世界に13億人以上の信者を抱える世界最大キリスト教派のローマ・カトリック教会は今年も聖職者の未成年者への性的虐待関連事件がメディアを騒がせ、高位聖職者の枢機卿の不正財政問題なども明らかになるなど、教会を取り巻く環境は一段と厳しくなってきた。2021年のローマ教皇と教会の歩みを少し振り返った。
ローマ・カトリック教会最高指導者、ローマ教皇フランシスコは今月17日、85歳の誕生日を迎えた。バチカンニュースによると、祝賀会は側近関係者だけを集めて行われたという。アルゼンチン出身のフランシスコがコンクラーベ(教皇選出会)で第266代教皇に選出されてから8年が経過した。フランシスコ教皇は7月4日、ローマのアゴスチノ・ゲメリ・クリニックでセルジオ・アルフィエリ医師の執刀による結腸の憩室狭窄の手術を受けた。予定より長く10日間、入院した後、バチカンに戻った。そして9月12日から15日にかけ、中欧のハンガリーとスロバキアを訪問し、今月2日からキプロスとギリシャを司牧訪問したばかりだ。
2020年以来、新型コロナウイルスの感染拡大のため、キリスト教会の2大祝日、復活祭とクリスマスは信者たちと共に盛大に祝うことはできず、バチカンでは今年は4月4日、昨年に続いてサンピエトロ大聖堂で復活祭の記念礼拝が関係者だけで行われた(「羊たちのいない教会の『復活祭』」2020年4月13日参考)。今年のクリスマスも同様だ。
カトリック教会で今年最大のニュースといえば、その犠牲者の規模からいうならばフランスのカトリック教会の聖職者の性犯罪報告書の内容だろう。10月5日、欧州のカトリック教国フランスで、1950年から2020年の70年間、少なくとも3000人の聖職者、神父、修道院関係者が約21万6000人の未成年者への性的虐待を行っていたこと、教会関連の施設での性犯罪件数を加えると、被害者総数は約33万人に上るという報告書が発表された。その内容はバチカン教皇庁だけではなく、教会外の一般の人々にも大きな衝撃を与えた。報告書は独立調査委員会(CIASE)が2019年2月から2年半余りの調査結果をまとめたものだ。その余震はまだ続いている(「欧州代表的カトリック教国の『汚点』」2021年10月7日参考)。
バチカンニュース(独語版)は10月5日、フランス教会の聖職者の性犯罪報告書の内容をトップで「フランス、聖職者の性犯罪に関する新しい報告書の恐るべき数字」という見出しで大きく報道した。バチカンのマテオ・ブルーニ広報局長は、「フランシスコ教皇は報告書の内容にショックを受けた」と伝えた。聖職者に性的虐待を受けた犠牲者の1人は教会関係者に対し、「あなた方は人類の恥だ」と叫んだという。
フランスのジェラルド・ダルマナン内相は同月12日、仏カトリック教会司教会議議長のエリック・ド・ムーラン・ビューフォート大司教とパリで会い、教会の「告白の守秘義務」について話し合った。聖職者の未成年者への性的虐待事件が多発し、教会への信頼が著しく傷つけられる一方、教会上層部が性犯罪を犯した聖職者を「告白の守秘義務」という名目のもとで隠蔽してきた実態が明らかになったからだ。聖職者の「告白の守秘義務」を撤回すべきだという声が教会内外で高まってきている(「聖職者の性犯罪と『告白の守秘義務』」2021年10月18日参考)。
フランシスコ教皇は就任後、3つの課題に集中的に取り組んできた。「教皇庁の改革」、「バチカンの財政の透明性」、「教会での聖職者の未成年者への性的虐待事件の防止」だ。バチカン裁判所は7月27日、バチカン前列聖省長官のジョヴァンニ・アンジェロ・ベッチウ枢機卿ら10人の不正財政活動に対する公判を開始した。べッチウ枢機卿らの主要容疑は、英ロンドンの高級繁華街スローン・アベニューの高級不動産購入問題での不正だ。べッチウ枢機卿はフランシスコ教皇が信頼してきた最側近だっただけに、同事件は教皇にも大きなダメージを与えた。
欧州のカトリック教国ではここ数年、聖職者の未成年者への性的虐待問題が表面化し、国民、信者たちの教会離れが進むなど、「カトリック教国」の看板が大きく揺れ出している。“カトリック教国の落日”を強く印象付けたのはアイルランド教会だ。同国ダブリン大司教区聖職者の性犯罪を調査してきた政府調査委員会が2009年12月、調査内容を公表し、大きな衝撃を与えた。同国のダーモット・アハーン法相(当時)は、「性犯罪に関与した聖職者は刑罰を逃れることはできない」と強調。調査対象は1975年から2004年の間で生じた聖職者の性犯罪で、数百人の聖職者が性犯罪に関わっていた。
そして、冷戦時代にヨハネ・パウロ2世を輩出したポーランド教会でも聖職者の性犯罪が暴露され、国民の教会への信頼は大きく揺れた。ポーランド教会は欧米キリスト教会でも中心的な地位を誇ってきた。その国で聖職者の未成年者への性的虐待事件が頻繁に行われ、教会側がその事実を隠蔽してきたことが発覚した。
冷戦時代を思い出してほしい。ポーランド統一労働者党(共産党)の最高指導者ウォイチェフ・ヤルゼルスキ大統領は当時、「わが国は共産国(ポーランド統一労働者党)だが、その精神はカトリック教国に入る」と述べ、ポーランドがカトリック教国だと認めざるを得なかった。その国でカトリック教会への信頼は急落してきているのだ。同国の日刊紙デジニック・ガゼッタ・プラウナとラジオRMFが報じたところによると、ポーランド国民の65.7%が「カトリック教会の社会での役割」に批判的な評価を下し、評価している国民は27.4%に過ぎないことが判明している(「ポーランドのカトリック主義の『落日』」2020年11月7日参考)。
ドイツでも今年、ケルン市のカトリック教会大司教区が大揺れとなった。信者たちの教会脱退が急増し、同大司教区の最高指導者ライナー・ヴェルキ大司教(枢機卿)の辞任要求が高まった。ケルン大司教区の混乱の直接の契機は、ヴェルキ枢機卿が2017年に実施された聖職者の未成年者への性的虐待問題の調査報告書を「調査方法が十分でなかった」という理由で公表を避けたことだ。それに不満をもった信徒たちが次々と教会から脱退。ヴェルキ枢機卿は昨年、聖職者の性犯罪問題の再調査を要請、自身が任命した弁護士に調査を依頼した、と言った具合だ。
参考までに、フランシスコ教皇の今年の外遊ではイラク訪問が注目された。教皇は3月5日から8日まで4日間の日程でイラクを訪問した。教皇歴史でイラク訪問は初めて。イラク訪問ではアル・アリ・シスターニー師と会見した。バビロニア総大司教(カルデア典礼カトリック教会)のルイス・ラファエル1世・サコ枢機卿はイタリア日刊紙とのインタビューの中で、「ローマ教皇のイラク訪問は中東地域に希望のシグナルを発信することになる」と、教皇初のイラク訪問の意義を強調した(「5日からローマ教皇初のイラク訪問」2021年3月3日参考)。
このコラム欄で何度も指摘したが、高位聖職者の平均年齢が75歳から80歳ともいわれる超高齢社会のカトリック教会総本山バチカンが世界各国の信者に適時に牧会するとことはぼぼ不可能だ。ローマ教皇は時代の流れに迅速に対応できる体力と精神力が必要となる。
各国教会にはそれぞれ独自の伝統や文化があるから、バチカンの上からの指令に即呼応する事が益々難しくなってきた。バチカン主導の現行の中央集権体制は限界にきている。代案としては、世界各国の司教会議の権限強化だ。ある意味で正教会のような体制だ。各国の教会が独立教会として自立し、ローマ教皇は象徴的な立場に留まるのだ(「ローマ教皇の終身制は廃止すべきだ」2021年7月6日参考)。
手術後、最初のインタビューの中で、フランシスコ教皇は、「霧の深いアルゼンチンの秋にアストル・ピアソラ(アルゼンチンの作曲家、バンドネオン奏者)の音楽を聴くことができた日々を思い出す」と語っている。高齢教皇は、バチカンでの難事処理に追われ、疲れを覚える時には望郷の念が募るだろう。独週刊誌シュピーゲル(2021年12月11日号)は85歳を迎えたフランシスコ教皇を「Der Einsame」(孤独な人)という見出しで記事を載せていた。教皇の終身制は非情なシステムだ(「手術後初のローマ教皇インタビュー」2021年9月3日参考)。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2021年12月20日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。