中国製EV導入で日本「丸裸」に? – WEDGE Infinity

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日本への中国製EVの進出がますます進む中、自動車データの重要性については無関心な日本人。日本が丸裸にされないうちに自動車データ管理法の制定が急がれる。

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日本への中国製電気自動車(EV)の浸透が止まらない。

昨年暮れ、衝撃的なニュースが流れた。京阪バスが京都市内を走る路線で、中国の自動車メーカー比亜迪(BYD)製電気バス4台の運行を始めたのだ。運行には関西電力も参加している。

京阪バスが中国製電気バスの採用を決めたのは、圧倒的な価格差である。国産の電気バスが約7000万円と高額なのに対し、BYD製は、約1950万円で、全く勝負にならない。BYDは2030年までに4000台の電気バスを日本で販売する計画だという。

低価格を武器に日本市場に攻め入る中国製EV

中国製EVは路線バスだけではない。物流大手の佐川急便は配送用車両として、中国の広西汽車集団が生産するEVトラック7200台の導入を予定している。また、「即日配送」で急成長したSBSホールディングスでは今後5年間で、自社の車両2000台を東風汽車集団のEVトラックに置き換える予定だという。

中国製EVの日本市場への浸透は、商用車に限ったことではない。上汽通用五菱汽車(ウーリン)が生産する小型EV「宏光(ホンガン)MINI EV」の低価格を武器に日本進出を狙っている。日産と三菱自動車が今年投入を計画している新型軽EVが政府の補助金を使っても200万円前後なのに対して2万8800元(約46万円)と破格の安さを売りにしている。

こちらのモーターは日本電産製であることから日本進出してきた場合、日本の安全基準に適合させるため改良が必要だが、そこそこ売れる可能性もあるのではないか。いずれにせよ圧倒的な低価格は、国産自動車メーカーにとって驚異となることは間違いないと思われるが、圧倒的な低価格を実現している背景には、中国政府の戦略であることを忘れてはならない。

中国政府はEVを国の基幹産業にすることを国策としており、バッテリーメーカーやEV自動車メーカーへ投資するとともに世界シェアを上げるために、助成金も出している。一方、中国は世界貿易機関(WTO)に01年12月に正式加盟しているが、加盟後20年もの歳月が経っているものの、助成金の総額は公表していない。

中国が矢継ぎ早に施行した自動車データ安全管理法とは

中国政府がEVで市場を制覇する目的は、単に物量としての制覇だけではない。自動車が生み出すデータを掌握することの重要性を十分、認識しているからだ。

中国では、昨年10月1日に「自動車データ安全管理に関する若干の規定」という法律が施行されている。中国国家インターネット情報弁公室が2021年4月12日付けで「自動車データセキュリティ管理に関する若干の規定(意見募集稿)」を公表し、パブリックコメントを募集した後、8月16日に公布された。わずか2カ月というスピードで「自動車データ安全管理に関する若干の規定(試行)」が施行されていることからも中国政府が、いかに自動車データを重視していることが窺い知ることができる。

この法律の施行前の21年9月には「中華人民共和国データセキュリティ法」が施行されており、その第1章一般規定、第2条で「中華人民共和国の領土内でのデータ処理活動の実施およびそれらのセキュリティ監督に適用されるものとします。中華人民共和国の外でデータ処理活動を行い、中華人民共和国の国家安全保障、公共の利益、または市民や組織の正当な権利と利益を損なう者は、法律に従って法的責任について調査されるものとします」としていることから、自動車データも国内蔵置を前提としていることがわかる。

この法律でいう自動車データとは、自動車の設計、生産、販売、運営、保守などに関連する個人情報及び重要データをいうとされ、自動車にまつわる全ての行為を適用対象としていことから、自動車産業全体を統制するものである。中国に進出している日本の自動車メーカーもこの法律に従うことになり、新たな貿易の障壁となることが予想される。

なぜ自動車データは重要視されるのか

重要データとは、「一旦改ざん、破壊、漏洩または不正取得、不正利用がなされると、国家安全、公共利益または個人・組織の適法な権益に損害を与える恐れのあるデータ」としており、自動車データ取扱者は、「重要データを取り扱う場合、関連する規定によりリスク評価を行い、省レベルの所管部門にリスク評価報告及び自動車データ安全管理状況年度報告書を提出しなければならない」としている。

重要データの例としては、最初に「軍事管理区域、国防科学工業に係る機関、県レベル以上の党および政府機関等の重要・機微なエリアでの地理情報、人流情報、車両流量情報などのデータ」を挙げている。

自動車の流量情報などの情報は、積み重ねることによって思わぬ情報暴露につながることがある。18年1月に発覚した米軍の秘密基地暴露事件がその例だ。

スマートフォンなどのGPS情報を使ってジョギングやサイクリングなどのアクティビティを記録・分析できるアプリ「ストラバ(Strava)」に搭載されたヒートマップ(Heatmap)機能は、アプリを使っている人のアクティビティデータを取りまとめることで、地球上のどの場所で多くのアクティビティが行われているのかを色で示すことができる。1人の男性が「フィットネス&ソーシャルメディア社のストラバがアクティビティヒートマップ機能をリリース。軍の基地の場所を特定するのに優れている」というツイートをするとともに、シリアに置かれているロシアの「フマイミーン空軍基地」とみられる位置のヒートマップ画像を公開したのだ。

基地で任務にあたる兵士やスタッフがスマートフォンやウェアラブル端末のトラッキング機能をオンにしたまま業務や訓練を実施したことで、活動の全てが記録されていたことが原因とみられる。ツイートのマップには、おそらくシリアのどこかと思われる基地の中における軍関係者の行動バターンがクッキリと表れていることがわかるほか、主要施設と思われる場所がハッキリと示されていたのだ。

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バスや宅配便の運行情報も重要データの対象

中国政府が昨年3月に米テスラ社製自動車の軍施設や軍関係者の居住地への乗り入れを禁止したのと同様に、中国政府がGPS情報によるヒートマップや車載カメラの撮影情報など、自動車データが収集されることを警戒していることがわかる。ちなみに中国では、02年以降、中国人民共和国測量法が施行されたことで、中国本土における個人の測量や地図作成は非合法化されており、05年には、新疆ウイグル自治区の空港や水道施設、高速道路の位置情報を集めたとして日本人の学者2人が罰金に処せられている。

このほか重要データとしては、「車両流量、運送情報など経済進行状況を反映するデータ」や「自動車充電ネットワークの運行データ」、「認証やナンバープレートなどに関する情報を含む車外動画、画像データ」、「個人情報の主体が 10 万人以上におよぶ個人情報」、「国家インターネット情報部門と国務院発展改革、工業および情報化、公安、交通運輸に関連する部門が明確にする国家安全、公共利益または個人・組織の適法な利益に影響をおよぼす可能性のあるその他のデータ」が挙げられている。

「車両流量、運送情報など経済進行状況を反映するデータ」は、例えば、路線バスの運行情報、特に遅延情報はその都市の経済の活性化状況がわかるし、宅配便の運行情報からはGDPの推計もできるはずだ。

日本も自動車データ管理法の制定を急げ

ことほど左様に自動車データの重要性を理解し、中国国外へのデータの持ち出しを禁止しておきながら、海外へはEV自動車の輸出大国を目指す中国は、その先に自動車データを掌握し、その国を属国化する野望も見てとれるのは、私だけだろうか。

ビックデータの解析が重要だと言われて久しいが、サイバーセキュリティの脅威やビックデータの重要性に大半の日本人は気づいていない。中国に倣って、日本も自動車データの国内処理や国内蔵置の義務づけを図るべきだ。一刻も早く、自動車データについて、経済安全保障の観点から議論が高まることを期待する。

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