「乾杯は杯を乾かすと書くんだぞ」と言われたことがある。これはどうやら乾杯という漢字の書き方を親切に教えてくれたのではなく、「だから乾杯したら注がれた飲み物を飲み干そう」という趣旨の発言だったようだ。しかし長い人生、いきなりそう言われても困っちゃうなという場合もある。なんとか飲まずして杯を乾かすことはできないだろうか。
飲み物は各々のペースで飲みたい
前々から思っていたのだが、人間というものは他人の飲食に軽々に口を出すべきではない。食べたい時に食べ、飲みたい時に飲む。そして寝たい時に寝る。それが生物として一番自然な形であり、何人たりとも侵すことのできない個人の自由であるからだ。
だというのに、生きていると時折「乾杯」ということばの意味を懇切丁寧に説明される機会がある。そしてその場において、今はこれ以上飲み物は飲みたくないなという気分の時だって当然あるだろう。
もちろん飲みたくない時は飲まなくていい。杯は乾かすが、自分は飲まない。両方の要望を達成する方法を考えれば良いのだ。私もいい大人になってきたので、なるべく穏便に事を運びたいのだ。
たとえそれが屁理屈だったとしても。
外に置いておくとグラスは乾くが飲み物が減らない
そもそも「杯を乾かす」というが、仮にグラスの中の飲み物を飲み干したところで、いくらかの水滴がついている以上「乾いた」とは言えないのではないだろうか。そういう意味では「杯を乾かせ」と言う人だって杯を乾かせていないのである。
もうこの時点で「杯を乾かせ」と言ってくる人には勝ったも同然なのだが、ここはきちんと杯を乾かしきることでこちらの優位を確かなものにしたい。判定勝ちよりもKO勝ちなのだ。
ここ数日大変な猛暑が続いている。少し歩けば汗がふき出し、駅まで歩けば滝行後のようなずぶ濡れである。洗濯物だって干したと思ったら数時間ですぐ乾くほどだ。
洗濯物だってすぐ乾いてしまうのだから、グラスだってすぐ乾いてしまうだろう。
難しいことは何もない。ただグラスを持ち、炎天下の元じっとしていればいいだけだ。ただそれだけで、飲み物は蒸発してなくなり、グラス自体もカラッカラに乾くはずなのだ。
唯一の欠点があるとすれば、本当に暑いということである。
後ろでセミを取りに来た子供がはしゃいでいる。「お父さんこっちに来て!セミいた!」と呼びかけるが、お父さんは「ほんとかー?」と言うばかりで一向に来ない。
大人になった今なら、炎天下の中グラスを持って座っている今なら分かる。お父さんはセミがいるか半信半疑だから来ないんじゃない。日差しに当たりたくなくて来ないんだ。
そんなことを考えている内に気づいたのだが、この方法ならば別に自分も一緒に座っている必要はなかった。私は乾かなくてよいからだ。汗まみれになっているのでむしろ湿っていると言っていい。
あんまり日差しに当たり続けると本当に具合が悪くなる可能性があるので、グラスだけに炎天下の元がんばってもらうとする。
いくらか時間が経った後に確認したが、確かにグラス自体はカラッとしてきたものの肝心の飲み物が一向に減る気配がない。飲み物自体も水面から水蒸気となって蒸発しているはずなのだが、おかしいな。
しばらく見ていたが、外で過ごせる限界を迎えたので撤退することにした。暑すぎるのだ。
別の方法を探そう。
花を挿すとすてきだけど乾くまで時間がかかる
冒頭、飲みたい時に飲むのは生物として自然な形と述べた。ここはひとつ、他の生物の力を借りてみるのはどうだろう。必要な時によそに協力を仰げること、それもいい大人に求められるスキルの一つである。
例えば花はどうだろうか。
その昔、小学生の頃に植物の成長には水、日光、適切な温度が必要だと聞いた覚えがある。逆に言えば植物はその生命の維持にあたって水を消費するということだ。グラスに花を挿すことで、杯に残った水分をうまいこと持って行ってくれるに違いない。
花に無縁の人生を生きてきたので、花屋のイメージは「世界にひとつだけの花」の歌詞くらいしかない。花屋の店先に並んだ色んな花の中から、オンリーワンのやつを選んできた。
特に大きさを確認していなかったのだが、私の家のグラスにジャストフィットだった。やったね。
ジャストフィットであるため、水分の消費以外にも「花が挿さっているので物理的に飲みかけを飲めない」という状況も発生している。いいぞ。物理的に飲めないということは、飲まなくてよいということだ。
このまましばらくの間置いてみる。先ほどの屋外での実験と違い、今度は水面からの蒸発と花による吸収の合わせ技なので、効率的に飲み物を消費することができるはずだ。理科の授業ですね。
5時間経った。ぱっと見まったく飲み物を吸っていないように見えるが、どうだ……?
ほんの、ほんの少しだけ飲み物がなくなっている。一応予想通り、花を挿す事で水を少しずつなくすことができそうだ。このペースだと飲み物が完全になくなるのは1週間後だろうか、2週間後だろうか。
一つ懸念があるとするならば、乾杯という言葉の意味を説明してくれる人は2週間も待ってくれるのだろうか。一緒に2週間も花を眺めてくれるような人は、そもそも杯を乾かせなどと言ってこないのではないだろうか。
吸水スポンジで杯は乾かせる
花はきれいだったが飲み物はほんの少しずつしか減らなかった。必要とされているのはもっとこう、ガッと一瞬で飲み物を減らす方法である。
いい大人には調べる力も求められる。「吸水 たくさん」などの検索ワードでインターネットを泳いでいたところ、こんなものを見つけた。
パッケージに「200ml吸水」と書いてある。ひょっとして、「200ml吸水」ということは、200ml吸水するということですか?
商品バリエーションとして350ml吸水や650ml吸水のものもあったが、材質が違うというより、単純にサイズがでかいバージョンのようだった。今回は飲みかけの水を吸わせるので、手に収まるサイズの200mlでちょうどよさそうだ。
ものの数秒でグラスに残っていた水が消失した。すごい、吸水スポンジってこんなにしっかり吸水できるんだ。マジックのタネを見ているようだ。
完璧だ。
杯を乾かせと言われたら吸水スポンジ。一休さんの新シーズンには間違いなく収録されるだろう。
上の例では液体のみが注がれたグラスを用意したが、もちろん氷が入っている場合もあるだろう。グラスの形が異なることだってある。一応おしなべて確認しておこう。
手のひらサイズのおかげで持ち運びも簡単。公園など屋外での飲み会や、居酒屋といったお店での飲み会でもさっと取り出して使えることだろう。
これで今後いついかなる時に「杯を乾かそう」などと言われても安心である。人生におけるライフ・ハックの一つとしてご活用いただけると幸いだ。
吸水スポンジって何に使うんだろう
吸水スポンジ。パッケージには「水滴・結露をスパッと拭き取る!」と書いてあるが、その用途に200mlもの吸水能力が必要とは思えない。
これって本当は何に使うんだろう。実際に200mlをぎゅぎゅっと吸い込む用途があるんだろうか。
とりあえず私の家ではパッケージ通り洗面台や浴室の掃除に役立てようと思います。