菜食をそろそろやめる。今ステーキを食ったら鼻血を出すかもしれない
特に理由もなく菜食(ほぼ)を始めてしまって40日が経っていた。ちくわを食べてみたが「バットでサンドバッグをフルスイングで叩いたような衝撃」であった。
これはあれができるかもしれない。ああ、あれでしょう、と思った方、ご明察である。「富山から上京してきた藤子不二雄Aが手塚治虫にうなぎを食わせてもらって興奮して鼻血を出した」である。
今ならできるかもしれない。そして私はうなぎではなくステーキを食べた。
なんでうなぎでなくステーキを食べたんだ、というご指摘はごもっとも。藤子不二雄Aはステーキを食べたと盛大に勘違いをしていて記事を書く段階で気づいたのだ。菜食といっても正確には”肉断ち”だったので勘違いに拍車がかかった。
でも何かを食べて鼻血を出すというのは栄養のことではない。興奮して鼻の奥のキーゼルバッハ毛細血管で出血するそうだ(医者に聞いた)。
なら肉断ちのあとステーキで興奮して鼻血を出すということも可能ではないだろうか。
IKEAで安かったから菜食になった
話はそもそもなぜ菜食をしていたのかというところにさかのぼる。
たまたま寄ったIKEAで代替肉が値下げしていたのだ。
もったいなくて菜食を続ける
安くなっているなら試しに、と買って食べてみた。肉風のかたい豆腐みたいなものである。まだたくさんあるので翌日も食べた。2日目も菜食になったわけである。
とすると2日目の夜には「今やめたらもったいない」気になる。3日目も4日目も菜食になる。もったいない精神、つまり貧乏性から菜食になってしまったのである。
味を時間で考えるようになる
とはいえ完全な菜食ではなく「肉は食べない」程度である。だが「せっかくだから」と魚もあまり食べなくなり、菜食は続いた。もともと全粒系の穀類が好きでプロテインで補うようなことをしてたので、それを基本にしていた。
体の変化はあまりない。豆をよく食うからか屁が出まくるくらいだ。ただ舌の変化はある。
「味の奥行きがわかるようになるでしょう?」知り合いの俳優が聞いてきた。彼は舞踏の世界にいて、そこの合宿では感覚を研ぎ澄ませるために玄米や野菜などを食べたりするそうだ。
言ってる意味はわかる。味を「時間」で考えるようになる。野菜も穀類も総じて味の持続時間が短い。
味は相対的なもの
たまには、とちくわを食べてみた。するとその旨味のインパクトたるや。重たいサンドバッグを木製バットでフルスイングしたような衝撃があった。ドゥンッ!!である。その後サンドバッグはゆれている。味が持続している、そんなイメージだ。
ちくわがミシュランで星をとるような店で食べるようなものになる。味とは相対的なものであることをここで知った。菜食、おもしろい。
私達が100円でミシュランの店に気軽に行きたければ菜食をしてちくわを食べればよい。そんなことがわかった。だがここで一つの悪い虫がはたらく。それは「菜食をしてミシュランの店に行ったらどんなことになるのだろう…!?」である。解禁の際には高級店に行ってやろうと決意する。
世の中のほとんどの店は肉がウリ
40日が経ったあたりで菜食をやめることにした。考えてみればほとんどの店のウリは肉なので、外食に困るのである。ここらで一回解禁しておこう。となると高級店である。肉を食うならステーキではないか。
もしかしたら興奮しすぎて鼻血を出すのではないだろうか。そう、手塚治虫にうなぎを食わせてもらった藤子不二雄のように。
熟成肉を食べに行く
良い肉を食べよう。とはいえ和牛の良いものは脂っぽくなりそうだ。
もっと肉肉しいものがいいが……ということで熟成肉というものを食べに行くことにした。NYからやってきたウルフギャング・ステーキハウスである。ミシュランで一つ星ももらってるようだ。早くも鼻腔の奥の血管が騒ぎ出した。
お坊さんが山を降りたときのように
肉が嫌いになったわけではなく、シズル感たっぷりのお肉映像を「おいしそうだな」と見ていた自分に気づいていた。「明日、肉を食べるのだな」と前夜に思った。その後がむしゃらに腕立て伏せをした。
中学のときにお坊さんが学校に話をしに来てくれたことがある。火に囲まれてお祈りをする修行が終わると、カラフルな色の服を着た女の人に見惚れるそうだ。その気持ちがわかる。
私は欲望にとらわれている。腹筋もした。
歓楽街には肉がつきものである。六本木の飲食店は肉をウリにする店がことさら多いように思う。六本木に少しでも風が吹けば私のむきだしの欲望に触れて反応する。脳からたえず変な汁が出ている。専門家が「麻薬と同じ」と言いそうな汁である。セラピーに通いたい。
この記事はバリバリの経費です
なにかを食べるときに「自腹ですよ!」とアピールするWEB記事は多い。人は、人が汗をかいたり痛みを感じているのが好きだからだ。
そんな折、この記事はバリバリの経費である。自分の財布痛めるのだって一つのドーピングであるし、純粋に菜食明けの最高級ステーキの味を判断してみたい。
ランチ価格で7150円+10%のサービス料の熟成サーロインステーキ。こんなに高いアメリカ牛があるのか。中から若く青いスーツを着た人たちが出てきた。商談や接待だろうか。お見送りする店の人も体の線がきれいに見えるようなワンピースを着ている。
トロブリアンド諸島では貝殻の宝物を持ち回りで交換し合う。熟成肉やブランドものを持ち回りで交換している世界を想像する。一方、私は最近文旦をもらった。それぞれの世界がある。
「お水でいいです」の試練をくぐり抜けて、すいませんがステーキ単品で一つ…とお願いすると「焼き加減はいかがいたしましょうか?」の試練が来た。ステーキ店に行かないうえに菜食の人は「一番普通のやつで…」というのが精一杯である。
同行してくれた編集部の藤原はロコモコを頼んだことで難を逃れていたが、「ロコモコの火の通し加減はいかがいたしましょうか?」と聞かれていた。私達はもう火の通し加減から逃れられない。
脳から汁がしたたっている
熟成肉のサーロインは1ヶ月程度寝かされたものらしい。特になにかソースがあるわけでもなく、バターと塩胡椒程度のようだが…
そんなことよりも欲望が震え上がっている。肉を目の前にして興奮する気持ちはこれが欲望かとはっきりとわかった。ステーキを食べることが犯罪でなくて助かった。これはくりかえしてしまう気持ちもわかる…
そしてバネが切れて止まってしまった
もちろん味がすごいのであるが、味がすごいのである。繰り返しになるがもう一度言おう。味がすごくて味がすごいのだ。
心のばねばかりが伸び切ってしまったのでもうここで解散でいいですか。明日は9時からです。私は休みますので。
味が強く長い、以上、解散
もちろん焼いた肉の味である。知らない何かではない。しかしインパクトが強いし持続時間が長い。すさまじく、今までになく、弩級の、最強の……副詞を色々用意したので適当に強調しておいてほしい。とにかく味が強くて長いのである。
どれくらい長いかと言ったら食べ終わっても続くのである。そんなことあるだろうか。食べ終わってるのに味が続くのだ。肉は味の持続時間が長いなと言っていたが長すぎやしないだろうか。
本当にこれ肉の味なんだろうか。待たされるなあと思って覗いてみたらみんな帰ってたときのあれではないかこれは。
横で藤原が「この一切れで千円いくらですね」と興味を示したので「貸し、な、貸し。おごりではなく」と肉のかけらをあげた。すると藤原が言う。「これ味がつづきますね」と。おい、私の菜食はなんだったんだ…。
熟成肉は味がつづくらしい
「味がずっとつづくんですが…」と新たに取り分けに来てくれたお店の人に聞いてみた。菜食明けなんじゃないかとは言われず、やはり熟成肉だから旨味が強いそうだ。
なんてこった。菜食はなんだったんだ。いやいや、でもこんなに感動してる人はこの店にいない。身ぎれいにした20代女性と50代男性、近所を歩いてた風のご夫婦、そして何かのお祝いグループ…港区然とした客層で固まってる菜食の人は1人もいない。
それもそのはずである。私の中では「菜食→ちくわ(菜食にとってのミシュラン)→ミシュラン級の肉」というようにミシュランの掛け算が行われている。やっててよかった公文式。天才少年ここにありである。
味に意識がいきすぎて見えなくなる
「これ今、見えてない」と藤原に何度も言ったように、味への意識が強すぎて視界がはたらかなくなってきた。音楽に集中したいから目を閉じるみたいなものである。菜食明けで熟成肉食べる人が見えなくなるのは初めてキスをする人のそれではないか。
そして強くて大きい味をイメージする。脳裏にあったのは数十トンくらいあるコンクリートブロックである。それが店内にあるようなイメージ。
「コンテナを思わせるような大きくて重いコンクリートブロックのような味」とソムリエが言い出したら職を失するだろう。それでもそう思ったのだから仕方がない。「だいたい全部グレープ味です」と言い残して私はソムリエを辞める決意をした。
めちゃくちゃに疲れた
骨周りの肉もとりわけていただいて、満腹となり、テーブルチェックへと進む。それでもまだ味は続いていた。味ってなんなんだ。胃に物体は移行しているのに、なぜまだ味を感じているのだ。
それにしても疲れた。「疲れる…疲れる…」と後半しきりに言っていた。肉ばかり食べてアゴを使ったのもそうだが、何より感動し疲れたのである。
鼻血は出なかった
結局、鼻血は出なかった。ただただ疲れた。藤子不二雄Aは家がお寺だったようで、手塚にうなぎを食わせられるまで肉、魚をほぼ食わず育ったそうだ。やはり40日程度では足らなかったのだろう。10年スパンまでいかないと鼻血は出ない。鼻血は勲章なのである。
その日は14時にステーキを食べた後、ぐったりして夜もクッキーを数枚食べるだけで済ませた。翌日、家で鳥の唐揚げを食べた。これも熟成肉ほどではないにしろ、味が強くて長かった。やはり菜食明けの効果はあったようだ。
そりゃそうだろう。「あそこのステーキは店を出て交差点1個分くらい味が続くよね」という話は聞いたことがない。
これがミシュランのかけ算か…
こうして味をめぐる冒険は終わった。味は相対的なものであり、肉への魅力は性欲くらい欲望がまるだしになるものだった。いろいろな知見がたまり、菜食はとてもおもしろい。
さあこれで肉解禁、となったのであるが、それでもまだあんまり食べる生活には戻ってない。
というのも粗食がいまだおもしろいのである。ふだんの味のつまらなさにもなれたし、たまに飲み会とかがあって(今後はないかもしれないが)ただ一人、何も言わずに感動してる人間がいるのもおもしろいのではないか。
もちろん地球環境や体によさそうということもある。しかし日常をダイナミックに生きるには、ケをよりケらしく過ごすことが何より手軽なのではないか。
ライターからのお知らせ
途中でテレビのロケ弁頂いたくだりがありましたが、大北はライターのくせしてコントとか書いてるんだよな、といううっすらした認識で進んできております”明日のアー”がテレビでコントをします
3/16フジテレビ深夜の水曜NEXT!というアンタッチャブル山崎さんと有村架純さんがメインMCの番組です。先週今をときめくダウ90000が出まして、その枠です。関東ローカルですがTVerもあるようなので見てください。この記事にも出てくる藤原浩一が出演しています。僕は書く側なので出てこないんですね。
せっかくなので公演映像とかも買えるようにしておこうと販売再開させます。詳細はTwitterなどで。