ゴンズイという魚がいる。
本州以南の沿岸に生息する海産ナマズで、ちょっとまぬけなヒゲ面と黒地に黄白色のストライプがキュートな毒魚である。
毒魚。そう、この魚はヒレに毒針をもち、刺されると激しく痛む。そのため漁師や釣り人からは蛇蝎のごとくに嫌われているのだ。
ものの本やネット上の記述によると、その痛みたるや大人でも耐えがたいものであり、しばし地獄の苦しみを味わうというではないか。
というわけで実際に刺されてみた。
かんたんに釣れるかわいい毒魚
というわけで今回はゴンズイの毒性がいかほどのものか、わざと刺されて検証する記事です。
ゴンズイといえば、当サイトでもかつて毒ライターの伊藤健史さんが釣って食べる過程を記事にしており、その中でも触れられているとおり釣り人からはかなり邪険な扱いを受けている。
その理由は有毒であることに加えて、岸釣りをしているとやたらたくさん釣れてしまうエンカウント率の高さにもある(と言いつつ、先述の記事では初日に空振りを記録しているが)。
そのくせして、決して毒々しくはない地味なカラーリングと、ややもすると愛嬌溢れる顔立ちゆえ、釣り初心者が針を外す際などにうっかり素手で触れて害を被りがちである。
また、ゴンズイは夜行性で夜釣りでよく釣れることからベテラン勢であっても闇夜で判断を誤って事故を起こすこともしばしばだ。
今回は万全を期してロケ地である大分在住の友人ら(釣り好き)に下調べを依頼しておいたこともあり、夜釣り開始早々にターゲットを釣り上げた。
きっと友人らは「こいつはなぜわざわざゴンズイなんかを…」と思ったことだろう。
補足しておくと、僕が住んでいる沖縄県にはゴンズイが少なく、そう簡単には釣れないのだ(ミナミゴンズイという沖縄ならではの種もいるが、そちらも多くはない)。
薬用入浴剤が特効薬!?
さて!これで計24本の毒針が集まった。
どの針でも選び放題、刺される準備は整った!
ところで、今回はゴンズイに刺された際の症状の確認に加えて、もう一点だけ検証しておきたいことがある。
インターネット上でゴンズイに刺された際の症状や応急処置について検索してみると、とある気になる情報が散見されるのである。
それはカネボウ(現・クラシエ)が発売している薬用入浴剤「旅の宿・草津」を」を溶いたお湯に患部をひたす、あるいは患部へ塗布すると、たちまちのうちにその激痛が消え失せるというのだ。
奇妙な噂の出どころを探ってみると、一次ソースが見つかった。
文芸社より2006年に出版されたシロギス釣りの指南本「鍛冶泰之の大ギス投げ釣り」(※すでに絶版で、古書店ではプレミア価格で取り扱われている)である。
その中で、シロギス釣りに際してよく釣れてしまう毒魚として自身の体験をもとに対策と処置を講じるくだりがあるのだ。
それによると
“万が一刺された場合は、傷の程度にもよるが、応急処置として『カネボウ薬用入浴剤(旅の宿、草津)』を溶かして患部に付けるか、実際にこの入浴剤の入った風呂に入浴すると、これが摩訶不思議でなんと1〜2分で毒の痛みがとれる(解毒する)。その後の処置としては切り傷に軟膏を付けるとよい。または絆創膏を巻く。この療法というか、処置の仕方は嘘のようによく効いた。これは私の偶然の産物。”
とある。
入浴するとたった1〜2分で痛みがとれる!?これはすごい発見では!
ただ「偶然の産物」というのが気にかかるが…。
とにもかくにも、さっそく実践してみましょ。
一瞬で痛みは引いた!ただし…
釣ったゴンズイを持ち帰り、実験の準備を進める。
といっても、二つの水槽に同温度の湯(43度前後、熱めのお風呂くらい)を張り、その片方に「旅の宿・草津」を半袋ほど溶く(実際に入浴する際よりもはるかに高濃度の薬湯ができる)だけである。
薬湯だけでなくふつうの湯まで用意したのは、いわゆる対照実験のためである。
もし薬湯に患部を浸して何らかの影響が見られたとして、それだけでは「患部を濡らして洗うことに自体に意味があったのでは」「温められれば何でもよかったのでは」などという疑念を払えず、実験結果があまり意味をもたないのだ。
つまり、今回は左右両方の手を刺され、それぞれを別々の湯に浸すことでより正確な検証を目指すこととする。
プチッ、プチッ、と毒針が皮膚を突き抜く感触とともに、「ヂガッ!」と鋭い痛みが走る。ハチに刺された際のそれによく似ている。
だが、そこらが違う!
毒針を刺した数秒後に「ズキン!ズキン!」と骨の髄に響くような痛みがやってくる。骨を直に小さな鈍器で叩かれているような感覚だ。魚に刺毒を撃ち込まれた際の典型的な症状である。
毒の注入が体感的にはっきり確認できたので、10秒ほど経ったところで毒針を抜こうとした。しかし、抜けない!
それもそのはず。ゴンズイの毒針にはいずれも「かえし」状のギザギザがついているのだ。
結局、ゴンズイを手にぶら下げたまま1分ほど経過したところで無理やりペンチで引き抜いてことなきを得た。
しかし、これが夜の海辺だったらあまりの痛みにパニックを起こしていたかもしれない。
ひょっとすると、空いた手で直につかんでさらに被害を拡大させて…なんてこともありうる。そもそも刺されることのないよう、十分に気をつけたい。
さて、左右両の手に毒が撃ち込まれたことを確認し、右手をただのお湯へ、左手を薬湯へと浸す。
手を湯に浸した途端、たちまち苦痛が和らいだ!
これは「旅の宿・草津」の効果か!?
いや、残念ながらそうではなさそうだ。
なぜなら、「ただのお湯」に浸した右手の痛みまでも明確に軽くなっているからだ。
…どうやら、痛み止めの効果があるのは薬効成分ではなく湯そのものの高温であるらしい。
実際、熱い湯を継ぎ足してもらい水温を上げるにつれて痛みはどんどん感じにくくなっていった。
単に患部を温めることで痛みが紛らわされるらしい。
湯冷めすると痛みがぶり返す!!
でも痛みが消えるなら治ったということだろう。
何にせよよかったよかった!
…とも言えないのだった。
「治った!」と早合点してお湯から手を引き上げると、両の手とも冷えていくにしたがってまたあの激しい痛みがぶり返してくるのだ。
今回は10分ほどの温浴を行なったが、「根本的な治癒」には至らなかったと言える。
それでも、温めれば少なくともその間は楽になると分かっただけでも大きな収穫であろう。
ちなみに、このような保温(というよりもはや加熱)による痛み止めはオニオコゼやミノカサゴといったその他の毒魚に刺された際にも有効であった(実体験)。
なお、こうした魚の刺毒の成分はタンパク質であるため、加熱による変性で毒性が失われるとされる。
今回はかなり長時間にわたって毒針を刺していたにもかかわらず、「刺された箇所にピンポイントで少々の腫れと痛みが出る」という比較的軽い症状(重い場合は発熱や広範囲にわたる腫れがみられるらしい)で済んだのは、ひょっとすると温浴によってこの「解毒」がいくらか行われていた証なのかもしれない。
より熱い湯を用いる、あるいは暖炉やストーブで患部を(火傷しない程度に)直接炙るなどすれば、もっと短時間で大幅に痛みや炎症を抑えることができた可能性もある。
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⬆︎動画にもまとめてあるので、おっさんが苦痛に悶える姿を視聴したい方はこちらもどうぞ。
入浴剤の効果ではなかったっぽい
というわけで、どうやら噂の薬用入浴剤「旅の宿・草津」はゴンズイ毒への特効薬ではなかったようだ。
とはいえ、入浴によって一時的にでも痛みが軽減することは確かであった。おそらく、情報源となった書籍の著者はゴンズイに刺された際にたまたま「旅の宿・草津」を溶いた風呂に入浴し、温浴による鎮痛を「入浴剤の薬効だ」と判断してのではなかろうか。
たしかに、今回のように条件を整える余裕のない事故では、結果をそのように錯覚するのも無理からぬ話である。
事実の正誤はともかく。僕は刺毒被害の実体験を書籍内にまとめ上げ、一つの応急処置法として周知しようとした件の著者に敬意を表する。