欧州は過去500年で最悪の干ばつに見舞われている。欧州連合(EU)の欧州委員会の「欧州干ばつ観測所」(EDO)の「8月報告書」によると、欧州大陸の47%が干ばつ「警告」対象の状態にあり、17%の地域が「警戒」状態にあるという。
干ばつは農作物の収穫に影響を与えているほか、水上輸送をする業者にとっても水位が低下するため運搬が危険になってくる。スイス・ヴォー州ではブルネ湖が干上がり、船が泥にはまって動けなくなったという。トウモロコシや大豆の農産物の収穫にも深刻な影響を与えている。水位が低くなったため、魚類は泳げず、口をパクパクしているシーンがTVニュースで放映されていた。干ばつは、生きるもの全てに水がいかに重要かを端的に教えてくれる。飲む水が不足する欧州の街も出てきた。
24日付のBBCによると、欧州委員会のガブリエル委員は、「欧州で続く熱波と水不足によってEU全体の水量が前例のないほど圧迫されている。例年以上の頻度で山火事が発生し、作物の収穫に深刻な影響が出ている。気候変動は疑いようもなく、その影響は年を追うごとに顕著になっている」と述べるなど、危機感を吐露している。
ところで、干ばつに襲われている人々に怒られるかもしれないが、干ばつが普段は隠されてきた水中世界の物体、事象を浮かび上がらせてくれている。忘れられてきた歴史的物件、歴史の遺産が突然出てくるというサプライズが各地で報道されている。干ばつがもたらした贈り物ともいえる。
セルビア・プラホゾの近くのドナウ川で、第2次世界大戦中のナチス・ドイツ軍艦の一部が浮上してきた。スペイン西部の貯水池にあったストーンヘンジと呼ばれる紀元前5000年代の遺跡が水の中から姿を見せ、ローマではテヴェレ川の水位が下がり、紀元1世紀の皇帝ネロが建造を命じたとされる橋の遺跡が露出した、といった具合だ。
当方が最も驚いたのは1億1300万年前の恐竜の足跡が見つかったというCNNのニュースだ。「米テキサス州のダイナソーバレー州立公園で、深刻な干ばつのため干上がった川の底から約1億1300万年前の恐竜の足跡が川の底から見つかった」というのだ。発見された足跡は、アクロカントサウルスのものだ。ほかにも、身長18メートル、体重約44トンにもなるサウロポセイドンの足跡が見つかっている。
考古学者が洞穴を掘って発見したのではなく、地下の世界に潜んでいた恐竜の足跡が河川の水位が異常に低下したため、顔を出してきたのだ。考古学者インディアナ・ジョーンズでも何年もかかる採掘作業をひと夏の干ばつが掘り起こしたわけだ。中国では600年前の仏像が出てきたというニュースも流れている。
歴史的干ばつとそれに関連して川の水底に沈んでいた歴史的遺物や遺産が再発見されるというのは決して偶然とは思えない。「イチジクの木からこの譬えを学びなさい」(「マタイによる福音書」第24章32節)とイエスが語ったが、干ばつとその歴史的遺物・遺産の発見などを聞くと、そこには何らかの時代の徴(サイン)が読み取れる。「隠れているもので、あらわにならないものはなく、秘められたもので、人に知られず、公にならないものはない」という聖句にもつながってくる。
米国では干ばつで人工湖の水が引け、数体の遺体が見つかったというニュースを聞いた時、「神は死んだ」と語ったフリードリヒ・ニーチェ(1844~1900年)のことが思い出された。「神が本当に死んだのならば、神の遺体はどこに埋葬されているのか」。
参考までに、ニーチェは、「神は死んだ。われわれは皆殺人者だ」と本の中で書いているが、大学の哲学教授は新しい学期を迎える度、ニーチェに言及し、「ニーチェは『神は死んだ』といったが、実際に死んだのは神ではなくニーチェだった」といって学生たちを笑わせる。
大学教授がいうように、神は死んでおらず、死んだのはニーチェだったとすれば、干上がった川底から露出する遺体は神ではなく、迷宮入りした殺人事件に関連した犠牲者かもしれない。そうなれば名探偵シャーロック・ホームズの登場が必要となる。
いずれにしても、存在したが、久しく忘れられてきた恐竜が現れ、世界には飢餓、干ばつ、感染症、戦争が猛威を振るっている時、歴史の端っこに追いやられ、「死んだ」と揶揄されてきた「神」が再び露出するかもしれない、といった突飛な思いが沸いてくる。“21世紀のイチジクの木”はそのようなメッセージを私たちに伝えているように感じるのだ。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2022年8月30日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。