今年3月のワールドカップ(W杯)アジア予選のサッカー試合でチケットを購入済みの女性ファンが入場を拒否されたと聞いた時、「サッカー試合の観戦まで女性差別とは」とため息が出たが、今回の出来事では正直言って怒りを覚えた。
テヘランの22歳の女性、マーサー・アミニさん(Mahsa Amini)が宗教警察官に頭のスカーフから髪がはみだしているとしてイスラム教の服装規則違反で逮捕され、警察署に連行され、尋問中に突然意識を失い病院に運ばれたが、死亡した事件はイラン国内で大きな怒りを呼び起こしている。以下、オーストリア国営放送が19日に報じた「アミニ事件」の記事を参考に、事件の経緯をまとめた。
アミニさんの家族は、「娘は健康だった。突然心臓病を発病することは考えられない。娘は警察から拷問を受けたからだ」と指摘、警察当局を批判している。同事件が報じられると、イラン国内で多くの女性たちがイスラム原理根本主義政権(ムッラー政権)を批判する一方、アミニさんへの連帯意思表示として髪を切り落としている。
テヘランのホセイン・ラヒミ警察署長は19日、「彼女は非イスラム的行動で宗教警察に逮捕され、警察署に連行された。警察官は彼女に何も暴力を振るっていない。拷問したという情報は根拠がない」と反論。警察側の説明によると、クルド系女性のアミニさんは警察署で急性心臓病を発病し、昏睡状態に陥り、運ばれた病院で16日、死亡が確認されたという。
クルド系のRudawメディア・ネットワークは、「彼女はヘッドスカーフが原因で警察官に殴打された。彼女の父親は娘の体に拷問の痕跡があったと主張している。彼女が以前に病気を患っていたという情報についても、父親は『娘は完全に健康だった』と述べている」と報じた。また、彼女の治療にあたったクリニック関係者は、「彼女は13日に入院した時に既に脳死状態だった」と証言したという。
アミニ事件が報じられると、テヘランでは若い世代を中心に政府への批判の声が高まっている。ファールス通信社によると、数百人のデモ参加者がテヘランで19日夜、ケシャワール中心部の大通りで抗議した。警察は時折、群衆に対して放水銃や警棒を使用した。デモ参加者は、ゴミ箱に火をつけたり、石を投げた。イラン西部のクルディスタン州でも多くの人々が街頭に繰り出したという。メディア報道によると、治安部隊とデモ参加者の間で衝突があった。未確認情報だが、同州の主要都市ディワンダレ市では発砲があったという。
イランのファールス通信によると、アミニさんの故郷Saghesでは治安部隊との衝突が生じ、警察は群衆を解散させるために催涙ガスを使用。アミニさんに連帯を示すため、クルド系の商人たちは19日、店を閉めた。国内のほとんどの新聞は、死者を追悼する記事を掲載している、といった具合だ。
アミニさん事件はイランだけではなく、海外でも大きく報道された。米国のホワイトハウスは19日、「イランは基本的権利を行使する女性に対する暴力を止めなければならない。アミニさんの死は、恐ろしく、ひどい人権侵害だ」と批判。欧州連合(EU)のジョセップ・ボレル外務・安全保障政策上級代表のスポークスマンは、「アミニさんに起こったことは容認できない。加害者は責任を負わなければならない」と抗議している。
当方が住むオーストリアでは亡命イラン人のコミュニティがあるが、彼らも、「イランでの女性に対する暴力を防ぐために、アミニさんの死を世界中で報じ、厳しく非難すべきだ」と強調し、オーストリア連邦政府に、「イランのエブラヒム・ライシ大統領にアミニさん殺害と人権侵害の責任を問うべきだ」と要求した。
改革派聖職者と見なされているモハメッド・ハタミ元大統領は、「わが国の評判をひどく傷つけるだけではなく、イスラム教の評判も傷つけた」と語っている。インターネットでは多くの女性たちが抗議のメッセージを送り、「私たちはこのジェンダー・アパルトヘイト体制にうんざりしている」と、怒りを吐露している。
問題は、1979年のイスラム革命以降施行されている服装規定だけでなく、女性に対する差別全般だ。多くの国民は、若い女性が「数本の髪の毛」のために死ななければならなかったことに憤慨しているわけだ。
ライシ大統領は19日、国連総会での一般演説のためにニューヨークに向かったが、大統領府の声明によると、大統領は内務省にアミニさんの死について経験豊富な警察官と法医学の専門家からなる特別チームが調査を開始するように指令したという。大統領は18日、アミニさんの家族に自ら電話をかけ、「問題が明らかになるまで調査を続ける」と約束したという。
ちなみに、アラブのスンニ派盟主サウジアラビアから女性の権利獲得のニュースが流れてくるようになった。例えば、同国では2018年6月から女性が車を運転できるようになった。一方、シーア派のイランでは女性は車を運転できたが、サッカー試合の観戦はこれまで認められなかった。それが今年8月下旬から認められたばかりだ。ただ、サウジもイランも女性の服装規則では依然、イスラム教の教えに基づき厳格だ。
ところで、イランでは高等教育を受ける学生の性別では女性が男性より多い。その優秀な女性の知性、能力を無駄にしないためにも、イランのイスラム教指導者は女性の人権を尊重すべきだ。アミニさんの悲劇を繰り返させてはならない。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2022年9月22日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。