社会学者なら「戦時下の国民の精神的変化」といった学術的なタイトルにするかもしれない。実際、ウクライナ国民は2月24日、ロシア軍がウクライナに侵攻して以来、軍事大国ロシアの砲撃を受け、当初は恐れや不安が国民の心を占めたが、その期間は長く続かなかった。軍事大国ロシアへの恐れは3月に入れば吹っ飛んでしまった。そして現在、ウクライナ国民の70%は未来に希望を感じ出しているという。
独週刊誌シュピーゲル10月15日号は「戦争下の国民の感情について」、非常に興味深い記事を掲載していた。ウクライナの国民性は本来、悲観的な傾向が強いという。ウクライナの著名な社会学者、Jewhen Holowacha氏はウクライナ国民の精神性について研究を重ねてきた。同氏は、「ウクライナ人は幸せな国民ではない。2021年10月に実施した調査では国民の3分の1は悲観的、憂鬱なメンタリティ、世界観だった。その半年後、同じ調査を実施したら、国民の70%は希望を感じだしてきているという結果が出た」という。
同氏は、「多くのウクライナ国民は独立国となって以来初めて、自国が如何に素晴らしかを認識し出した」というのだ。忘れてはならないことは、戦争下で爆弾が破裂し、ミサイルが飛んでくる時に、ウクライナ国民は未来に対しこれまで持たなかった希望を感じ出してきたという事実だ。
それでは、戦争時に生まれてきた希望とは何だろうか。ウクライナ国民が感じ出した希望はウクライナ軍の軍事的成果と密接な関係があることは間違いないだろう。プーチン大統領はロシア軍がウクライナに入り、首都キーウに侵攻した時、短期間でキーウを制圧し、親ロシア政権を樹立させるという計画だったが、ウクライナ国民と軍の激しい抵抗にあって、後退せざるを得なかった。多くのウクライナ国民はロシア軍の首都キーウからの撤退を奇跡と感じているというのだ。
そしてウクライナ東部、南部を占領するロシア軍に対してウクライナ軍の領土奪回はウクライナ国民を奮い立たせたことは間違いない。同時に、欧米諸国からの軍事支援と連帯がウクライナ国民を勇気づけていることは確かだ。
ウクライナ国民がロシアに対する恐怖を捨て去ったと感じたプーチン大統領はロケット砲撃を命令し、首都キーウ、西部のリヴィウ市などに激しい攻撃を開始。ターゲットはウクライナのインフラ破壊と可能な限り多くの民間人を殺害することだ。それによって、ウクライナ国民を再び恐怖の虜にするという狙いだ。
キーウにミサイルが飛んできた。市民の多くは3月以来、再び地下鉄の構内に避難した。プーチン氏はウクライナ国民がロシア軍を恐れるだろうと密かに期待したが、キーウ市民は近くの地下鉄に避難するが、もはや同じ恐怖心を持つことはなかった。
軍の守勢に直面したプーチン氏は部分的動員令を発令する一方、対面での地上戦闘ではなく、ミサイル攻撃、自爆無人機を動員し、26日には戦略核戦力の演習を実施、放射能をまきちらす“汚い爆弾”問題などを恣意的に話題に挙げる情報戦を展開し、ウクライナ側に恐怖心を与える作戦を展開させたが、「ロシア軍は恐れるに足らず」と感じたウクライナ人はもはや「恐怖」ではなく、プーチンのロシア軍に「怒り」を強めているのだ。
シュピーゲル誌は、「ウクライナを現在訪問する人は驚くべき感情が国民を支配しているのを目撃するだろう。それは怒りと自信、痛みと多幸感のカクテルだ」と書いている。ウクライナ人は戦争の終焉を願っている。彼らは公平さと正義を回復し、戦争犯罪法廷の実施を夢見ているというのだ。
軍事大国ロシアへの恐れを捨て、未来に希望を持ち出したウクライナ人に、プーチン大統領は何をもって対抗できるだろうか。占領したウクライナ東部と南部の領土をウクライナ側に奪い返されるようだと、プーチン氏の軍事責任が問われることになる。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2022年10月30日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。