小児mRNAワクチン接種:努力義務を課す根拠は(前編) — 家田 堯

アゴラ 言論プラットフォーム

2022年9月、わが国では、5~11歳の新型コロナワクチン接種に対して努力義務が課され、翌10月には6ヵ月~4歳も努力義務の対象となった。

予防接種法第六条および第九条、並びにそれに基づく厚生労働省の広報(「感染症の緊急のまん延予防の観点から、皆様に接種にご協力をいただきたい」)によれば、努力義務は、ワクチンに感染症のまん延を予防する効果がある場合にのみ課すことができるものと認められる。11歳以下の小児の接種によりCOVID-19のまん延を防止できているかについて、エビデンスが充足しているとは言えない。

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若い世代への接種により少しでも感染拡大を抑制したいとの意見がある一方で、小児への接種により社会全体の感染者数をコントロールするのは困難との意見や、感染予防効果が低いワクチンに努力義務を課すのはおかしいとの意見もある。

筆者は、感染予防効果(本論考において、この語は感染症のまん延を予防する効果(伝染を抑制する効果)の意を含むものとする)が低いワクチンに努力義務を課すことは、法からの逸脱に相当すると考える。一方、安全性が確保されているとの条件下、mRNAワクチンに天然痘ワクチンのような高い感染予防効果が認められるのであれば、努力義務を課すことは妥当と考える。

そこで、本論考では、日本国内および海外の異なる地域の比較を通じて、小児用ワクチンによる感染予防効果を検討する。6ヵ月~4歳の接種に関するデータが乏しいことから、以下では、5~11歳のデータに基づき考察する。感染予防効果は、主に、5~11歳の接種率と小児人口における陽性者数とに基づき検討する。ワクチンがCOVID-19のまん延を予防している場合、5~11歳の接種率を上げれば、少なくとも小児人口においては陽性者数が下がるはずだ。

国内各地の状況(2022年7~8月前後)

まず、本年7~8月頃に5~11歳の接種率が最も高かった秋田県、最も低かった大阪府、及びその中間に位置した大分県と東京都の状況を下記資料に基づき検討する。

  • 第95回新型コロナウイルス感染症対策アドバイザリーボード事務局提出資料
  • 第96回新型コロナウイルス感染症対策アドバイザリーボード事務局提出資料
  • 各都府県のウェブサイト
  • 読売新聞『5~11歳ワクチン接種率は「東高西低」…最高は秋田45%・大阪は最低7%』(2022/08/10)
  • NHK特設サイト 新型コロナウイルス

図1に、秋田県および大阪府について、5~11歳の接種率(少なくとも1回の接種を受けた子どもの割合);10歳未満の10万人当たりの7日間累計新規陽性者数;検査率(全人口のうちPCR等の検査を受けた人の割合);検査数を分母とし新規陽性者数を分子として、アドバイザリーボード資料の定義に従い割り出した陽性者の割合(以下、記載簡略化のため「陽性率」と称す)等を示す。

図1 秋田県/大阪府の状況

当図によれば、現在期待されている逆相関、つまり接種率の向上による陽性者数の低減という関係が認められる。なお、地域間の比較においては、検査率や陽性率の差を考慮する必要がある。人口の何割がPCR等の検査を受けるか/受けられるかは、実際の感染者数以外に、検査の体制や方針によっても異なるからだ。参考のため、秋田と大阪の人口を揃えて図1に記した検査率と陽性率に基づき陽性者数を算出した例を表1に示す。

表1 検査率の向上により検出される新規陽性者の数が増加する例

オミクロン株のように社会全体に急速に浸透するようなウイルスの場合、表に示すように、検査率を上げると実際に検出される陽性者の数が増える可能性がある。大阪は秋田より総じて検査率が2倍程度高い。また、人口密度もある程度考慮すべきだ。大阪の人口密度は秋田の約57倍である。このような点を考慮してもなお、秋田と大阪の陽性率の違いが接種率の違いによる可能性は否定できない。

次は、検査率、陽性率、人口密度がより近似する地域を検討する(図2)。

図2 秋田県/大分県の状況

同等の陽性率に対し大分の検査率が高い点は、実際に検出された陽性者数が大分の方が多いことを意味する。5~11歳の接種率には約30ポイントの差があるが、10未満の陽性者数に差は殆どない。差は他の年齢層にある(図3)。

図3 秋田県/大分県における10万人当たりの7日間累計新規陽性者数の推移(全年齢層)

もう一組、秋田県と東京都を検討する(図4)。

図4 秋田県/東京都の状況

東京の人口密度は秋田の60倍だ。検査率について東京は秋田よりも総じて高く、それ以上に陽性率が高い。実際、全年齢層で見ると、東京の方が陽性者数が多い(図5)。

図5 秋田県/東京都における10万人当たりの7日間累計新規陽性者数の推移(全年齢層)

夏休みの真っ盛り、人が密集する地域においてウイルスの量が増え陽性者が増えるのは当然のことと言える。

しかし、茶色の線で表された10歳未満の陽性者数を6月から8月までたどると、秋田と東京の間に一貫して開きがあるとは言えない(ただしこれには、第6波以前、感染力がより低い株に感染し免疫を獲得した小児の割合が地方よりも都市部において多い可能性など、複合的な要因があり得る)。

なお、小児用ワクチンの感染予防効果は数週間で大きく減衰することが分かっており、今回考察の対象とした期間においては既に一部の子どもにおいて減衰が起きていると思われる。一方、mRNAワクチンを含め、ワクチンについては一般に、感染予防効果が減衰した後でも、感染後にウイルスをクリアできる期間が未接種者よりも接種者の方が短いとの知見も考慮すべきと考える。

以上、8月1日前後の5~11歳接種率が特定できる幾つかの地域を比較した。接種率と陽性率の間に一義的な逆相関を認めることはできなかった。ただし、検査の対象とならない無症候の感染者等もおり、陽性者数には不確かな面がある。

そこで、比較的確かな数値であるコロナ死者数も検討する(図6)。ワクチン接種により感染者が減れば、それに応じて死者数も減ると考えられる。

図6 各都府県における5~11歳接種率およびコロナ死亡率

これは5~11歳への接種が本格的に始まった本年3月から9月までのデータであり、コロナ死亡率(各地域の全人口に占めるコロナ死者数の割合)の高い順に都府県を上から下に並べている。

5~11歳への接種率が最も低い大阪府においてコロナ死亡率が最高であるが、それ以外の地域のデータによれば、5~11歳への接種率とコロナ死亡率に一義的な相関はない。

世界有数の人口密度を誇る東京での死亡率が比較的低い点は注目に値する。報道等では、率ではなく絶対値としての人数や症例数が報じられるため東京の数値がけた違いに見えるが、人口を考慮すると東京は必ずしも死亡率が突出する地域ではない。

なお、参考のため、以下の図にコロナ死亡率と3回目接種率を示す(図7)。

図7 各都府県における3回目接種率およびコロナ死亡率

これを見る限り、3回目接種率の高い地域の方がコロナ死亡率が低いとは、一概には言えない。つまり、12歳以上用のワクチンでさえ必ずしも社会における伝染の抑制に有意な貢献を成していない可能性がある。沖縄の例がそのことを示唆している。ただし、コロナ死には複合的な要因があるため、このデータだけに基づき断定的な見解を示すことはできない。

複合的な要因の一つであるコロナ死増と年齢増との相関については、各都府県の平均年齢が参考になる(表2)。また、ここではデータ掲載を割愛するが、各都府県の人口ピラミッド等も考慮すべきであり、それに関しては政府統計の総合窓口(e-Stat)等を参照されたい。

表2 各都府県の平均年齢(e-Statのデータから)

日本小児科学会の提言が参照する静岡県の調査結果は、接種率と陽性者数の逆相関を示している。本論考によれば、接種率と陽性者数との相関には地域差が存在する可能性がある。

日本全国に適用する提言を行うのであれば、静岡県と同様の調査を全国規模で行うべきではないか。小児用ワクチンの感染予防効果を算出するためのデータが静岡県以外の地域には存在しないと考えられるだろうか。

後編では海外の状況を紹介していく。

(後編につづく)

家田 堯
一般社団法人発明推進協会(東京都港区)、知的財産研究センター翻訳チーム課長。翻訳家。英語、イタリア語、ハンガリー語、ロシア語の翻訳実績がある。学生時代の専攻は音楽。mRNAワクチンに関し様々な観点から情報を紹介するウェブサイト、Think Vaccineを運営。