秘話をきいた。インタビュアーは編集部 石川です。
参加者
斎藤公輔
デイリーポータルZライター。なんでもぜんまいの考案者で、今回のプロジェクトの監修。
※今回は不参加だが、なんでもぜんまいの開発・販売元はTFF株式会社(以下、TFF)。
高須正和
斎藤さんとTFFにケビンさんを紹介し、以降は連絡役。株式会社スイッチサイエンス勤務、ケビンさんのMakerNetにも参画。
ケビン
深圳のアート作品プロデュース会社・MakerNet代表。なんでもぜんまいの製造と、海外でのマーケティングや販売を担当。
人につけると人形に
――これ面白いですよね。斎藤さんはどんなところにつけて遊んでます?
斎藤:おすすめは家電ですね。身近なものほど愛着がわきます。あと車はめちゃくちゃ似合いますね。
――いいですね。おもちゃっぽくて。
車の後ろにつけるとこんな風に!
斎藤:外れると危ないのでかならず停車時にやってください。それから背中に付けるとぜんまいじかけの人形みたいになってカワイイんですよ。
斎藤:ただ背中に磁石を付けるのが難しくて、私はバイク用のプロテクターに鉄板を入れて付けたらぜんまい人間になれました。もう少しスマートな方法があるかも。
高須:いいですね。僕、背中に付けてセグウェイで走って動画録りますよ。深圳の町中を。
※深圳…中国の経済特区で、起業も盛んなものづくり都市。MakerNetは深圳にあり、高須さんも深圳をベースに活動。
斎藤:めちゃくちゃいいですね。一番おすすめは背中です。
――ケビンさんは?
ケビン:MakerNetでいま上海にアンテナショップを作っていて、ドアを重厚な鉄のドアにしたんです。そこになんでもぜんまいのサンプルを付けて回してたら、裏に幼稚園から子供がわーって集まってきて「なにこれ!?」って。大人気でした。
――あはは
24時間でクラウドファンディングを達成
――クラウドファンディング、一瞬で達成しちゃったんですよね。
斎藤:公開後24時間ぐらいですね。
――すごい。感想は?
斎藤:本当にありがたいです。最初にTwitterでバズってたのが去年9月で、それを見た2社から声がかかって。そのままのサイズで製品化しようと持ちかけてくれたのがTFFでした。そこから一年は表立った動きがなかったのに、覚えてて開始直後に支援してくれる方が200人もいるとは。
――その一年の間も水面下では準備していた?
斎藤:そうです。高須さんに相談して。
高須:最初相談されたとき、むちゃくちゃ面白そうなんだけど、儲からなさそうだったので(笑)、こういうプロジェクトはケビンのとこが良かろうと。MakerNetってパチパチクラッピーとかオタマトーンの海外マーケティングもやってて、製造屋さんというよりはアート作品プロデュース会社なんです。もちろん作って納品もやるけど、それだけじゃなくて自分たちの販路でも売れる。
――オタマトーンとは買う層が近そうですもんね。
高須:すでに海外で売る計画も立ててくれていて、なんでもぜんまいはもちろん斎藤さんやTFFの製品なんだけど、MakerNetとしても「俺たちのぜんまい」ぐらいに思っていて、頑張って売るぞと思ってます。
試作6モデルの歴史
斎藤:MakerNetさんと組んですごく進めやすかったです。私は3Dのデータを渡しただけで、あとはケビンのほうで量産用の設計から全部やってくれて。
高須:もちろんいろいろ相談して決めなきゃいけないことはあったけど。
――たとえば?
斎藤:たとえば電池。もともとデイリーの記事で使ったのはカメラ用の小さい電池だったんですよ。そんな電池そのへんに売ってないだろうって。
高須:製品化ってなったときに普通だと一番いいのはUSB充電だと思う。でも輸出入がやりづらくなるし、充電用の穴があると見た目が悪いよね。だから単4にしたんです。乾電池最強。
※編集部注:USB充電の機器によく使われるリチウムイオン電池は、発火リスクがあるため輸送規制があり、たいへん
斎藤:デイリーの記事のは本体が短いんですよ。電池が違うから。だから長くしてもデザイン性がいいように、新たに3Dデータを起こしなおしました。
高須:あとは表面がザラザラなの、ピカピカなのみたいな部分にもこだわってます。素材も斎藤さんから送られたサンプルは3Dプリンティングのものですが、中国で射出成形する際はいくつかの素材を試してできの良くなるものを選びました。
――良くなるというのは見た目が?
高須:見た目もそうだし、ガッチリ感とか、持ったときの感じとか。アルミか鉄かって触ればわかるじゃないですか。それと同じです。
斎藤:ほかにも落としちゃったとき電池が外れやすくないかとか。そういうクオリティコントロールは日本でやりました。どんどん製品としてブラッシュアップされていってる感じですね。
――どんどん良くなっていくのはやっぱり嬉しい?
斎藤:もちろん嬉しいですね。最初に作ったのはデイリーの記事のためで、作りっぱなしだったから。ここまで完成度が高いおもちゃになるとは思っていなかったですね。
なんでもぜんまい・試作の歴史
1 オリジナルモデル(2021/8)
・一番最初に作って、Twitterでバズったオリジナルモデル
・自宅の3Dプリンタで制作
・4LR44という小さい電池を使っており、筒の部分が短い
2 量産デザイン試作1号(2022/1)
・電池を単4に変更。DMMの3Dプリントサービスで製作
・外観は最終製品と同一だが、内部は手づくり
・一個作るのに4万円ほどかかっている(2個作成)
・斎藤さんの個展で展示
3 量産デザイン試作2号(2022/6)
・すべての量産向け設計が完了、最終デザイン確認用として中国から送られてきたサンプル
・3Dプリンタ製(未塗装)
・内部のバネ以外は製品版と同一
・これがOKであることを確認し、金型の製造が始まった
※金型…樹脂パーツを大量生産するための型
4 金型試作1号(2022/8)
・完成した金型を使って作られた最初のサンプル
・これ以降の試作は金型を使って作ったもので、ABS樹脂製
・バネを含め、すべてのパーツが製品版仕様で作られている
・衝撃で電池が外れる等の不具合があった
・MakerFaireTokyo2022で展示
5 金型試作2号(2022/10)
・電池が外れる課題対策として、電池ボックスに蓋を付けるように改良されたモデル
・それでも落下した際の衝撃で蓋ごと電池が外れることが分かったので、再度改良に向けて着手
6 金型試作3号(2022/11)
・電池の蓋にロックが付き、衝撃で外れないように改良されたモデル
・日本に未着のため詳細未確認(インタビュー時点)
上海ロックダウンの悲劇
斎藤:途中でケビンが新型コロナによるロックダウンで上海で2〜3ヶ月閉じ込められたんですよ。それでこのプロジェクトも動けなくなってしまって。
高須:ほんと申し訳ありません。超仕事モードだったら、損害賠償だ!という話になりかねない勢いで。
――ケビンさん、実際どうでした?
ケビン:単に遅れただけではなく、全く予定が立たなくなってしまったんです。「サプライチェーン」と言いますけど、製造って部品・金型・輸送・パッケージなど、様々な会社がチェーンみたいにつながって動いています。それぞれの会社が予定をやりくりすることで今のコスト構造ができているのに、その予定がぜんぶ崩れてしまったんです。
高須:この会社にはいつまでに回答するって言ってる、この会社にはいつからいつまで倉庫のスペースを空けておいてくれって言ってる、この会社には金型いつごろできるからいつから量産ねって約束してる……みたいな連鎖で成り立ってるんです。なのに各会社でそれぞれ別々のタイミングで別のロックダウンを食らったりして壊滅状態に。そういうときこそ現場見ないとわからないんだけど、ケビン自身も上海から出られないし。
ケビン: MakerNetは深圳の会社ですけど、上海にアンテナショップを出店するために、物件探して内装を作っていたんです。それでちょうど上海にいたタイミングで、ロックダウン。
高須:そうなるとケビンも、斎藤さんに「遅れてますけどこうします」っていう説明ができなくて、日本から見てると夜逃げしたと思われかねない状況になっちゃって。こういう小規模な製造業やクラウドファンディングだと夜逃げの話はよく聞いてシャレにならないので(笑)、誤解されると困るから大慌てでケビンに「進捗がないのはしょうがないけど、生存確認だけ送ってくれ」って伝えて。
斎藤:その状況でこちらがとれる手立てってもうないじゃないですか(笑)。だから見守るしかなかったですね。記事では、こういうことがあったと強調して、遅れた理由を説明してもらえるとありがたいです(笑)
――あはは。上海のロックダウンで大変だったと。太字で書いておきます。
高須:それでロックダウンが終わっても、サプライチェーンの作り直しから始まるから、また時間がかかっちゃう。
斎藤:そうしているうちに今度はどんどんドル円が安くなっていって……。
――うわ、そこか。ロックダウンで伸びたことにより、ちょっと値段が上がってたりするんですか。
斎藤:上がっちゃいましたね。予定通りのスケジュールだと1ドル120円前後だったので、そこから考えると。そこはしょうがないですね。
未然に防ぐパチモン対策
――コピー品対策に気を配られているとか。
高須:ケビンは過去にプロデュースした製品で、シャンザイ問題でめちゃくちゃ苦労しています。
※シャンザイ…山寨。中国語でコピー商品のこと。パチモン。
ケビン:実際問題として100%守ることはできないけど、できることはやります。一つは知財関係で法的に守る。
斎藤:今回でいうと、実用新案がとれたんです。磁石でひっつけるとスイッチが自動で押されてモーターが回るという構造で。
――あー、これエレガントな実装だなと思ってました。それがシャンザイ対策にもなっているんですね。
斎藤:それプラスぜんまいの形状でも意匠登録を取っていて、デザイン面と機能面の両方から権利化をしています。
――これで完璧?
ケビン:高く売らせないとか、いい店で売らせない役には立ちます。ちゃんとした店はシャンザイってわかってるものは売らないから。でもコピー会社が弁護士を雇ってると、泥試合になることもある。
だからもう一つはちゃんと宣伝をしたり販売店網をつくって、みんなに「この製品はどういうもので、だれが作った」と知らせることが大事です。上海にアンテナショップをつくったのも、その一環です。
高須:シャンザイメーカーってマーケティングコストとかあまりかけないんですよ。そういうことをやりたくないからシャンザイするわけだから。
ケビン:それからコミュニティ作りがいちばん大事。パチパチクラッピーでは企業コラボとかクリエイターコラボをしていて、ビリビリ動画の有名クリエイターとのコラボ商品は1日に5000個売れました。
※ビリビリ動画…中国のYoutubeまたはニコニコ動画的な人気動画サービス
高須:日本でいうヒカキンバージョンみたいなものです。デイリーポータルZバージョンとか。
ケビン:中国ではオカモト(コンドームメーカー)とのコラボもやりました。企業やインフルエンサーはブランドを大事にするから、シャンザイメーカーと組みたがらない。そういう、「わかってる人のコミュニティ」をどれだけ作れるかがキーだと思っています。
アーティスティックプロダクトというカテゴリを作りたい
――最後に3人の方から今回のプロジェクトに込めた思いを。
ケビン:最初にこのプロジェクトを見たときに、「みたことない!おもしろい!」と思ったし、この感覚をシェアしたいと思っています。
MakerNetはこういうアーティスティックなプロジェクトを、何年たっても売れるものとして作りたいんです。そのためには形も色も使う部品も細かいところまでこだわって、それでいて買える値段にしないといけなかったんです。
高須:MakerNetは自分で工場を持っているわけではない、アーティストプロデュースカンパニーなんですよ。だから斎藤さんとかTFFの想いを最大限に汲んで、ちゃんと良いものを作って長く売っていきたいという思いがあります。
ケビン:実際、乾電池いれるところなどはかなり難しい加工で、製造的にはもうすこしラクなやり方はあったけど、こだわりを優先してAAAクオリティの工場で加工することにしました。安物にはしたくなかったし、一瞬流行って終わりのものでもなくて、長く売れるものになってほしいと思います。
――次に高須さんはどうですか?
高須:僕もこういうアーティスティックプロジェクトがもっと増えて欲しい。MakerNet深圳はその役に立つと思っています。アーティストがアーティストとして食べていくために、深圳はまだまだできることがいっぱいあるはずだから。MakerNetの今の取引先であるパチパチクラッピーであり、明和電機、ユカイ工学、学研、ペンタグラム(スズキユウリさん)、海外でいうとTeenage Engineeringとか、そういうコーナーに入るものがもっと増えて欲しい。
[embedded content]
Teenage Engineeringはこういう電卓サイズのシンセサイザーとかを出している会社
斎藤:それは本当にそうで、今、なんでもぜんまいをどういうカテゴリで売ろうかとなったときに、やっぱり「おもちゃ」ってことになっちゃいますよね。もういっこ別のくくりがあるといいな。
高須:アーティスティックプロダクトというカテゴリを作りたいんですよ。テスラは今はまあまあアーティスティックだから売れてて、もうちょい経つときっと普通に良いものとして世界中の人が買うようになる。DJIもアーティスティックだから売れていた時代があって、その間にパワーをためて、普通にいいものになった。日本こそ、今そこで食うしかないと思うんです。そんな中でぜんまいはいいものだし、こだわりを持って長いこと置いてくれると嬉しいなと思います。
※テスラ…自動運転車メーカー。イーロン・マスクでもおなじみ。
※DJI…中国のメーカー。ドローンやジンバルカメラ(安定装置付きでぶれないカメラ)が有名
――ありがとうございました。じゃあトリを、斎藤さんから。
斎藤:私の思いとしては……「SNSでバズる」って一発屋なんですよ。バズった時はすごい盛り上がるんだけど、すぐに忘れ去られてしまう
――めちゃくちゃわかる。
斎藤:だからこういうのを作って発表しても、基本的に全然儲からないんですよ。企業もやりたがらない。そこを今回はTFFがチャレンジして売ろうとしてくれて、高須さんも協力してくれて、革新的な製品だと私は思っています。なので一発屋の風潮をなくしていきたいな。応援よろしくお願いします!
インタビューの前はおもしろガジェットだと思っていた「なんでもぜんまい」、インタビューを経て、おもしろどころか奇跡のプロダクトなのではという気になってきた。クラウドファンディングはまだ12/22まで受付中です。