学会発表に「反人種差別の目標達成にどのように役立つのか」の説明が義務づけられ著名研究者が退会を表明、学問とポリコレの結びつけに反論

GIGAZINE
2022年10月04日 06時00分
メモ



ニューヨーク大学の著名な社会心理学者であるジョナサン・ハイト氏が、所属する主要な学術団体・Society for Personality and Social Psychology(パーソナリティと社会心理学会/SPSP)を退会する意思を表明しました。これは、SPSPの学会で発表する研究者に対し、「その研究がSPSPの反人種差別の目標達成にどう役立つのか」の説明が義務づけられたことを受けての決断とのことです。

When Truth and Social Justice Collide, Choose Truth
https://www.chronicle.com/article/when-truth-and-social-justice-collide-choose-truth

Haidt Quits Academic Society Due To Diversity Statement Mandate
https://reason.com/2022/09/30/mandated-diversity-statement-drives-jonathan-haidt-to-quit-academic-society/

ハイト氏は「社会はなぜ左と右にわかれるのか――対立を超えるための道徳心理学」などの著作で知られる社会心理学者であり、記事作成時点ではニューヨーク大学の倫理学教授を務めています。2022年9月20日にハイト氏は「真実と社会正義が衝突する時、私は真実を選ぶ」と題した記事を公開し、科学研究を取り巻く政治的問題についての見解を述べました。

まず、ハイト氏は2016年の講演で取り上げた古代ギリシャ語の「telos」という言葉に触れ、telosとは「ある行為や組織が目指す目的、あるいは目標」という意味だと説明。ナイフのtelosは「切ること」であり、薬のtelosは「癒やすこと」であり、そして大学のtelosは「真実」であると述べ、大学は特定の方法を使ってある分野の真実に近づくことを目的とした組織であるとの見解を示しました。

大学の目標や価値観は複数存在できるものの、telosは北極星のように1つしか持つことができず、2つ目のtelosを作ろうとする試みは当初のtelosを揺るがすとハイト氏は主張。そして近年の大学において重視され始めた「社会正義」が、2つ目のtelosとして「真実」のtelosを脅かすものとなり、大学において真実と社会正義の対立が生じるだろうと予測しました。講演から6年が経過した2022年9月の記事で、ハイト氏はその頃の予測が現実のものになったと述べています。


今回の記事でtelosと共にハイト氏が取り上げているのが、「Fiduciary Duty(受託者責任)」という言葉です。受託者責任とは、人々や団体がある特定の受益者に対する「代理人(受託者)」として行動する際の、受益者に対しての絶対的な忠誠心や責任を意味しています。つまり、受託者はまず第一に受益者のニーズを考えなければならず、受託者の立場を利用して利益を上げてはならないというわけです。

そしてハイト氏は、学者や科学者は「真実」に対する受託者責任を負っていると考えています。正確には「真実」という概念が受益者として振る舞ったり、受託者に指示を与えたりすることは難しいため、ハイト氏は「準受託者責任」という言葉を用いています。

たとえば、ある教授が「SNS企業から支援を受けて『SNSの有害性を否定する研究』に心血を注ぐ」「批判を浴びるのを避けるために、論争に巻き込まれやすい研究結果をなかったことにする」「正確な聖書の翻訳が人々の信仰心を失わせることを避けるため、あえて翻訳をゆがめる」「自分が支持する右翼または左翼の進歩派に否定的なインタビュー結果を、自分の本の記述から削除する」といったことは、いずれも真実という受益者に対する準受託者責任に違反していることになります。


今回の記事でハイト氏は、SPSPが同氏の真実に対する準受託者責任に違反するように求めてきたと訴えています。ハイト氏は2023年2月にアトランタで開催される年次会議に出席し、道徳的基礎のアンケートに関する発表を行う予定だったそうです。ところがSPSPは、会議で発表するすべての研究者に対し、「この発表がSPSPの公平性・包摂性・反人種差別主義の目標を達成するものなのか、どのように達成するものなのか」を説明することを求めてきたとのこと。

この種の多様性に関する義務的な声明を求める動きはさまざまな学会でみられますが、個人の権利と表現のための財団(FIRE)学問の自由同盟(AFA)、そして多くの教授たちはこれらの声明が不道徳かつ不適切であり、時には違法なこともあると主張しています。

ハイト氏は「ほとんどの学問は多様性とは何の関係もありません」と述べ、こうした声明を求めることは学者が研究結果と多様性の関連性を無理やり生み出したり、ねじ曲げたり、捏造(ねつぞう)したりすることにつながると指摘。本来はまったく人種差別と関係のない研究結果について、学会発表のために人種差別との関連を作り出すことは、真実に対する準受託者責任に違反すると述べました。

また、ハイト氏はSPSPによる声明の強制が人々を「個人」ではなく特定の「グループ」として扱っており、メンバーシップに基づいて特定の個人を優遇したり、冷遇したりすることを要求するものだという点も問題視しています。しかし、これらの問題をSPSPの学会で取り上げようとしても、その発表にすら「この発表がSPSPの公平性・包摂性・反人種差別主義の目標を達成するものなのか、どのように達成するものなのか」についての説明が必要とされます。

ハイト氏は「優れた科学研究は必ずしも政治的見解と関連していないにもかかわらず、反人種主義をSPSPの目的(telos)とすることで、もはや科学という単一の軸を維持することができなくなる」「学会での発表を必要とする研究者に対して真実への準受託者責任を裏切らせ、内心では支持していないかもしれないイデオロギーへの賛同を求める可能性がある」という点から、もはやSPSPに加入し続けることはできないと決断。「声明の方針が将来の学会でも維持されるならば、私は今年末にSPSPをやめるつもりです」と述べました。


海外メディアのReasonは、アメリカの大学ではポストの応募にも「Diversity, Equity & Inclusion(多様性・公平性・包摂性/DEI)」の声明が求められると指摘。FIREやAFAは、一般的なDEIのコンセンサスに反対する教員の雇用・昇進を制限し、実際の信念にかかわらず多様性を求める声明に同意する圧力がかけられることを問題視しています。

ハイト氏はReasonに対し、他の社会心理学者から10通以上の賛同メールが送られており、それほど大きな批判は寄せられていないと述べています。また、58歳のハイト氏より年齢が上の左翼の心理学者や研究者は、かつてマッカーシズムやソ連系左翼が強いていた「政治思想の宣誓」に危機感があるのか、一様にハイト氏に賛同しているとのこと。一方、ハイト氏より若い世代の左翼は、特定の政治思想に忠誠を誓わせることに抵抗がないようだとのことです。

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