昨年12月1日、台湾の民間シンクタンクが主催したシンポジウムに日本からオンライン参加した安倍晋三元首相が基調講演で、こう語った。
尖閣諸島や与那国島は、台湾から離れていない。台湾への武力侵攻は日本に対する重大な危険を引き起こす。台湾有事は日本有事であり、日米同盟の有事でもある。この点の認識を習近平主席は断じて見誤るべきではない
兼原信克教授(同志社大学)も指摘するとおり、「台湾有事は高い確率で日本有事となる可能性がある」。
与那国、尖閣、石垣、西表、宮古などの美しい島々からなる先島諸島は、沖縄本島から300キロ以上離れた群島であり、むしろ台湾島に近い。最西端の与那国は台湾島までわずか100キロ余りの距離である。(中略)与那国、石垣、宮古の各島には陸上自衛隊が基地を開いている。中国が、米国と同盟している日本の自衛隊基地を予あらかじめ無力化したいと考えることはあり得る。最悪の場合、中国兵が上陸してくることもあり得るであろう。
ただ、こうした議論が「台湾有事は日本有事」と切り取られ、流布している現状には疑問も覚える。なぜなら、少なくとも法的には、台湾有事は極東有事であり、必ずしも日本有事とはならないからである。
日米安全保障条約上、日本有事とは、日米両国が「日本国の施政の下にある領域における、いずれか一方に対する武力攻撃が、自国の平和及び安全を危うくするものであることを認め、自国の憲法上の規定及び手続に従つて共通の危険に対処するように行動することを宣言」した第5条が適用される事態を指す(いわゆる5条事態)。
先島諸島に「中国兵が上陸してくる」ような「最悪の場合」(兼原)は当然、日米安保条約第5条が適用される日本有事となる。第5条は、米国の対日防衛義務を定めた中核的な規定であり、「我が国の施政の下にある領域に対する武力攻撃が発生した場合には、両国が共同して日本防衛に当たる旨規定している」(外務省)。
だが、そうでない場合、すなわち人民解放軍(中国軍)が「日本国の施政の下にある領域に対する武力攻撃」を控えた場合は、日本有事とはならない。そうした、いわば純然たる台湾有事は、日米安保条約第6条が規定する極東有事となる(いわゆる6条事態)。
周知のとおり、第6条前段は「日本国の安全に寄与し、並びに極東における国際の平和及び安全の維持に寄与するため、アメリカ合衆国は、その陸軍、空軍及び海軍が日本国において施設及び区域を使用することを許される」と規定する。この「極東」とは「大体において、フィリピン以北並びに日本及びその周辺の地域であって、韓国及び中華民国の支配下にある地域(「台湾地域」・潮注)も含む(昭和35年2月26日「政府統一見解」)。
第6条は後段で、その「施設・区域の使用に関連する具体的事項及び我が国における駐留米軍の法的地位に関しては、日米間の別個の協定(いわゆる日米地位協定・潮注)によるべき旨を定めている」(外務省)。
加えて「条約第6条の実施に関する交換公文」(いわゆる「岸・ハーター交換公文」)が存在する。この交換公文は、三つの事項に関して、我が国の領域内にある米軍が、我が国の意思に反して一方的な行動をとることがないよう、米国政府が日本政府に事前に協議することを義務づけた(政府統一見解)。
(一つ目と二つ目の事項略)・我が国から行なわれる戦闘作戦行動(第5条に基づいて行なわれるものを除く。)のための基地としての日本国内の施設・区域の使用。
従って、純然たる台湾有事が発生した場合、たとえば在日米軍基地からの戦闘作戦行動について、米国政府は日本政府と事前に協議しなければならない。「この点については、(当時の・潮注)アイゼンハウァー大統領が岸総理大臣に対し、米国は事前協議に際し表明された日本国政府の意思に反して行動する意図のないことを保証している」(政府統一見解)。
冒頭の演説や論稿は昨年末の発表であり、一般論としては傾聴に値する。だが、ロシアによるウクライナへの軍事侵攻が開始された本年2月24日以降もなお「台湾有事は日本有事」と合唱している保守陣営には疑問を禁じ得ない。
なぜなら、げんにロシアが、NATO加盟国の「施政の下にある領域に対する武力攻撃」を控えているからである。同じ事情から、中国が「日本国の施政の下にある領域に対する武力攻撃」を控える可能性は否定できない。
もし日本を攻撃すれば、自動的に5条事態となり、在日米軍基地からの戦闘作戦行動を含め、米軍は事前協議を経ず、自由に行動できる(だから「第5条に基づいて行なわれるものを除く。」と明記された)。
あわせて自衛隊に対する防衛出動も発令されるに違いない。つまり在日米軍と自衛隊を敵に回す羽目に陥る。私が中国の指導者なら、そうした愚かな選択はしない。私なら、在日米軍の戦闘作戦行動を事前協議で拒絶するよう、日本に迫る。そうしなければ、核兵器の使用もあり得ると脅す。げんにロシアがそうしているように……。
以上を踏まえてなお、中国軍が日本を武力攻撃する可能性は残る。だからといって「台湾有事は日本有事」と合唱するだけでは、以上の問題点が見えなくなってしまう。
台湾有事は極東有事であり、必ずしも日本有事になるとは限らない。それが、ウクライナの教訓ではないだろうか。