『銀座 久兵衛』といえば、名店中の名店。ゆえに、タイトルを見た時点で「そんなの久兵衛の方が美味いに決まっている!」と思った人は多いことだろう。
味の優劣だけを論じるならばそうかもしれない。ただ、私はこうも思うのだ。
久兵衛の寿司を日常的に食べている人にとって、スシローは未知の世界の謎企業ではないか、と。
──もちろん全員ではないが、「スシローなにそれ?」って人が一定数いそうな気がする。
そして逆もまた然り。かく言う私もスシローには何度となくお世話になっているが、久兵衛の寿司を食べたことは1度もない。
つまるところ、久兵衛とスシローはともに寿司を扱う店でありながら、まるで異業種。コンサルとサーフィンショップくらい雰囲気が違うと言っても過言ではない。
では、2つの店が扱う商品にはどのような違いがあるのか? そもそも、2つを交互に食べ比べる経験をした人はあまりいないのではないか?
──と考えるとやってみたくなったので、それぞれのテイクアウトメニューで食べ比べることにした。店内飲食と比べたら状況が異なるとはいえ、条件はどちらも同じ。
ただし、お察しの通り価格帯が全然違う。久兵衛で購入したのは『握り10貫』でお値段なんと8100円!!
それに対して、スシローで購入したのは10貫入りの『はやし』で650円。ショーケースにはもっと安いものもあったが、今回の食べ比べにおいて価格差が10倍だろうと20倍だろうと大したことではなかった。
では、何が決定的に違ったのか? その点について説明する前に、まずはビジュアルの違いから見ていこう。こんな感じだ。
久兵衛の方は見るからに名店の風格が漂っているが、その発生元は何なのか? 言い換えるならば、一体何が “風格” を生み出しているのだろう? 器だろうか? ネタの色合い? あるいはネタとシャリのバランス?
ひとことで言うならば、恐らく ”職人さんのプライド的なもの” が風格の発生元なのだろうが、それがどう寿司に反映されているのか気になる。試しに、それぞれのイカを比べてみると……
パッと見、大きな違いはない。写真では分かりにくいかもしれないが、隠し包丁が入っている点も同じだ(入れ方は異なる)。
加えて、サイズ感もほぼ同じ。ネタの色合いこそ異なるが、どちらが大きいってことも無ければ分厚いってことも無い。
では、ネタとシャリの間はそれぞれどうなっているのだろう? ネタを引き剥(は)がすのは気が引けるが、今回は企画が企画だから仕方がない。
申し訳なさを感じつつも、スシローのイカからネタを取ってみたところ……
ブリ〜〜ンッ!
と一瞬で取れた。対して久兵衛の方は……
!!!!
剥がれない……!!
そう、ここが大きな違い。久兵衛のイカはシャリにしっかりとめり込んでいるので、簡単には剥がせないのである。
まぁ、強引にやれば剥がせなくもないのだが、イカから「たとえ記事のためとはいえ それだけは絶対にやめろ!」という悲鳴にも似た声が聞こえるような気がする。
その声なき声から断固としたものを感じたので、私は諦めた。剥がした状態を見たい方には申し訳ないが、イカの抗議がすごかったとご理解いただければ幸いだ。
では、続けて味の違いを見ていこう。イカを例に取ったが、これから説明する2つの相違点はどのネタにも共通していたと思ってもらっていい。
それはあまりにも大きな違い。言い換えるならば、どんなバカ舌でも分かるポイントである。何かというと……
・温度が違う
スシローの寿司が冷たいのに対して、久兵衛の寿司は常温。厳密には常温ではないのかもしれないが、冷たさをまったく感じない。そのためか、久兵衛の寿司は口の中で踊っているかのようだ。
ナマもののテイクアウトのなのに、これは何気にすごいことではないだろうか? 持ち帰りだと腐るのが怖いので、素人考えでは冷やしたくなってしまうが……。久兵衛はまた違うらしい。
なお言うまでもないだろうが、常温だからといって久兵衛の寿司に問題があるとはまったく思わなかった。それどころか、今まで自分が食べテイクアウト寿司の中でぶっちぎりのNo.1である。
・シャリの存在感が違う
また、これは “温度” とも関連しているのかもしれないが、スシローに比べて久兵衛のシャリは1粒1粒がしっかりしている。そのため、どのネタもシャリの存在感がまったく違うのだ。
これは実に不思議である。先に述べたように、久兵衛の寿司はネタが剥がせないほど強固に握られていた。普通に考えれば、しっかり握り込めば握り込むほどシャリは圧迫されてベチャっとしそうなものだが……。
物理の法則に反してくる久兵衛、一体どういうマジックを使えばこうなるのか。私にはまったく分からない。
・スシローは真逆
その点、スシローは久兵衛と真逆。何の苦労もせずにネタを剥がせる(つまり強く握られているとは思えない)にもかかわらず、シャリがベチャっとしている。
というか、私は今まで何度もスシローを利用してきて、そのようなことを感じたことは一度もない。味に対して不満を抱くことなく食べ続けてきたのだが、久兵衛が相手ではどうしてもスシローの欠点が目立ってしまう。
言ってみれば、久兵衛とスシローは「日本の寿司」と「海外の回転寿司」くらいの違いがあった。海外の回転寿司しか知らなければ味に疑問を抱くことはないかもしれないが、一度でも日本の寿司を食べてしまったら……。
ある意味で悲劇だろう。日本の寿司しか受け付けない体にでもなろうものなら、何かと面倒くさいことになるのだから。
・結論
さて、相違点を挙げればキリがないので、このあたりで結論を出そう。本記事のテーマ、「久兵衛の寿司とスシローの寿司の間には一体なにがあるというのか?」に対する回答としては……
『マジの国境』がある
──としたい。別に「海」でも「税関」でも「数千キロの距離」でも何でもいいのだが、“久兵衛の寿司”と “スシローの寿司” は焼き鳥とシュラスコくらい別物だと言っても大げさではない。
というわけで、私にとって人生初の久兵衛は一種の異文化勉強会……いや、もはや海外旅行であった。震えるような支出も、そう考えれば納得できるというものだ。
参考リンク:一休.com「銀座 久兵衛 銀座本店・新館」、スシロー
執筆:和才雄一郎
Photo:RocketNews24.