マスク着用義務論争がまた始まった:欧州は国民経済を活性化していく

アゴラ 言論プラットフォーム

中国武漢発の新型コロナウイルスが感染拡大し、欧州に飛来して以来、マスクは常に議論の対象となってきた。日本人にとってマスク着用はとりたてて抵抗がないが、欧州ではマスク着用は顔を隠すもので、不自然なものといった考えが強く、「マスクはアジア文化に属する」といった文化論すら一時期飛び出した。2022年に入り、コロナ禍は3年目に入った。ワクチン接種が進み、ウイルスの感染による重症化リスクが少ないオミクロン株が席巻して以来、欧州ではFFP2マスクの着用を含むコロナ規制はほぼ全面的に解除されていった。

FFP2マスク

ところが、夏季休暇を終え、10月に入って欧州ではコロナの新規感染者が急増し、今月末には感染のピークを迎えるだろうと予想するウイルス学者も出てきた。同時に、病院入院患者数も急増ではないが、次第に増えてきた。そこで欧州では再びマスク着用を義務付けるべきだという声が高まってきたわけだ。マスクのカムバックだ。

コロナ予測コンソーシアムによると、オーストリアでは今後2週間で集中治療室患者(ICU)は130人から200人まで、通常の入院患者数は2360人から3900人に増えると予測している。今月12日現在、新規感染者数は1万8465人、ICU患者数は130人、通常入院患者数は2418人だ。病院スタッフ不足が見られだした一方、学校では10人に1人の教師が病気欠勤だという。ちなみに、ドイツでは、ロバート・コッホ研究所が約2週間前に「インフルエンザ感染症が今年、広がってきている」と報告している。コロナ感染とインフルエンザのダブる流行が予想される、というわけだ。

ところで、マスクが欧州で定着してからまだ2年半余りしか経過していない。オーストリアのウイルス学者は過去、「マスクは自分をウイルスから守る一方、他者にウイルスを感染させないといったデユアル・ユースの目的がある」と説得し、マスクの利他的効用を強調してきた。その効果もあってマスクは欧州社会で一定の認知を得てきた経緯がある。

オーストリアでマスク再導入に消極的なのはネハンマー首相を中心とした与党「国民党」と経済商工会議所やビジネス界だ。マスク再導入の義務化を支持しているのはウイルス学者や医療関係者のほか、野党第一党の社会民主党、国民党の政権パートナーの「緑の党」だ。ただし、同党出身のラウフ保健相はマスク再導入に対してまだ立場を明確にしていない。リベラル派政党のネオス、極右政党自由党はマスク着用義務化には強く反対している、といった具合だ。いずれにしても、今月23日までに公共交通機関や日常消費財を扱うスーパーでのマスク着用義務化を実施するかどうかを決定することになっている。

今年1月20日、欧州初のワクチン摂取義務法案を可決し、その後、同法の施行を停止したオーストリアでは6月に入って新型コロナの新規感染者が徐々に増え、6月末には1万人の大台に入った。入院患者数や集中治療患者数にはまだ大きな増加は見られないことから、国民の間には今年1月、2月のような緊迫感は見られなかった。しかし夏季休暇後、9月末から10月に入り、新規感染者数は遂に1万8000人を超えたが、政府も国民も極めて冷静だ。“コロナ慣れ”というべきか、コロナ感染の危機感の希薄化というべきかもしれない。

感染の主流ウイルスはオミクロン株の新系統「BA.4」と「BA.5」。オミクロンBA.1に感染し、免疫を得た回復者もオミクロンの新しい亜系統(BA.4およびBA.5)によって引き起こされる症候性疾患に対しては限定的にしか防御できない、というデータが出てきている。

ドイツの著名なウイルス学者クリスティアン・ドロステン教授(ベルリンのシャリテ・ベルリン医科大学ウイルス研究所所長)は独週刊誌シュピーゲル(6月25日号)の中で、「新系統のウイルスは肺器官まで入って感染拡大はせず、呼吸器官上部に留まっている。だから重症化はしないが、免疫が出来ないから何度も同じウイルスに感染する」と説明している。

新型コロナウイルスの感染初期、ウイルス学者の中には集団免疫論者が、「コロナ規制を廃止し、ウイルスに感染を委ねるべきだ。それによって時間の経過と共に社会に集団免疫ができるからだ」と主張してきた。当時はまだデルタ変異株など致死率の高いウイルスが席巻していたこともあって、集団免疫説は、「一定の犠牲者を甘受する政策だ。人道的にみても良くない」と反発するウイルス学者が多かった。

その学者間の論争はオミクロン変異株が登場して変わってきた。オミクロン株は感染力が強いが、致死率はデルタ株より少ないからだ。そこで集団免疫論が再び復活してきたわけだ。国もワクチン学者も口には出さないが、「ワクチン接種を拒む国民がいる以上、一定の犠牲者(主に未接種者)を甘受しなければならない。ロックダウンを避け、国民経済を活性化していく」という方向に転換してきているわけだ。

コロナはここにきて「許容範囲内の病気であり、インフルエンザなどの他の呼吸器疾患と同じだ」といった声が強まってきている。「ゼロコロナ」から「ウイズコロナ」に移行し、ワクチン、薬も出てきたことからコロナウイルスは「パンデミック」から「風土病的状況」へ変わってきているわけだ。そのような中で、マスク着用義務化はハードルが2年前より高くなっていることは間違いない。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2022年10月14日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。

タイトルとURLをコピーしました