「小麦は粒のままでは食べられないため、粉にして食べる」というのは、わりと有名な話のようだ。
例えば『コムギ粉の食文化史』では「粒のまま食べても食味はきわめて悪い」などとはっきり書かれている。
小麦の栽培が始まる前から、人類は野生の小麦を粉にして食べていたというくらいだ。
でも本当に、食べられないほどのまずさなんだろうか。
本当に、本当なのか。
炊飯器や圧力鍋といった文明の利器を使って試してみたい。
また、調子にのってスペルト小麦(古代小麦)、大麦、ライ麦、エンバクも同様に試してみたい。
「小麦粒」に初めてのご対面
今回買ったのは「きたほなみ」という種類。中力粉になるうどん用の小麦で、日本産小麦では最も生産量の多い品種だそうだ。
今朝もうどんを食べたのだが、初めて見る小麦粒にはけっこうな感動があった。
この小麦粒は玄米と同じように籾殻(もみがら)がとられ、外皮・胚芽はついている状態。しかしこれだけ色味が違う。
とにかく皮が厚いのだ。
実はこの見た目がそのまま、小麦粒を食べない答えになっている。
小麦の外皮は6層にもなる強靭なもので、それが溝にも食い込んでいるため、粒のまま外皮を取り除くことが非常に困難なのだそうだ。
だから、白米のように精製することができず、一度砕いてからふるいにかけ外皮と胚芽を取り除くというめんどくさい作業を行う(ちなみに取り除かない粉が全粒粉である)。
『麦の自然史 人と自然が育んだムギ農耕』によると、なんと2万1千年前のイスラエルの遺跡から、ムギを含むイネ科の穀物のデンプンが付着した擦り石が見つかっている。
小麦の栽培が始まる約1万年前よりもはるか昔から、人間は野生の小麦を粉にして食べていたようだ。
どれだけ嫌われているんだ、小麦粒。
これは是非食べてみなきゃ。
ひたすら茹で続ける
人間が硬い穀物を食べられるようになったのはなぜか。
土器を使い、煮炊きすることができるようになったからである。
特に縄文人は土器の使用が早かったという。それにならい、まずはシンプルに煮てみたい。
実はこの小麦粒のパッケージにも白米と一緒に炊いてね、と書いてあるので、いうほど食べられないものではないようだ。
小麦粒、茹でていても特にイヤな匂いなどはなく、ほのかに穀物っぽい匂いがする程度。ただ、なかなか茹で上がる気配がない。
そして、この真っ白な胚乳をみていると、この部分だけ食べてみたい…という欲求が沸いてくることがよくわかる。
外皮の硬さを実感していく。
『コムギ粉の食文化史』によると、その構造を例えるなら米がサトイモ、小麦はカニなのだという。カニって。
しかしこの硬さがあったからこそ、鳥などの他の生物と取り合いになることなく、人類の主食になったとも言えるのだそうだ。
浸水しにくいからこそ、貯蔵できる。だから農耕が成り立つのだ。
ちなみに小麦粉にするもうひとつのメリットとして、粉にして水とこねることでチューインガムのような性質を持つグルテンが形成され、膨らんだりコシがでたりするのだ。米がシンプルに食べられるのに対し、小麦粉はまさに食感の魔術師である。
徐々にお湯の減りが早くなっていく。胚芽の部分から外皮が裂け、急速に水を吸っているようだ。
古代人にとって貴重な火をこれだけ長時間使うんだから、味云々の前にそりゃあ重労働でも粉にして食べるよな……と納得。
そのお味は……
なにより硬い。それも、絶妙に気持ち良くない硬さだ。
プチっと歯切れがよいわけではなく、ギリギリ嚙み切れないまま中の胚乳とともにもちゃっとする。
似た食感を現代の食べ物の中では知らない。例えるなら、うどんが入ったすこし厚めのビニール袋を一粒一粒超小型化したような感じ……だろうか。
たくさんほおばることができず、せいぜい10粒くらいを時間をかけて噛んで飲み込む感じだ。あごが疲れる。
味はクセがなく、穀物の香ばしさを感じるくらいで全然ふつうなのだが、これでは主食にはちょっと厳しい。
とはいえ、工夫次第でもうすこし柔らかくなりそうな気がする。
煎ってから茹でると麦茶ができる
日本に小麦が伝わったのは弥生時代。日本書紀にも天皇が小麦と大麦の栽培を奨励したという記事があるくらい、麦は伝統的な穀物だそうだ。
そんな昔の日本では、生のまま大麦や小麦を粉にするのが難しく、煎ってから粉にしたそうだ。これをはったい粉(麦焦がし、香煎)という。
これは完全な失敗だったが、水をいれた瞬間麦茶の香ばしい匂いがした。
実際の麦茶は小麦ではなく大麦の方を使っているそうだ。
粒のまま食される古代小麦、スペルト小麦はどうか
この後、炊飯器や圧力鍋を使ったらどうなるかを試してみるのだが、その前にもうひとつ触れなきゃいけない小麦がある。
今回食べた一般的な小麦(パン小麦)と同じく、小麦の栽培種のひとつなのだが、野生種に近くて外皮が特に分離しにい性質を持つ。
パン小麦は砕くと外皮がとれやすい性質を持つ(ハダカ性)のに対し、スペルト小麦はとれづらい(皮性)。
砕いても白い粉にすることが難しいので、全粒粉やそのまま粒として食べることもあるそうだ。
イタリアやドイツなどのヨーロッパ諸国では、スープやリゾット、サラダにして食べられてきたらしい。
なんだ、小麦粒を食べる習慣もあるんじゃないか。
これなら美味しいんじゃないか。
海外のレシピにも、45分~1時間茹でるか、圧力鍋をつかえと書いてあるものが多い。
じっくり比べると、確かにスペルト小麦の方が細い分歯切れがよく、匂いも香ばしくてよい。ちょっとだけ食べやすい気はする。
が、はっきりとした差があるか……と言われたらすこし自信はない。
このスペルト小麦、栄養豊富・無農薬でも栽培できる・グルテンが少ない・古代感があるなどの理由で、オーガニック系の人たちの間でブームになっているらしい。健康食品として少量混ぜて食べる分には、全然ありだと思う。
調子にのってそろえた様々な麦たち
ライ麦は小麦栽培に向かない東欧や北欧などで栽培され、ライ麦パンとして食べられるものだ。もともとは小麦畑に生えていた雑草が栽培作物化されたものだという。ライ麦パンは独特な酸味があって好きなのだが、粒のままだと昔買っていたジュウシマツの餌と同じ匂いだった。
麦ごはんとして日本でよく食べられるのは大麦だ。大麦の中でも、モチ性のものは特にもち麦として人気がある。
あらためて、白米のインスタントさはすごい。ライ麦も細い分食べやすく、旨味のような酸味のような独特な風味があってオツな味だ。
文明の利器、炊飯器で炊くとはっきりと美味しくなる
玄米の炊き方に合わせて、60℃のお湯に6時間つけて浸水させた後、炊飯をする。
一般的な炊飯とは炊き干し法のことで、茹でた後に蒸すという二段構えの調理法なのだ。
さあ、水分は強靭な麦たちの内部へ入り込めるか。
朝炊けるように予約して寝た。
米が入ってるからというのも大きいが、日本人の主食としてもおかしくない出来だ。
小麦粒の主張は相変わらずあるが、浸水時間が長かったからかプチプチと歯切れがよくなっている。これならアリだと思う。
海苔とキムチを載せてふつうに朝ごはんとなった。
圧力鍋で煮ると短時間で柔らかくなる
炊飯器よりはふっくらとしていないが(おそらく早くから皮が爆ぜたからだろう)、皮はしっかりと柔らかくなっている。
ただ、ゆで汁が茶色く濁るため、けっこう栄養が溶け出してしまっている気もする。せっかく全粒で食べるなら炊飯器の方が栄養のロスが少なくておすすめだ。
小麦粒をどう美味しく調理するか
最後に、余った小麦粒(合わせて2.5kg買ってしまったので)をどう美味しく食べるか考えたい。
ふつうに米に混ぜて消費していくのもいいが、より積極的に食べるとなるとスペルト小麦のようにリゾット、スープ、サラダあたりが良さそうだ。
基本的には、先に茹でた(炊いた) 小麦粒を使う。リゾットは炒めるが、サラダはマリネするだけ、スープは混ぜるだけだ。
別々な料理にすこしずついれてたくさん食べる作戦だ。
トマト、チーズ、玉ねぎがトロトロになって、プチプチした小麦粒の食感との対比が合う。
これは最高。柔らかいものの中に適量入ることで小麦粒の食感が活きてくるようだ。
具が柔らかくなっているレトルトのスープに少量いれると、食感がいい具合に引き立ってよいと思う。
小麦粒、ちゃんと味わうとなかなかオツな食べ物な気がしてきた。
貯蔵して、気長に食べていきたい。
食べすぎはお腹があばれだす
小麦粉の栄養消化率が98%なのに対し、小麦粒は90%ほどしかないそうだ。つまり一割ほどが消化できない食物繊維だ。しかもそのほとんどが不溶性の食物繊維。
とりすぎはお腹が張ったり、便秘になったりする。
実際に小麦粒を食べた後、お腹にミチミチと詰まっていく感覚があり、その日はずっとパンパンだった。
正直、主食としてとるには食物繊維が多すぎるのだと思う。
なんでも過ぎたるは及ばざるがごとし、ということである。