食いものにされるアメリカの投資家たち

アゴラ 言論プラットフォーム

こんにちは。

アメリカ企業の経営者たちが、割安で手に入れたストックオプションを高く売り抜けるために、一時的に業績が良くなったように見せかけ株価を高めに誘導することが多いのは、皆さまよくご存じだと思います。

最近では、それだけではなく株価に連動してCEOや重役たちの年俸自体も変動する契約になっていることが多く、とくに新規上場株で深刻な問題となっています。

Chris Mat/iStock

株価ベースの役員報酬の問題点

かんたんに言えば、まだ事業が黒字にもなっていない企業が夢のような投資計画を描いて新規上場を果たし、株価を上げた「功績」によって健全な事業維持に差し支えるほど多額の報酬を得てしまうことがあまりにも多いのです。

その結果、黒字転換するはずの会社が赤字のままにとどまったり、積極的な事業拡大をするための資金を外部からの借り入れに頼って財務体質が悪化するといったことがひんぱんに起きています。

たとえば、次のグラフをご覧ください。

フリーキャッシュフローとは、営業活動で入ってくるおカネから、事業を維持するために不可欠の出費を引いた金額で、ようするに企業が自由に遣えるおカネということになります。

ご覧のとおり、役員報酬だけでフリーキャッシュフローが使い果され、持ち出しになってしまうSBCの対FCF比率が100%以上の企業は、ほとんど大幅な純損失を出しています。

その中でドイツを本拠とする旅行業者でアメリカのオンライン旅行大手エクスペディアの子会社になっているトリバゴと、イギリスのラグジャリー(高級)eコマース企業ファーフェッチだけが、なんとか純利益を確保できています。

発行済み株式の過半数をエクスペディアに握られているトリバゴは、親会社の監視がきびしくてあまり自由に役員報酬拡大をできないのかもしれませんが、ファーフェッチにはそうした事情は介在していません。

どうやら、企業のお手盛り報酬に対する社会全体の許容度の問題もあるようです。

なお、あまり広く知られていない小型株が多い中で、たまたま今年の1~3月の四半期決算が▲3.3%の純損失となったアマゾンと、ライドシェアとデリバリーの草分けとして知名度の高いウーバーの純損失率▲87%という、すさまじい数値が目を惹きます。

アマゾンの場合には、役員たちがこんなに株価連動性の高い報酬をもらっていなければ、純損失を計上する必要はなかったでしょう。

ですが、なにしろワシントン・ポストというかつての一流紙を買収してしまったこともあり、民主党リベラル派に政治家たちにたっぷり献金をしていることもあり、取り立てて批判を浴びることもなかったようです。

ウーバーの場合、あらゆるサービスを顧客にタダで提供した上に、本来いただくべき金額の9割近いお土産まで差し上げているのかと思うほどの巨額損失です。

それでいて、経営陣は派手に話題を提供していた頃に舞い上がった株価にもとづいて、巨額報酬を得ているわけです。

ウーバーの経営陣なら、たとえウーバー自体は破綻したとしても、うまく金融市場にもてはやされるコンセプト造りに成功した手腕を買われて、何度も新興企業を立ち上げては上場させてそのたびに荒稼ぎをするという生き方もできるかもしれません。

同行のリフトやドアダッシュの経営陣は、今の仕事では高かった頃の株価を反映して高収入でも、同じ手はくり返し使えないでしょう。やはり、トップになるか、二番煎じ、三番煎じで終わるかの差は大きいと思います。

このグラフに出てくるアメリカ企業の中ではいちばん健全な純利益率を確保しているフィグスは、ヘルスケア衣料品という、やや怪しげな商品を製造販売している会社のようです。

上には上があるお手盛り報酬のひどさ

なお、上のグラフに登場した16社はともかくFCFがプラスであるうえに、株価にもとづく役員報酬は最大でも2.4倍でした。

しかし、欧米、とくにアメリカではFCFがマイナスなのに役員が高い株価連動型報酬を得ているとか、一応FCFはプラスだけれどもその4倍以上の報酬を役員が得ているといった、とんでもない企業があります

左側の5社がFCFがマイナスの企業で、さすがに最低でも売上高の3割近い純損失になっています。

業態を見ると、株主はいったいどこに魅力を感じてこんな企業に投資をしてしまったのだろうと首をひねってしまいます。

中でも、役員報酬を入れるとキャッシュフローがほぼ2億ドル(254億円)のマイナスになっているホィールズ・アップという会社の、オンデマンド航空というのはたぶん団体旅行用に航空機をチャーターできるということなのでしょう。

ですが、どうにも専業企業が取り組める仕事量がありそうに思えません。

それぞれ売上高の6割を超える純損失になっているモデルがファッションショーの花道を着て歩くような衣裳をeコマースで売るとか、企業が隣近所にも世界全体にも同じように情報発信をできるSNSとか、どこにそういう需要があるのだろうかという気がします。

FCFはプラスだけど、その4倍以上の役員報酬が出て行ってしまう4社のほうは、純損失率もFCF赤字企業よりは低いし、それなりに需要のありそうな仕事をしている気がします。

ただ、それだけに役員がこんなに強欲に報酬をむさぼらなければ、きちんと純利益を上げながらやっていけるだろうにと残念になります。

中には株価操縦疑惑の生じた企業も

なお、前のグラフで7位、FCFの107%に当たる役員報酬を出していたスナップチャットは、役員が自分たちの報酬を高めるために株価操縦をしていた疑いがある、かなり悪質な会社です。

その後大事件が続いたために忘れ去られた感がありますが、2月3日にフェイスブック改めメタの株価が大暴落しました。

大きな理由がアップルのiフォーンに、個人情報の流出を防ぐ機能ができたためにかなり広告収入が減少したことでした。

SNS利用者の情報を広告出稿企業に売ることで事業が成立している企業は、軒並みつれ安しました。

スナップチャットもそのうちの1社だったのですが、その後会社側の公式発表として「他のSNS業者は同様に収益が下がるかもしれないが、弊社はほとんど影響を受けない」と称して強気な見通しを打ち出したのです。

上のグラフで2022年に入ってから一度急落してから、急落以前に戻った部分です。ところが、実際に2022年第1四半期の決算を発表してみたら、増収ながら前四半期の1株当たり当期利益の3倍の額の当期純損失という惨憺たる業績で通期の見通しも大幅に下げました。

どうやら、3月末か4月初めごろの株価を高く保つために、意図的に根拠のない強気見通しを発表していたらしいのです。

こうした露骨な株価操作こそしませんが、2022年第1四半期はアマゾンもかなりきびしい決算となり、株価も急落しました。

もう少し早くから会社側による見通し悪化のガイダンスがあれば、3月末から5月初めにかけての1000ドルを超える急落は避けられたのではないかと思います。

ただ、すでに先ほどご紹介しておいた事情もあって、アマゾンはスナップチャットほど批判の矢面に立たされることはなかったようです。

新規上場企業の賞味期限はどんどん短くなる

心配なのは、どうもウーバーが上場した2019年頃から新規上場株の賞味期限がどんどん短くなっているような気がすることです。

たとえば、ペットフード専門のチューイーの上場来株価推移をご覧ください。

そもそも売上が急増したり、収益性が画期的に向上するような業態ではないと言ってしまえばそれまでですが、約1年半で3倍を超える株価上昇のあと、ほぼ同じ期間で新規上場価格を下回るところまで下げてしまいました。

ウーバーと同じライドシェアでウーバーより半年早く上場していたリフトは、おそらくライドシェアとデリバリーの2部門を兼営しているウーバーに話題をさらわれてしまったことも影響して、結局上場直後が最高値であとは下がりっぱなしです。

ややおくれて2020年12月に上場したデリバリー専業のドアダッシュは、その後1年弱で上場来高値を記録したものの、現在は上場時の半額以下に低迷しています。

両部門を兼営しているウーバーが話題性では圧倒的に有利だったものの、両部門とも業績が振るわず、売上高の9割近い純損失を出していることは、すでにご覧いただいているとおりです。

今後も増える短命に終わりそうな新規上場株

さてこれからはとなると、どうやら2019~20年組よりさらに粗製乱造型の新規上場株が早々と賞味期限切れを迎えそうな形勢です。

去年の6~7月の2カ月だけで約115社、1日に2銘柄ずつ上場していた勘定になります。

特別買収目的会社(SPAC)という、「ファンドマネジャーが差し出す空箱にカネを入れてくれれば、適当に上場できそうな企業を探してきます」というファンドが大流行りした時期です。

悲劇的なのは、この新規上場が大ブームを迎える4~5月前の2021年2月には、新規上場株ばかりの上場投信(ETF)や、似たような狙いのARKK投資顧問のファンドは、大虐殺ともいえる暴落過程に入っていたことです。


と、ここまでは小型株や未上場株の専門家でなければ「将来性もありそうな新しい会社が、経営陣の欲張り過ぎでポテンシャルを十分発揮しないうちに経営難に陥ってしまいそうなのは、かわいそうだね」で済む話です。

上場直後に株価が暴騰したりすると、経営陣にはふつうの勤労者が一生コツコツ働いても得られないような収入が入ってくるのかもしれませんが。

ところが、アマゾンの株価連動役員報酬がFCFの77%にのぼっている事例でもご覧いただいたように、経営陣が強欲すぎるという弊害はこれまで一貫して好調だったアメリカ株を牽引してきたハイテク大手株にも共通する問題なのです。


ご覧のとおり、ハイテク大手8銘柄すべてが弱気相場入りの目安とされているピーク比で20%を超える下落に見舞われています。もともと株価に見合うほどの収益増がなかったと言えばそれまでですが、その一因は経営陣の株価連動型報酬が高すぎたことにあるのは間違いありません。


編集部より:この記事は増田悦佐氏のブログ「読みたいから書き、書きたいから調べるーー増田悦佐の珍事・奇書探訪」2022年5月26日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方は「読みたいから書き、書きたいから調べるーー増田悦佐の珍事・奇書探訪」をご覧ください。